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■宇宙巡光艦ノースポール

第2章.宇宙巡光艇シーライオン
第3節.月世界

 西暦2054年8月20日。13時。

 私達は月面で最初のランチを楽しんでいました。シーライオンの1階に会議室も兼ねた食堂があるのです。小さいですがシステムキッチンもあります。

 そういえば、まだシーライオンの船内を案内してなかったですね。シーライオンは白い四角い船体の上にブリッジが乗った構造をしています。全長は約60m、幅は9m、高さは10m。前半分がブリッジや乗組員室、食堂兼会議室のある居住ブロック、後ろ半分が貨物室、そして最後尾はVMリアクタを格納した動力ブロックになっています。

 居住ブロックは2階建てになっていて、1回には食堂兼会議室や作業室が、2階には乗組員室と倉庫があります。その上の、シーライオンの四角い船体の上に載る形でブリッジがあります。ですからフロアの構成としては3階立てと言って良いのでしょうか。

 シーライオンのコンセプトとしては1ヶ月程度の期間、単独で宇宙空間で活動可能なことを目指して設計されました。宇宙船としてはノースポールと同じ航行性能を持たせています。個人的には、もう少し小型にしたかったのですが、貨物室や倉庫、居住スペースなどに必要なスペースを考えていったらこのサイズになりました。ノースポール・プロジェクト最初の宇宙船としては、上手くまとめることが出来たと思っています。

 おっと、これも紹介が遅れましたが、月面最初のランチはカレーライスです。それと、野菜サラダと、デザートとしてフルーツのシャーベットが付きます。ちなみに、カレーはお替わりも出来ました。小杉さんと鵜の木さんがお替わりを2回ずつして全部平らげました。ただ、残念な情報なのですが、料理はライラさんや私の手作りではなくて、日高基地のレストランで作ってもらったものを、ずんどうに入れて積み込みました。うーん、今度シーライオンで出かける時は、ぜひ、自炊に挑戦したいですよね。

「ところで、」

 先に食べ終わっていた川崎さんが笑顔で話し始めました。

「最初に外に出るのは誰になったんだ?」

 日高基地を出発する前にも川崎さんから言われていたんです。月面で船外活動をする順番を決めておけって。要するに、日本人で初めて月に降り立つのは誰か、ということなのです。

「全員、知っていると思うが、ノースポール・プロジェクトは、まだその活動を世間に公表していない。もちろん、今回の月着陸についてもだ。とは言え、いずれは公表するのだから、我々は、いつ公表されても恥ずかしくない行動を取らなければならないのだ。」

 川崎さんの話にみんな真剣に聞き入っていました。それに気付いたのか川崎さんが再び尋ねました。

「それで、誰が最初に月面に立つんだ?」

 しばしの沈黙の後、鵜の木さんが小杉さんに向かって言いました。

「小杉さん、お願いします。」

 鵜の木さん、手を合わせて拝むようにして頼んでいます。

「なんか、インタビューされるのとか苦手で。」
「それは僕も同じなんですけどね。」

 それはそうです。誰でもそう思うでしょう。

「不動さんはどうなの?」

 あ、まずい。

 小杉さんが私に振ってきました。私の場合は、黙っていても、初めて月に立った日本人女性になってしまうのです。

 ちなみに、アルテミス計画の1回目の月面着陸で世界で初めて女性の宇宙飛行士が月面に立っています。なので、私は世界で2人目か、もしもライラさんが先に出てくれれば、私は月面を歩いた3人目の女性になるのです。

「あの、ライラさんは?」

 私、すごく控えめにライラさんに聞いてみました。

「んー、あとあと面倒な気もするのよね。いっそのこと船外活動辞退するとかだめかしら?」

 それはだめです。みんなで月面を歩くんです!

 ちなみに、川崎さんは『初めて』の称号をずっと前から断固拒否していました。

「日本初とか世界初とかいう名誉なことは、私のような年寄りがやるものではない。これから活躍する若い君らがやるべきだ。」

 気持ちは分からなくもないのですが、そこまで言わなくてもという気はします。

 みんなで考え込んでいると、ついに、現れたのです。

「よし、僕がやりますっ!」

 小杉さんのスイッチが入ったようです。

「うん、さすが、統括部長だ。よし。」

 川崎さんが大きく頷きながら、私とライラさんを見ました。

「で、不動君とライラはどうするんだ?」

 私とライラさんは顔を見合わせました。そして、ライラさんが言いました。

「アメリカ人はもう何人も月に降りてるから、私が3番手になっても4番手になっても怒られないと思うわ。」

 そう来ましたか。そうですか、わかりました。そういうことならば。

「私、やります!」

 私、右手をまっすぐ上げて、立ち上がっていました。あちゃー、これはもう引き下がれません。

「おーっ!」

 しかも、みんなに拍手されちゃいました。うーん、日本人として初めて月面を歩く女性かー。プレッシャーです。

「順番は決まったな。」

 川崎さん、ちょっとホッとした表情です。そうか、みんなで川崎さんを推すという手もあったかも。んー、作戦負けですね。

 同じ頃。日本。

 国会議事堂内の廊下をスタッフや警備員に囲まれて、古淵総理と、稲田防衛大臣が歩いていました。

「何とか終わってくれましたね。」

 腕時計で時間を確認しながら歩いている古淵さんに稲田さんが話しかけました。

「そうだな。今日くらいはきちんと見届けたいものだな。」

 2人は総理執務室に入りました。古淵さん、デスクの上の端末の電源を入れました。稲田さんはゲスト用の椅子を引き寄せて古淵さんの横に並んで座りました。

「よし。」
「つながりましたね。」

 画面に流れ始めたのは、日高基地が中継して配信している月面のシーライオンからのライブ映像です。

 とそこへ、ドアを開けてもう2人入ってきました。日本共明党党首の相武さんと、日本いっしょの会党首の堀之内さんです。

「やあ、うちの若い者がすまなかった。」
「ちゃんと、指導してあげないとダメじゃないですか。」

 相武さんが笑みを浮かべながら堀之内さんに話しかけています。

 実は先ほどまで行われていた予算委員会で堀之内さんの党の若手議員が、持ち時間を越えて強引に質問を続けたのでした。

「まあ、若いうちはあの位の熱意がなければな、と言いたいところだが、今日だけはちょっとな。」

 古淵さん、ちょっと複雑な言い回しです。

「で、どうですか?」

 相武さんが、稲田さんの後ろから画面を覗き込みました。

「これ、もう月からの映像なんですか?」

 相武さんが質問しました。

「そうだ。」
「驚いちゃうでしょ?」

 そうですよね。しかも映像も音声も鮮明です。

「んー、すごいな。」

 堀之内さんも驚きを隠せない様子です。

 4人揃って画面に見入っています。

 さて、ノースポール・プロジェクトでは、宇宙船はもちろん、様々なアイテムについて『未来の技術』を取り入れて、これまで使用されてきた物に比べて画期的な性能を持つ物に改良を行ってきました。

 宇宙服についても大幅に改良しました。

「これ、バイク用のレーシングスーツだよね?」

 日高基地で初めて新型の宇宙服を見た時に小杉さんが漏らした感想です。特に意識はしてませんでしたが、確かに、そう言われると似てるのかもしれません。

 革のつなぎのスーツですよね。

 もちろん、地上で鞄や靴に使われているのと同じ革ではありません。特殊な加工を施した合金の繊維を編み上げた生地の表面をコーティングして強度と気密性、そして、動きやすい柔軟性を持たせた全く新しい素材なのです。

「ライラさんはこのブースでお願いします。」
「自分で着替えるのね。できるかしら。」

 ライラさん、着替え用に区切ったブースに入ると上に来ていたシャツとキュロットを脱ぐと代わりに薄手のアンダーウェアを着ました。壁にかけられていた宇宙服を取ります。上下一体のつなぎになっているので、まずズボンを履くように片足ずつ宇宙服のパンツ部分に足を通します。うん、ぴったりフィットしているようです。

「それで、上着の部分ね。」

 宇宙服の上半身部分に片手ずつ通していきます。そして、上半身に羽織るように着たところで体が宇宙服にうまく収まっていることを確認します。私自身が着ているのではないのですが、なんとなく良さげな雰囲気です。

「うん、いいかしら?」

 ライラさん、前側の二重になっているジッパーを上げます。これで、スーツ内は気密性が保たれるのです。ちなみに、右胸にはスーツと同じ生地のプレートが取り付けられていて、上の段には所属する船の名前、下の段には自分の名前がフルネームで、金色の糸で縫い込まれています。

「うん、いい感じ。」

 実は、宇宙服は各乗組員ごとに完全にカスタムメイドなのです。体型とサイズがみんな違いますので。ノースポールはもちろん、今後建造される宇宙船に配属になったメンバーにも、一人につき2着が支給されることになっています。ライラさんも、ノースポールに乗り込んでもらえることになってすぐに、採寸させてもらいました。うん、きちんとフィットしてますね。

 宇宙服の色も各自で希望を出してもらっています。ただし、全身真っ黒はNGです。理由は、宇宙空間は基本的に真っ暗なので、周囲からの視認性を確保するためです。ライラさんの宇宙服の色は、深い青色をベースに、やや渋めのピンクのラインを何本かあしらっています。いい感じですね。ライラさん、姿見の前で体を動かして着心地を確認しています。

「それで、ブーツも履くのよね。」

 岩や石が転がる足場の悪い場所を歩くこともあるはずなので、靴は基本的に工事現場で履かれるようなゴツい感じのブーツです。でも、それだけでは余りにも寂しいので、かかとの部分がヒールのように少し高くなったタイプを選ぶことも出来ます。もっとも、お洒落さも可愛さもありませんが。ライラさんはこのタイプを選んだようです。

「うん、いいわ。」

 ちなみに、ブーツにもスーツに入っているのと同じ色のラインが一本、斜めに入ってます。良い感じです。

 あと、手に付けるグローブとヘルメットがあります。グローブは宇宙服と同じ生地でかなり薄手に作られています。指の動きを妨げない、それでいて強度と気密性を保つことのできる作りになっています。

 ヘルメットは縦よりも前後がやや長い楕円形でその、前半分が、ブリッジの窓と同じ超硬質チタニウムガラスになっています。透明度の調整が出来るのもブリッジの窓と同じです。後頭部は平らな部分があり、背面のバックパックとつなぐアダプタもあります。

 ライラさん、脱いだ服を畳んでバッグに入れました。そのバッグを左肩にかけてヘルメットとグローブを持つと着替え用ブースを出ました。

「あっ、ライラ、凄い似合ってる。」

 既に着替え終わっていた小杉さんがライラさんに言いました。小杉さん、両手を腰に当てて気張った感じで立っています。すぐに、その小杉さんに返事しました。

「コスギも格好いいわよ。」

 小杉さんの宇宙服は、ベースが黒で胸と両手上腕部がほとんど黒に近い、暗いグレーになっています。うーん、これって、真っ黒はNGというルールギリギリなのではないでしょうか。でも、格好いいです。似合ってます、小杉さん。

「それにしても、」

 ライラさん、何かを思い出したかのように笑いながら言いました。

「私達の宇宙服姿って、『なんとかライダー』みたい。」
「えっ、何ライダー?」

 ライラさん、はっきりと覚えてないようです。

「ほら、日本のテレビでやってるじゃない。」

 小杉さん、ちょっと考えると何か始めました。

「それって、もしかして、こう?」

 小杉さん、両足をやや踏ん張って立つと、右手を腰に当てて、左手を右上にピンと伸ばしました。そして、

「へーーん・・・」

と言いながら左手を頭上を回すように左へと動かして、

「しん!」

と言って左手を腰の位置に、今度は右手を左上に向かってピンと伸ばしました。さらに、

「とぉっ!」

と叫ぶと両手を振り上げてジャンプしたのです。もちろん、30センチほど浮いただけですぐに床に戻りましたが。

「小杉、なんか、板に付いてないか?」

 川崎さんが尋ねました。

「ええ、学生の時にバイトでやってたことがあるんです。ショッピングモールとかで、子供向けのショーですね。」
「そんなバイトもやってたの?」

 ライラさん、とても驚いてます。

「うん、テレビの撮影にも誘われたんだけど、それはスケジュールが合わなくてさ。」

 へー驚きです。小杉さんの説明によると、同じ大学の先輩に誘われたらしいです。小杉さん、格闘技が得意だからアクションシーンもすぐにできたらしいですね。ちなみにその先輩には小杉さんのお友達も誘われていて、主役のライダー役はくじ引きで決めたようです。

「仮面ライダーは、腰にベルトするんだよね。」

 小杉さんは腰の辺りを指し示してます。

「あ、変身ベルトですね。」

 鵜の木さん、なんかニコニコしながら話し始めました。

「作りましょうか、変身ベルト。小杉さん専用装備で。」
「えっ?! それ、宇宙服着る時は必ず付けるってことですか?」
「もちろんです。えっと、掛け声に合わせて羽を回転させましょうか? そのくらいの電力ならバックパックのVMジェネレータから取れますよ。」

 なんか、話しがどんどん本格的になっていきます。鵜の木さん、こういう話しには意外と乗ってくるんです。ぶっちゃけ『悪ノリ』ですね。

「えっと、なんか、さすがに恥ずかしいので、すみませんが、辞退させて下さい。」

 他のみんなが笑い声を上げました。もし実現していたら、月面に立てた国連旗の横で、仮面ライダーの変身アクションを披露する小杉さんの勇姿が、全世界にライブ配信されていたかもですね。

 でも、そういえば月面の重力は地球の6分の1です。かけ声と供にジャンプなんてしたら・・・、まずい、危ないです。最悪、小杉さんはそのまま宇宙空間に飛び出して永遠にさまようことになってしまうかもしれません。大変!

 閑話休題。

 ところで、宇宙服としてもう一つ忘れてはいけない大切な装備があります。バックパックです。従来のバックパックはとても大きくて重かったのです。ですが、ノースポール・プロジェクトで改良を重ねた結果、十分な電力を供給できて、圧倒的に小型で軽くすることが出来たのです。しかも、小型化したVMジェネレータのお陰で、無限に空気が供給されるのです。空気切れになることはないのです。

「うん、このバックパック、軽くていいよね。」

 小杉さん、鵜の木さんに手渡されたバックパックを背負います。そして、腰のベルトで固定します。さらに、両手にグローブを付けて、ヘルメットも被ります。

「わあ、一気に宇宙って感じになるなあ。」

 小杉さん、だいぶ気分が高まってきたようです。

「じゃあ、確認しましょうか。」
「あ、お願いします。」

 私、小杉さんのヘルメットがきちんと被られているかどうか確認します。あと、背中のバックパックとヘルメットの接続も念入りに確認します。本当は、手順通りヘルメットを付けたら、左の手首のコントロールパネルから宇宙服の管理システムを起動すると診断してくれるのですが、今回はまさに、初めてになるので、お互いに確認し合うことにしたのです。

「小杉さんは大丈夫ですね。」
「ありがとうございます。じゃ、不動さんも確認しますね。」

 小杉さんが私のヘルメットに緩みがないかどうか確認します。そして、バックパックとヘルメットの接続。ここがきちんとつながっていないとヘルメット内に空気が供給されないのです。

「うん、大丈夫です。」
「ありがとうございます。」

 小杉さんと私が、トップバッターとして月面に降りるんです。うーん、だんだん緊張してきました。

「コスギ、これ。」
「あ、ありがとう。」

 ライラさんが細い筒のような荷物を小杉さんに渡しました。なんか、不安そうな表情です。

「大丈夫だよ。ちゃんと呼吸できるし。」

 小杉さん、オーバーアクション気味に深呼吸して見せました。そうなんです。私と小杉さんは既に宇宙服のバックパックの供給する空気で呼吸してるんです。

「そうよね。私も宇宙に出たことあるし。」
「なら、僕にも出来るよ。」
「そうね、頑張って。」

 小杉さん、人差し指と中指で、ライラさんに敬礼して見せました。二指の敬礼ですね。

 最後に小杉さんと私はケータイを腰のホルダーに固定しました。プロジェクトで支給されるこのケータイですが、真空の宇宙空間でもそのまま使うことが出来るのです。ちなみに、通話はホルダー経由でヘルメットに内蔵されているマイクとスピーカーが使えるんです。

 準備の出来た私と小杉さんの前に川崎さんが立ちました。

「2人とも慎重にな。問題があったらすぐに船内に戻れ。いいな。」

 川崎さんが真顔で、小杉さんと私に伝えました。

「了解です。」
「はい。」

 そうですね。私たち、真空の月面に出るんです。うん、でも、頑張るぞっ!

 さあ、いよいよ始まります。人類にとって25年振りの有人月面探査です。

「小杉さんと不動さんがエアロックに入ります。」
「そうか、いよいよだな。」

 日高基地でもほとんどのスタッフがディスプレイの前に集まっていました。月面の様子をシーライオンからライブ配信しているんです。

「何しろ、私の祖国でさえ月に宇宙飛行士を送ることは出来なかったですから。」

 ドミトリーさんも感慨深げです。

「よし、行きましょう。」

 小杉さん、歩き始めました。作業室のすぐ後ろにあるエアロックに向かいます。

 エアロックというのは、宇宙空間とシーライオンの艦内を行き来するための特別な部屋です。

 小杉さんと私はエアロックに入るとまず、艦内側のドアを閉めました。

「エアロックを閉じました。」

 ケータイでブリッジに報告します。

「了解。エアロックを減圧します。」

 ブリッジで待機していた鵜の木さんの声が聞こえました。シューという空気が漏れるような音がし始めました。エアロックの空気を抜いてるんです。小杉さんと私は、宇宙服に供給される空気で呼吸しているので問題ありません。

 そして。

「エアロックの減圧完了。」

 鵜の木さんのその報告を聞いた小杉さんが答えました。

「了解。では、右舷1階のドアを開けます。」

 小杉さんは、そうブリッジに伝えると、シーライオンの右舷側に出るドアのレバーをゆっくりと引きました。

 普通なら「ガシャン」という重い金属音がしたはずです。でも今はエアロック内は空気が抜かれているのです。ですから、ロックが解除されたアラート音が通信機から聞こえただけです。

 ドアはゆっくりと手前側へと開いてゆきます。小杉さんは一歩下がって少し右側に避けました。ドアが小杉さんの左側に開いていきます。そして、ついに、ドアの動きが止まりました。

 まだ、小杉さんと私はシーライオンの船内にいます。でも、ドアが開放されたので、エアロック内の空間は月面の空間と一体化したのです。

「外の様子は見えるか?」

 ヘルメットのスピーカーから川崎さんの尋ねる声が聞こえました。小杉さんがドアから顔だけ出して周りを見回しました。

「静かです。音は何も聞こえません。」

 真空の月面なので音が聞こえないのは当たり前なのですが、何か重みのある言葉です。

「では、外に出ます。」

 小杉さんがブリッジに伝えました。

「了解。くれぐれも慎重に行ってくれ。」
「はい。」

 そう答えると、小杉さんはゆっくりと一歩踏み出しました。

 シーライオンは、艦底部から長さ1mほどのランディングギアを出して着陸しています。私と小杉さんのいるフロアはその艦底部から50cmほど上に位置します。ドアの外には搭乗用のタラップが引き出されていました。そのタラップの8段の階段を降りれば、月面です。

 小杉さんはタラップの最上段に立ちました。

「タラップを降ります。」

 まず一歩。タラップの一つ下の段に右足を降ろしました。小杉さん、ゆっくりと慎重に、一段ずつ降りてゆきます。両手はそれぞれ左右の手摺りを掴んでいます。

「あと、一段降りると、月面です。」

 小杉さんが報告しました。

 いよいよです。

「いよいよ、この瞬間が来たか。」
「はい、人類は再び月に帰還するのです。」

 ホワイトハウスでは、ガーランド大統領とオライリー副大統領が月面からの映像を見守っていました。

 小杉さんは大きく深呼吸しました。

「では、これから降ります。」

 小杉さんは、まず左足を降ろしました。足を少し動かして足場を確認しています。そして、今度は右足もゆっくりと降ろしました。

「手すりを離します。」

 タラップの手すりを握っていた両手を離すと1歩、もう1歩、さらに一歩前に出るとシーライオンの方に向き直りました。

「聞こえますか、ブリッジ、地球の皆さん。」

 小杉さんがマイクに向かって呼びかけました。

「良く聞こえるよ、小杉。」

 川崎さんが少し興奮気味の声で答えました。

「こちら、日高基地。感度良好だよ。」

 日高基地からも管制室でディスプレイに見入るニコラさんが答えました。

 小杉さん、言葉を続けました。

「たった今、僕は月に立ちました。僕の両足は間違いなく月の地面の上にあります。」

 通信機を通して拍手と歓声が聞こえました。

 ついに我慢できなくなったのか、古淵さんがマイクのミュートを解除しました。

「小杉君、古淵だ。聞こえるかね?」
「はい。良く聞こえます。」
「うん。おめでとう。よくやった。」
「ありがとうございます。」
「一言だけでいい。何か感想をもらえるかね?」

 小杉さん、少しだけ考えました。そして。

「最高です。今日は人生で最高の日です。この今日という日に感謝するとともに、この気持ちを、今のこの気持ちを、地球にいるすべての人達と分かち合いたいです。」
「うん、十分に分かち合わせてもらってるよ。ありがとう。」
「僕もだよ。ありがとう!」

 稲田さんもこらえきれずにマイクに向かって叫びました。

「みなさん、すみませんが、次の乗組員が待機してますので。」

 川崎さんの声です。

 私です。

 いよいよ、私の番です。

「不動さん、ここで見てます。ゆっくりでいいですよ。」
「はい。行きます。」

 私、小杉さんに答えるとタラップの一番上の段に立ちました。まず左足を一段下に降ろしました。そして左手を手すりに沿って滑らせながら右足をさらに一段下に降ろしました。

「落ち着いてね、不動さん。」

 小杉さんが声を掛けてくれました。私、一旦止まると深呼吸しました。そして、慎重に一段ずつ降りました。少しずつ月面が近づいてきます。

「一番下の段まで来ました。あと一段降りると月面です。」
「もう一回深呼吸しましょう、不動さん。」
「うん、ゆっくりでいいぞ。」

 小杉さんと川崎さんの声です。私、深呼吸しました。一回、そして、もう一回。

 よし。不動由美、行きますっ!

「では、月面に足を降ろします。」

 まず、左足を降ろしました。

 不思議な感じです。そこは地球の上ではありません。でも、そこは、細かな砂でジャリジャリした、子供の頃によく遊びに行った公園みたいなのです。

 右足も降ろしました。

 すごい!

 なんか、すごいんです。

 ただ、立っているだけなのに。

 でも、ここは、月の上なんです。

 地球ではないんです。

 心臓がバクバクいってます。

 深呼吸しました。

 そして、一歩、もう一歩。

「不動さん、もう少し!」

 小杉さんが手を伸ばしてくれています。私、その小杉さんの手を握るとゆっくりと振り向きながら歩いて小杉さんの隣に並んで立ちました。

 再び、通信機から拍手が聞こえました。

 歓声も。

 私は、シーライオンの船外カメラに向かって手を振りました。

「不動君。」
「はい。」

 古淵さんの声です。

「おめでとう。月面を2人目の女性として歩いたのだ。」

 日高基地の女性スタッフが私の名前を呼んでくれています。

「一言でいい。この歓声に応えてもらえるかね?」
「はい。」

 すごい緊張です。ドキドキしてます。私、ゆっくりと、気持ちを落ち着けながら話し始めました。

「みなさん、私は今、まさに月面に立っています。今日から、たった今から、宇宙は誰でも来ることの出来る場所になりました。男性でも、女性でも、大人でも、子供でも。偶然ではありますが、私達が手に入れた新しい技術によって、宇宙は誰のものでもなく、みんなのもの、私達全員のものになったのです。宇宙は皆さんが来るのを待っています。ぜひ、この宇宙で皆さんと会って、お話ししたいと思っています。是非皆さんも宇宙を目指して下さい。お待ちしています!」

 再び、みんなから歓声が沸きました。

 小杉さんと私は、再び月面を歩き始めました。シーライオンから30mほど離れた、少し盛り上がったところまで来ました。

「どう? 歩くの慣れた?」

 小杉さんに聞かれました。

「まだまだですね。なんかちょっと油断するとバランスを崩して倒れてしまいそうで。」
「それ、僕も同じ。結構難しいよね。」

 実際、地球上と同じように歩くのはちょっと難しいです。アポロ計画の時の資料によると、スキップするように歩くと楽というのも読みましたが、なんか、バランスを取るのと、止まるのが難しいような気がして。でも、もう少し慣れたら試してみます。

 さて、本来予定していた作業を実行しなければなりません。最初の作業は「旗」です。シーライオンの船内で小杉さんが受け取った細い筒には、実は、月面に立てる旗が入ってるんです。

 小杉さん、筒を開けると中身を取り出しました。結構大きな、立派な旗、国連旗です。

「この辺で良いですかね。」

 シーライオンは日本で建造されました。5人の乗組員のうち4人は日本人です。ですが、ノースポール・プロジェクトの方針として日本の国旗は使用しないことに決めていました。今後、シーライオンやノースポールで様々な惑星や星を訪れた際も国連旗を使用する方針です。理由は、私達は特定の国の代表ではなくて、地球の代表だからです。だから、特定の国の国旗は使わないのです。

「こんな感じですかね、どうですか、不動さん?」

 真空の宇宙では風は吹きません。でも、今立てた国連旗は旗の上側に支えの棒が入っているのできれいに広がって見えています。

「大丈夫です。きれいに見えてます。」
「よかった、じゃあ、旗は完了ですね。」

 こうして、私達がこの地を訪れた証が残されました。

 その時です。

「月面の諸君、聞こえるかな?」

 突然、誰かが呼びかけてきました。しかも、英語です。

「この声は、」

 古淵さんが呟きました。

「そうか、すごいな。」

 川崎さんも唸るように呟きました。

「はい、良く聞こえます。」

 小杉さんが英語で答えました。

「私は、アメリカ大統領、ザカリー・ガーランドだ。いま、ホワイトハウスで諸君の活動を見させてもらっている。」
「大統領、はじめまして。ノースポール・プロジェクトの小杉です。」
「はじめまして、不動です。いま、小杉さんと月面からお話ししています。」

 なんか、また、緊張してきました。

「うむ。一言だけいわせてほしい。よくやった。おめでとう。我々人類は再び月に帰還したのだ。これは、人類全体としての誇りだ。たった今、君たちが立てた国連旗が、それを物語っている。アメリカでもなく、日本でもなく、地球人類としての誇りだ。我々はこれからは地球人として一致団結して予想される危険に立ち向かわなければならないのだ。君たちの活動はその最初の一歩なのだ。期待しているよ。諸君達の活躍を。そして、我が国は今後も諸君達の活躍をサポートしていくと約束しよう・・・、いや、『我が国』などと口走ってしまったな。・・・私もこれからは地球に住む1人として諸君達の活躍をサポートし続けると約束しよう。頑張ってくれ。以上だ。」

 通信は切れました。ちょっと一方的な感じはありましたが、感動です。ノースポール・プロジェクトは、日本だけでなく、世界の国々からも支援を集め始めているのです。まさしく、人類が一丸となって、大きな、とてつもなく大きな問題に立ち向かおうとしているのです。

「その期待に応えるためにも、作業を続けようか。」

 しばし立ち尽くしていた小杉さんと私に、川崎さんが言いました。

「はい、作業を再開します。」
「うん、頼むぞ。」

 さて、次の作業は、ずばり『散歩』です。もちろん、これも訓練のひとつです。月面で歩くコツを掴まなければならないのです。ただし、散歩するだけでは時間も惜しいので他の作業も兼ねて歩きます。

「じゃあ、行こうか。」
「はい。」

 小杉さんと私は、シーライオンのそばまで戻ると、シーライオンの船体に沿って艦首方向に歩き始めました。

「ここは写真を撮る場所だね。」
「はい、お願いします。」

 予め決めておいた場所でケータイで船体の写真を撮ったり、ケータイに接続したセンサーで検査しながらシーライオンの周りを一周するのです。簡単に言うと船体のチェックですね。宇宙の真空に晒されたシーライオンの船体がどんな影響を受けるのかは日高基地でも何度も議論されましたし実験もしました。ても、本物の宇宙空間ではどうなのか。その確認は実際に宇宙に行かないと分からないのです。地味ですが重要な作業です。

「ランディングギアも異常ないですね。」
「少し埋まってる感じだけど。」

 シーライオンのランディングギアは全長1mあります。見たところ、数cmほど沈んでいるようです。

「でも、地盤が弱いわけではないようだから大丈夫ですよ。」
「うん、そうだね。」

 こんな調子で30分ほどかけてシーライオンの周りを一周しました。

「どうだ、小杉。歩くのは慣れたか?」

 川崎さんが尋ねました。

「はい、だいぶ慣れてきました。」
「うん、そうか。では次だな。小杉と不動君はシーライオンの右舷側で距離を取って待機してくれ。」
「了解です。」

 私達はシーライオンから少し離れると、言われたとおり少し待ちました。

「では、右舷側面ハッチを開けます。」

 ヘルメットのスピーカーから鵜の木さんの声が聞こえました。

 すぐに、シーライオンのカーゴルームの右舷側中央のドアが開き始めました。ハッチの上側が手前に降りてきます。

 間もなくハッチが開ききりました。ハッチ自体が荷下ろし用の斜路になるんです。今回は運んできた『エクスビークル』がその斜路を自走して月面に出るのです。

 エクスビークル。

 ノースポール・プロジェクトで開発した新型の無人探査車です。全長5m。幅が3m。高さは2.5m。左右に4つずつ、合計8つの車輪があって、最高速度は時速60Km。投入された星の上を自走して移動することで、様々な地点で、様々な観測が可能なのです。エネルギー源はもちろんVMジェネレータ。ですから、半永久的に活動が可能です。カメラやセンサーなどの観測機器は投入する星に応じて、また、観測内容に応じてチョイスが可能です。

「あと、今回は搭載してないですけど、ドライブパネルを取り付けることも出来るんです。」
「てことは、飛べるの?」
「はい。時間の制限があるんですが。ドライブパネルって結構エネルギーが必要で、VMジェネレータではちょっと力不足なんです。」
「へー、でも、飛ぶことが出来ればいろんなことが出来そうだよね。」
「はい。車輪では入り込めない荒れ地の調査や、崖を乗り越えたり、逆に降りたりとか。」

 月面もそうですが、星の表面は平坦な地形ばかりではないのです。

「エクスビークルを起動します。」

 車体の下の方の左右に赤いランプが点灯しました。実は今見えているのがエクスビークルの後部なのです。ですから、エクスビークルはバックで外に出ることになります。

「エクスビークル、準備完了。後退を開始します。」

 あっ、動き出しました。ゆっくりとバックしています。斜路を下り始めました。地球上だったら力強いエンジン音か、送風機の回る音をバックにモーターを唸らせながら登場しそうですが、ここは月面。残念ながら無音です。斜路を降りきったエクスビークルはバックのまま90度転進。車体の向きをシーライオンと平行な向きに直して停止しました。ちょうど小杉さんと私の立つ方向に前を向けています。前部の下のフレームの位置に左右に2灯ずつのヘッドライトが点灯しています。

 私達はエクスビークルの所まで歩きました。

「不動です。エクスビークルの点検を始めます。」
「了解。よろしく、不動さん。」

 私はエクスビークルの右側面中ほどにあるパネルを開けました。ここに、エクスビークルを直接操作できるコンソールがあるんです。

「僕は足回りをチェックしますね。」
「はい、お願いします。」

 小杉さんは、エクスビークルの8つある車輪のチェックを始めました。

 このエクスビークルは、月面に置き去りになるのです。ですから、異常や不具合がないかどうかを調べる、最後の最後の機会なのです。

 チェックは20分ほどで終わりました。

「よし、おつかれさん。2人ともこれから20分間自由時間だ。休憩するなり散歩するなり自由に月面を満喫してくれ。」
「了解です。」
「ありがとうございます。」

 私は周りを見渡しました。当然ですが、月面は静かでした。物音はしません。動くものもありません。太陽に照らされた明るい砂地が、ただただ広がっているのです。その砂地の所々に岩が顔を出しています。小杉さんは早速、一番近くの岩まで行くと腰を下ろしました。私もその隣の岩に腰掛けました。

「あー、なんか、久しぶりに座った感じ。」
「疲れました? 不動さん。」

 小杉さんが私に尋ねました。

「えっと、少しだけ。でも、大丈夫です。」
「うん、無理しないでね。」
「はい。」

 小杉さんは宇宙服の腰の左側に付けてきたボトルを持って飲物を飲んでいました。宇宙服のヘルメットの顎に近いところに、ボトル用のコネクタがあるんです。ここにボトルをつなげるとヘルメット越しに、ボトルの中の飲物を飲むことが出来るんです。

「小杉さんは何飲んでるんですか?」
「炭酸飲料。」

 小杉さん、炭酸飲料が好きなんです。

「でも、すごいですよ。」

 小杉さん、月面の光景を眺めながら話し始めました。

「何がですか?」
「僕達がいるこの場所って、あの地球の地面とはつながってないんですよね。」

 小杉さんは私達の正面やや上の方の漆黒の闇の中に浮かんでいる地球を指さしました。

 そうです。

 地球上では、たとえ海で隔てられている国同士でも、実は地球という、ひとつの同じ星の表面にあるのです。アメリカもロシアも、もちろん、日本や中国、ヨーロッパの国々も含めて、すべての国は同じ地球の大地の上にあるのです。その気になれば、同じ大陸上なら私達自身の足を使って徒歩で、そして、危険を顧みなければ、ボートを用意できれば海を越えて、陸地と陸地の間を自由に行き来できるのです。

 ですが、月面は違います。月面は、地球とは全く別の月という星の表面であり、大地なのです。地球の表面とは全くつながっていないのです。月だけではなく、火星や木星も同じです。地球とは全くつながっていない別の星なのです。ですから、地球から月に来たければ、必ず、宇宙船が必要になるのです。地球の大気圏から脱出して月まで辿り着くことのできる宇宙船が絶対に必要なのです。

 そんな、地球とは全く別の世界に私達は来たのです。

 まあ、だからどうだって思われるかもしれません。まあ、感性の話でもあるので。

 私も左の腰のボトルを取るとヘルメットのアダプタにあてて一口飲みました。この時のために用意した、普段よりもかなり奮発して買ったコーヒー豆を挽いて淹れたコーヒーです。暖かいです。コーヒーの爽やかな渋みが体中に染み渡るようです。夢のようです。月面で地球が宇宙空間に浮かんでいるのを眺めながらコーヒータイムを楽しむなんて。

 私は感じました。何か今までずっと感じたことのない、心の落ち着き、平穏て言うのでしょうか。最初に『未来の宇宙船』と遭遇して以来の苦労がすべて浄化されて心がきれいに片付けられていくようです。

 こういうのを、至福の時、って言うのでしょうか。この今という時がずっと続けばいいのに。

 でも、そんな自由時間もあっという間に終わってしまいました。

「小杉、不動君、聞こえるか?」

 川崎さんから連絡です。

「小杉です。聞こえます。」
「不動です。小杉さんの隣にいます。」
「うん。申し訳ないが、そろそろシーライオンに戻ってもらえるか? 鵜の木君とライラのペアと交代してもらいたいのだ。」

 月面でのプライベートタイムも終了です。小杉さん、立ち上がって伸びをすると、川崎さんに伝えました。

「了解です。不動さんと2人でシーライオンに戻ります。」
「うん、了解した。」

 私達はシーライオンに向かって歩き始めました。

 シーライオンのタラップの下まで戻ると、もう鵜の木さんとライラさんの2人が月面に降りて待ってました。

 小杉さんと私は、鵜の木さん、ライラさんと互いに拳をぶつけて交代の挨拶をすると、シーライオンの船内に入りました。

「戻りました。」

 ブリッジでは川崎さんが一人で留守番をしていました。

「うん、お疲れ。早速ですまないが、鵜の木君とライラの支援を始めてもらえるか?」
「はい。『カル・ガモ』ですね。」

 カル・ガモ。

 ぶっちゃけ、自走可能な『台車』です。しかも、自分で考えて自律的に走るのです。今回は、月面に設置する定地式の観測機器をシーライオンのカーゴルームから設置場所まで運びます。大きさ的には皆さんが会社などで使う物よりは一回りほど大きいでしょうか。エネルギー源もごく一般的なバッテリーです。

「じゃ、カーゴルームの側面扉を開きます。」

 小杉さん、さすが準備が早いです。

「はい、お願いします。」

 カル・ガモはカーゴルームの3番区画に搭載してきました。カーゴルームの一番後ろ寄りの区画です。

「鵜の木です。ドアが開き始めました。」
「小杉です。了解です。」

 扉はすぐに開きました。

「カル・ガモを発進させます。」

 私、そう言うと実行キーをトンと叩きました。

「あっ、出てきました。」

 カル・ガモは、エクスビークルと同じように斜路を使って月面に降り始めました。

 カル・ガモの特徴的な機能は、「親モード」または「子供モード」にセットすることが出来て、「子供モード」に設定したカル・ガモは、「親モード」に設定されたカル・ガモに追従するように自動的に走行する点です。また「子供モード」に設定されているカル・ガモ同士は互いの障害とならないように自律的に判断して、一列に並んで走ったり、飛行機のように編隊を組んで走行したりもします。

「あー、確かに、一列になって移動してる。これ、本当に自動的にやってるの?」

 外で待機しているライラさんが笑いながら質問しました。

「はい。先頭のカル・ガモが親ですね。」

 技術的にはかなり前に実用化されていたりします。30年くらい前には商用サービスに投入されていたと読んだことがあります。ただ、当時は迷子になったり、正しい進路から外れたりするトラブルも多かったようです。もちろん、私達のカル・ガモは、ノースポール・プロジェクトで大幅に改良していますので、大丈夫と思いますが。今回は5台のカル・ガモが、それぞれ、定置式の観測機器を積んで隊列走行しています。

「カル・ガモ、到着。停止しました。荷下ろしを始めます。」
「了解です。」

 観測機器の設置場所は小杉さんが立ててくれた国連旗のそばです。それぞれの機器は地球上では数十Kgほどもあるのですが、月面の重力は6分の1。ですから、鵜の木さんとライラさんの2人でも楽勝で運べるはずです。設置して接続して、電源を入れたら、私がシーライオンからリモートで設定と稼動確認を行います。すべて終わるのに1時間ほどだったでしょうか。

「完了しました。」

 私の報告を聞いた川崎さんがシートから立ち上がりました。

「では、行こうか。」

 なんか、気が進まなそうです。それに気付いた小杉さんが質問しました。

「何か気がかりなことでもあるんですか?」
「いや。何でもない。」

 私が、それとなく伝えました。

「大丈夫ですよ。私でもちゃんと出られましたから。でも、宇宙服の点検だけは私にさせて下さい。」
「ハハハッ、頼むよ。」

 川崎さんはプロジェクトの中では、ライラさんと供に数少ない宇宙の経験者なのです。でも、そういえば、川崎さんは宇宙服を着ての船外活動はしてないんですね。ISSの船内だけの作業だったようです。

 その川崎さんを先頭に、私と小杉さんも後についてブリッジを出ました。今回シーライオンに乗り組んでいる5人全員で月面に出て、記念撮影をするんです。

「あ、全員集合ですね。」

 国連旗の所まで行くと、鵜の木さんとライラさんが迎えてくれました。カル・ガモで運んだ椅子が並べてあります。

「それで、どんな風に撮るんだ?」

 川崎さんが尋ねました。

「前に3人座って、後ろに2人立ちます。横に国連旗、バックにシーライオンを入れて撮ろうと思います。」
「なるほど。よし。」

 そう言うと、川崎さんが後ろの列の左側に立ちました。

「いえいえいえ、川崎さんは前の真ん中に座ってもらわないと。」
「そ、そうなのか、」

 小杉さんと鵜の木さんが思いっきり突っ込みました。川崎さん、それに促されるように前列の真ん中の椅子に座りました。その両側に私とライラさんが座って、後ろに小杉さんと鵜の木さんが立ちました。

「じゃあ、撮りますね。5秒のタイマーで撮ります。」
「いつでもいいぞ。」
「じゃあ、いきます。・・・押しました!」

 三脚に取り付けたケータイのインジケータが点滅します。小杉さんがみんなに向かって言いました。

「はい、チーズ!」

 ストロボが光りました。

「じゃ、もう一枚。」

 まるで、地球上での記念撮影と同じです。

「いいですね、いきましょう。じゃあ、押します。」

 再び、小杉さんが言いました。

「1足す1は?」
「2!」

 みんなで答えたところでストロボが光りました。

「じゃ、確認します。」

 鵜の木さんがカメラのところに行って、撮影した映像を確認します。

「大丈夫です。瞬きもしてないし。」
「おー。」

 全員で拍手しました。・・・、音は聞こえませんが。

 ひとまず、月面で予定されていた作業はすべて終わりました。短い滞在でしたが、25年振りの歴史的な有人月面探査でした。

 私たちはぞろぞろとシーライオンに向かって歩きました。その後ろをカル・ガモ達がついてきます。

 さて、あしたはいよいよ、今回のテスト航海のメインイベント、超光速航行試験です。

 果たして、シーライオンは光の速度を突破して、外宇宙への扉を開くことが出来るのでしょうか。

 うーん、何かドキドキしてきました。寝る前に、もう一度、超光速航行の制御プログラムを見直しておこ。

(つづく)
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■更新履歴
2022/12/25 登録