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■宇宙巡光艦ノースポール

第5章.水星
[補足-2] コスモ・ブレス始動!

 ノースポール、艦内放送局のAスタジオ。艦内放送局で一番大きなスタジオで、地球でも良く放送されているバラエティー番組なども収録できるスタジオです。

 今日はこのAスタジオを借りて、ついに、全員集合するんです!

 誰が集まるかというと、ノースポールの艦内ウインドオーケストラ『コスモ・ブレス』のメンバーのみなさんです。全部で29人。いやー、良く集まったと思います。実際、かなり強引に頭数を揃えたところもあったりします。たとえば、ホルンは全員初心者で、経験者ゼロ。あと、ユーフォニアムも経験者は1人、中学時代に3ヶ月だけ吹奏楽部でユーフォニアムを吹いていた人に結構無理矢理お願いして入ってもらったのです。それで、もう1人は完全に初心者。

 ほんと、メンバになってくれたみんなに感謝です。

「不動さん、並び方どうしますか?」

 熊川君と梁川君が両手に折りたたみ椅子を持って立ってます。みんなの座る席を作るのに手伝いをお願いしたんです。

「えっと、じゃあ、うちの高校と同じにしちゃおうか?」
「そうですね。じゃあ、椅子、置いてきますね。」

 みんなの座る席、つまり、合奏する時に座る席の配置です。特に決まりはありません。指揮者を中心にして円弧状に、4列くらいで並んで座ります。

 熊川君と梁川君が最前列の席を並べ始めました。この列にクラリネットパート5人が座ります。

「2列目も並べますね。」

 2列目は指揮者から見て左側にフルートパート、そして中央から右端にかけてサックスパートが座ります。熊川君達もここに並ぶんですね。

「えっと、3列目はホルンと、ユーフォ。」

 はい、同じく、左側にホルンパートの3人と右側にユーフォニアムの2人が座ります。

「おつかれさまー。」
「お疲れ様でーす。」

 あ、他のメンバーの方が集まり始めました。荏原さんと鵠沼さんです。

「えーと、コントラバスはこっちの端でいいのかな?」

 荏原さん、ソフトケースに入った楽器を抱えて右手の隅に向かいます。

「はい。その辺りでお願いします。」
「うん、了ー解。」
「あっ、黒川君、荏原さんに椅子をお願いします。」
「持ってきまーす。」

 わー、何かドキドキしてきました。いよいよ始まるんです。コスモ・ブレス。や、やばいです。私、深呼吸しました。

「ミナさん、オツカレデース。」
「あ、レオさん、チャオー。」

 コスモ・ブレスでトランペットの1stを担当する、ジョルダーノ・レオナルディさん、通称、レオさんです。艦内放送局でカメラマンを担当してます。カメラを担いで、キャップを前後逆に被って撮影するレオさんは、ノースポール艦内でもかなり有名です。性格は本人曰く「青空を突き抜けるほど明るい」とのことで、その本人のことば通りの超明るいポジティブ思考の持ち主です。レオさんが吹くトランペットの音もまさに性格どおりで、とっても華やかで明るい音を出すんです。

 そうそう、トランペットパートが座るのは4列目。そのほぼ真ん中にレオさんが座って、その左側に同じトランペットパートのメンバーが並んで座ります。それから、4列目の右側はトロンボーンパートが座ります。

「パーカッション、入れて良いかしら?」

 お、パーカッションパートのリーダー、大月浩恵さんです。

「はい、入れて下さーい。」
「じゃあ、持ってくるねー。」

 大月さん、一旦スタジオから出て行きました。

「みゆきー、」
「なにーー?」
「入れて良いってーーー。」
「わかったーー。」

 外の廊下で大声で話しているのが聞こえました。今出て行った大月さんと、鳥沢みゆきさんですね。鳥沢さんがスネアドラム担当で、大月さんはティンパニー担当です。パーカッションパートは他に3人いて、全部で5人のメンバーがいます。

 すぐに、そのメンバー達が楽器を持ってきました。まずはティンパニー。そのあとバスドラム。そして、シロフォンを入れると、鳥沢さんがスネアドラムを抱えてスタジオに入ってきました。

「お疲れさまー。」

 あ、鶴見さんが来ました。このコスモ・ブレスの指揮と指導をお願いしたんです。

「鶴見さん、お願いしまーす。」
「いえ、僕の方こそ、よろしくお願いします。」

 そう言うと、鶴見さん、指揮台の横に立って全体を見渡しました。

「すごいですねー。」

 鶴見さん、驚いてるようです。

「ほんとに、できちゃったんですね。ウインドオーケストラ。すごいな。」

 確かにすごいんです。大編成、とまではいきませんが、大会に出ても、演奏会を開いても何も恥ずかしくない、本格的な編成のウインドオーケストラが出来てしまったのです・・・、人数だけは。

 だいたい、みんな揃ったようです。各自、席で音出しをしています。いやー、ほんと懐かしいです。この感じ。各自バラバラに音を出していて、そして、これから合奏が始まるという緊張感。私も昔の気持ちを思いだしてきました。ここしばらく、個人練習でロングトーンを積んできたお陰か、楽器も良く鳴ってくれています。

「不動さん、」

 鶴見さんが私を呼びました。

「始めませんか?」

 私、立ち上がりました。楽器を椅子の上に置くと指揮台に上がって、口に人差し指を当てて「シーッ」と言いました。

 えっと、これは、私のいた高校の吹奏楽部でみんなに静かにしてほしい時にやっていたジェスチャーなんです。果たして、今日集まってくれたみんなには通じるでしょうか。

 あっ、サックスの3人、熊川君、梁川君、クロちゃんが音出しをやめて静かになってくれました。それを見て、他の人達も音出しをやめて指揮台の私の方を向いてくれました。

 やったー、すごいです。

「えっと、みなさん。今日こうしてみんなを集めた張本人の不動です。」

 みんな拍手してくれました。わっ、うれしい。

「えー、かなり無理なお願いをしてしまったという後悔の念もありますが、でも、一旦始めた以上は、思い切り活動していきたいと思っています。まあ、宇宙船という狭い世界の中なので活動の場は限られるとは思いますが、目敏く場を見つけて乗組員のみんなの前に露出していきたいと思います。えー、みなさん、これから、よろしくお願いいたします。」

 わー、また拍手です。うれしいーー。

「えっとー、じゃあ、次は鶴見さんの番ですね。」
「はははっ、了解。」

 私は指揮台を降りると自分の席に戻りました。代わりに、鶴見さんが指揮台に上りました。

「えーと、技術部の鶴見雅樹です。えー、」

 鶴見さん、みんなを見渡しています。

「このですね、ノースポールの艦内でウインドオーケストラを作りたいと言う話を最初に聞いた時なんですが、『えー、無理でしょ。だいたい、メンバーどうするの?』って思ってしまったんですね。だってそうですよね。ほとんどのみなさんわかると思いますが、ウインドオーケストラを名乗るからには総勢20人とか30人、ほんとは50人くらいいてもいいくらいなんです。まあ、出来たらすごいけど、まあ無理だろうな、と思ったんですね。」

 まーあ、そうですよねー。確かに無謀だなあとは思ったんですが。でも、ぜひ、宇宙に、地球の音楽を響かせてみたかったんです。

「そうなんですね。でも、出来てしまったんです。まあでも、不動さんといえば、世界中の科学者が何の疑いも持たずに信じていた相対性理論をひっくり返してしまった張本人ですから、宇宙にウインドオーケストラを作るくらい楽勝だったのかもしれないと、僕は思ってます。」

 あ、あの、鶴見さん、それは例えがすごすぎます。これでも、相当頑張って、無理してお願いしまくったんですよーーーーー。でも、相対性理論は、確かに、私と鵜の木さんでひっくり返しました。

 アインシュタインさん、そして、相対性理論を信じていた科学者のみなさん、

『ごめんなさい!!』

「じゃあ、話ばかりしてもしょうがないので、音を出してみましょうか。」

 さあ、いよいよです。みんな、楽器を持ちました。

「じゃあ、チューニング。不動さん、お願いします。」

 来ました! 私、一応クラリネットの1stをやらせてもらうので、コンサートマスターなんです。そして、コンサートマスターはチューニングの時にはみんなが自分の楽器の音をチューニングするための基準となる音を出さなければならないのです。

 私、深く息を吸うと、やさしく、でも、はっきりとB♭の音を出しました。そして、鶴見さんがゆっくりとタクトを振り下ろしました。それに合わせてみんなもB♭の音を出します。

 スタジオにみんなの音が響きます。

 ちなみにB♭の音はピアノでは『シ』のフラットにあたります。管楽器はトランペットやクラリネットなど、多くの楽器でB♭がその楽器の『ド』になっているため、チューニングもB♭で行うことが多いのです。

 クラリネットパート、大丈夫? 大丈夫そうです。

 サックスパート。さすがですね。苦労して3人まとめて来てもらった甲斐がありました。新しく加わった『セレ』さんも大丈夫そうです。サックスこそ初めてですが、元々音楽の才能は持っていたようです。

 あっ、ホルンさん、頑張って。もうちょっと、もうちょっと上かな。そう、その音です。

 他のパートさんも、大丈夫ですかね?

 鶴見さんが再びゆっくりとタクトを振りました。まるーく、締めるように。

「さすが、不動さんが集めたメンバーですね。いい音してます。えっと、初心者の人もいるそうですが、今の音、忘れないで下さい。ぜひ、心に刻んで下さい。」

 さすが鶴見さん。トークの一言一言が素敵です。

「さあ、じゃあ、勢いがあるうちに曲にいってみますか、スーザですね。『星条旗よ永遠なれ』。吹奏楽はマーチで始まってマーチで終わるといいますから、まずはバッチリの選曲だと思います。」

 メンバーの方には、先々週、楽譜を表示する専用のタブレット端末を配布していて、楽譜はその端末宛に配信しています。その楽譜を見ながら、みなさん、個人練習してくれてたんですね。

「じゃあ、ゆっくりいきましょう。このくらいで。」

 鶴見さんがタクトで指揮台をゆっくり叩きました。かなりゆっくりですね。そして、叩きながらみんなに言いました。

「初心者の方も、出来る部分だけでいいので、できるだけ音を出して下さい。遠慮しないで。間違っても構いません。それじゃ、いきまーす。ワン、ツー、ワン、ツー、スリー、はい!」

 始まりました!

 かろやかな・・・、とは言えないかもしれませんが、コスモ・ブレス、初めての合奏です。金管、いいですねえ、レオさんとメンバーの明るい音が響いてます。おっ、サックスソリ。サックスの3人と、セレさんが頑張ってくれてます。

 そして、低音パート。ミレーナさんと番田君のチューバ、クロちゃんのバリトンサックスと荏原さんのコントラバス。もちろん、ユーフォとトロンボーン、そして、バスクラも頑張ってくれてます。これは強力です。そして、

 おお、ピッコロソロ。吹いてるのは鵠沼さんです。わあーー、ピッタリというか、いえ、ピッタリなんです。まさに、宇宙を舞うピッコロの天使か妖精か。そんな感じの演奏なんです。

 さらに、パーカッション。いやー、鳥沢さんのスネアドラムが軽快ですねー。高校の時の同じ吹奏楽部の親友で、スネア担当だった遙奈を思い出してしまいました。どうしてるかなあ、遙奈。今日終わったらメールしてみよ。

 最後のパート。再び強力な低音パートに支えられて、軽快なスネアのリズムに乗ってレオさんのトランペットと鵠沼さんのピッコロが響きます。
中音楽器がハーモニーを奏でます。

 良い感じです!

 Goodです!

 そしてエンディング。

 きまりました!

 鶴見さんがゆっくりとタクトを降ろしました。みんなも楽器を降ろしました。誰ともなく拍手が沸きました。

「えーと、」

 鶴見さんが話し始めました。

「想像以上の出来ですね。確かに、テンポはゆっくりだったし、吹けてないパートもありましたけど、初めての合奏でここまで出来るとは思いませんでした。正直、鳥肌が立ちました。」

 鶴見さん、みんなを見渡しました。そして、言いました。

「やりましょう、みなさん。少し練習すれば、きっと、すごいバンドになります。絶対なれます。」

 確かに、初心者の方は、まだ音を出すのも辛いかもしれないですが、予想以上に、ちゃんと合奏になっていたんです。なんか、感動です。涙がこぼれそうです。

 鶴見さんが、再び話し始めました。

「じゃあ、もう一度始めからやりましょう。今度は、途中で止めさせてもらって、できれば、それぞれのパートにもアドバイスできればと思います。」

 再び、演奏が始まりました。

 この日は結局、予定を越えて、2時間半ほど合奏したのでした。鶴見さんからは各パートにアドバイスと練習の課題が出されました。初心者の多いパートは、基本練習の方法や、誰が指導するのかも決めました。特にホルンパートは全員初心者なので、当分の間、レオさんが付いて指導することになりました。同じようにユーフォパートは、チューバの2人と一緒に練習して、ミレーナさんと番田君が指導することになりました。

 やー、すごいです。一気に、ウインド・オーケストラっていう感じになってきました。

 さて、練習も終盤に近づいて、もう一度全員で通して演奏して終わりにしようか、という話になった時でした。

「みんな、お疲れさん。良かった、間に合ったようだな。」

 そう言いながら、スタジオに入ってきたのは、なんと、川崎さん。艦長です。

「日高基地に報告書を送ったんだが、なかなかOKの返事が届かなくてな。」

 それはそうです。いまノースポールのいる水星と地球の間は約4億Km離れているのです。ですから、通信するためには、片道約22分が必要なのです・・・って、川崎さん、そんな説明お構いなしに奥に入っていきます。しかも、その、抱えている大きな荷物は、まさか!

「椅子を1つ借りるぞ。」

 川崎さん、勝手にミレーナさんの左隣に椅子を置いて席を作ると、持ってきた荷物のジッパーを開けました。

 やっぱりっ、て言うか、えー?!

 川崎さん、チューバを抱えて椅子に座りました。ちょっと音出しして・・・、すごい、いい音鳴ってます。

「すまん、ミレーナ君、音をくれるか。」

 ミレーナさん、ニコニコしながらB♭の音を出しました。川崎さん、その音で勝手にチューニングしてます。

「うん、いいようだな。鶴見君、続けてもらっていいぞ。」

 いえ、そんなことよりも、みんな、あっけにとられて、口があんぐりなんですが。一体何が始まったのやら。

「・・・て言うか、川崎さん、」
「なんだ?」

 鶴見さんも、困惑した表情です。

「なんか、反則技的な、登場ですね。」
「ん? そうなのか?」

 川崎さん、完全にとぼけてますね。

 でも、これで謎が解けました。金星のディーバに行った時に、敏感な聴覚を持っている人にしか聞こえないはずの音が、なぜか、艦長にも聞こえていたんです。その場で追求した時は答えてくれませんでしたが、なるほど、実は艦長、楽器やってたんですね。

 人が悪すぎますよーーー。

「そーだそーだ。ずるいぞーーー。」

 荏原さんも笑顔で抗議してくれました。

「まあ、いいではないか。」

 というわけで、すっかり川崎さんのペースにはまってしまいましたが、人数が増えるのは嬉しいことなので。

 しょうがない、良しとしましょう。

「えっと、とんだハプニングでしたが、じゃあ、最後にもう一度、全員で通して終わりにしましょうか。」

 そんなわけで、気を取り直して、星条旗よ永遠なれ、もう一度最初から演奏したのでした。

 まあ、艦長の一件は置いておくとして、これからの活動が、俄然楽しみになってきました。これからも、時々、様子をお伝えできればと思います。

2023/07/16
はとばみなと
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2023/07/16 登録