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■宇宙巡光艦ノースポール

第2章.宇宙巡光艇シーライオン
[補足] 裏方

 西暦2054年5月25日。
 午前。

 国会、予算委員会。

「回答を頂きたい。総理と防衛大臣のお2人が最近頻繁に、政府専用機で出かけているのは明らかなんです。一体どこに行っているんですか? 何をやっているんですか?」

 質問に立っているのは、日本共明党の党首で相武美花さん。常に政府と与党を追及する、典型的野党の党首なのです。

「おことばだが、証拠を示してもらいたい。本当に私と防衛大臣が出かけているのか。」

 実は、最近、古淵総理と稲田防衛大臣が頻繁に外出しているというのは間違っていないのです。

 行き先は日高基地。

 そう、ノースポール・プロジェクトのための訪問なのです。先日、小杉さんとライラさんの前に何の前触れもなくお2人が現れたことがありました。あの時も実は会議のために日高基地に来ていたのです。

 もうお話ししたかと思いますが、ノースポール・プロジェクトの存在はまだ世間には公開されていないのです。一部の人だけが知っている秘密のプロジェクトなんです。

 なぜ秘密にしているのか。

 あまりにも世間から外れた荒唐無稽な内容のためです。何しろ、今から300年後の未来の地球が異星人による侵略を受けるのです。そして、その異星人と戦うために建造された宇宙戦艦の中の1隻が敵艦隊の集中砲火を受けた末に、300年の時を遡って現在に飛来して北海道に墜落したのです。

 どうでしょうか。こんな話し、普通に公表しただけではとても信じてもらえないように思うのです。それに、今はまだ、私達人類は異星人と戦うことも逃げることも出来ないのです。今現在地球で使われている宇宙船、つまり、ロケットを見ればすぐに分かります。とても、異星人と戦えるとは思えないし、大勢の人を乗せて地球を脱出することも出来なそうですよね。そんな状況ですので、ひとまず、宇宙を自由自在に飛ぶことの出来る宇宙船が完成するまでは、ノースポール・プロジェクトの存在は公表しないことになっているのです。

 そんな背景はおそらく知らないと思うのですが、相武さんは古淵総理の追求を続けました。

「少なくとも、政府専用機の運用費用は国民から集めた税金から支払われているわけです。だとするなら、その詳細な使い道を知るのは国民としての当然の権利ですよね? お答え頂きたい。何の目的でどこに行っているのか。」

 相武さん、粘ってます。

「繰り返しになりますが、私と防衛大臣が出かけているというのなら、その証拠を示してもらいたい。それがないのなら、不毛な言いがかりは止めてもらいたい。審議時間の無駄遣いだ。」

「その指摘は認められないですね。自分に不利な指摘は封じれば良いとの考えがありありと見える。独裁政治がひたひたと近づいている足音が聞こえる。まさに、民主主義の冒とくに他ならない。」

「しかし、あなたの言葉を借りるなら、国会の審議にも税金は使われているのだ。こうしてあなたの言いがかりとも思える指摘を聞いているその間も税金が使われているわけだ。全くもって税金の無駄遣いだ。こんな状況が許されるのか?」

 まあ、国会での論争なんてこんな物なのかもしれないですよね。いろいろ納得できないことも多いのですが。こんな感じで午前中の予算委員会は続けられて、そして、ランチタイムが来たのでひとまずお開きとなりました。委員会に参加した大臣さんと議員さん達はそれぞれ席を立ち委員会室から引き上げていきます。古淵総理と稲田防衛大臣も委員会室を出ると絨毯の敷かれた、ふかふかの廊下を戻っていきます。その周りをスタッフと警備員が取り囲んでいます。

 稲田さんが小声で総理に話しかけました。

「相武君、だいぶ粘ってましたね。具体的な情報を掴んでいるわけではなさそうだったですが。」
「そうだな。だが、確かに最近出かけすぎたかもしれない。我々も気を付けないと。」

 廊下を進む一団は角を左に曲がりました。ぞろぞろと歩いて行きます。

「そうですね。でも、あそこのみんなが活き活きと仕事に取り組んでいるのを見ると、私もモチベーションが上がってくるようで、行くのが楽しみではあるんですよね。」

 仕事ぶりを褒めてもらえるのは素直に嬉しいことです。みんな、とにかく必死で取り組んでいるのです。

「そうだな。彼等がそうやって思い切り仕事に取り組めるように、我々も裏方としてきっちり仕事をしなければならないのだ。」
「もちろんです。」

 2人は総理大臣の執務室に入りました。スタッフが静かにドアを閉じます。そのドアの前に警備員が立ちました。

 稲田さんは座り慣れたゲスト用の椅子に座ると内ポケットからケータイを取り出しました。

「連絡が入ってますね。うん、順調そうだ。よしよし。」

 そうなんです。同じ頃、シーライオンは北太平洋をキスカ島に向けて順調に飛んでいたのです。

「うん。そうなると、今後の計画がますます楽しみになってくるな。来月には・・・、」

 古淵さんがそこまで言いかけた時、急にドアの外が騒がしくなりました。どうも、アポもなく突然訪れた訪問者と執務室のスタッフ、警備員が揉めているようです。

 そして。

「失礼します。」

 スタッフも制止することが出来なかったのでしょうか。半ば強引に女性が入ってきました。先ほどまで予算委員会で古淵さんを追及していた、共明党の党首、相武さんです。

「何か御用ですか?」

 古淵さんはそう尋ねながら、手に持っていたケータイをそっとスーツの内ポケットに戻すと、椅子に軽くもたれ掛かるように座り直しました。

「先ほどの答弁、到底納得できません。」

 相武さん、どうやら、予算委員会の延長戦を挑んできたようです。仕事熱心なのは良いのですがどうも根拠もなしに質問というのはどうなのかと。

「あなた方2人が影で何かを行っているのは確かなんです。何をしてるんですか?」

 古淵さんの座るデスクに両手を突いて厳しい声で質問しました。しかし、古淵さんも動じません。

「繰り返しになるが、それなら証拠を出してもらいたい。でなければあなたの指摘はただの言いがかりだ。」

 冷静な声ながら、古淵さんは少し見上げるように相武さんを見つめました。相武さんも負けじと古淵さんを睨み付けます。

 その時、再び、執務室の外が騒がしくなりました。そして、今度は男性が1人、入り込んできました。

「お邪魔する。」

 パッと見は紳士的な、スーツの似合うロマンスグレーの男性です。野党第一党、日本いっしょの会の党首である、堀之内大樹さんです。

「おや、お揃いで。相武さんもお仕事熱心のようですな。」

 皮肉たっぷりな目で相武さんを見つめます。

 その、相武さんも黙ってはいません。

「私達共明党は、あなた方のような、なれ合い合体、ご都合分離の政党とは違いますので。」

 えっ? なんかのロボットアニメ的な決め台詞ですね。相武さん、もしかして、その方面の方だったりして。まあ、でも実際に日本いっしょの会は小さな政治グループがくっついたり離れたりを常に繰り返している政党なのです。その様子に対してマスコミの付けたニックネームが『日替わり弁党』。実際、昨日と今日で構成メンバーが大きく替わることもあったりするのです。まあなんとか、野党第一党としての人数だけは維持しているようですが。

「はははっ、その指摘はあなたの心の中にしまっておいた方が良いのではないですかな? 我々野党同士で互いのなじり合いをしたら、それこそ政府の思うつぼだ。」

 堀之内さん、その皮肉に満ちた表情を古淵さんに向けました。しかし、その堀之内さんを遮るかのように相武さんが威嚇します。

「それで、あなたは何のために来たんですか? 今は私が話をしているんです。」
「あなたと同じだ。いや、あなたよりは突っ込んだ話が出来ると思ってるのだが。」

 堀之内さん、そう言って相武さんを追いやると古淵さんのデスクの前に立ちました。

「どうぞ、お話し下さい。」

 古淵さんは余裕の表情で、堀之内さんに先攻を譲りました。

「では聞くが、あなた方お2人が足繁く通っているのは、どうやら北海道のようだが、違いますかな?」

 おっ、初めて北海道の名が出ました。今まで相武さんや他の野党の方が追求する時にも具体的な地名が出てきたことはありませんでした。これは手強いかもしれません。

「何か証拠でも?」
「まだシラを切るつもりか? ではこれを見てもらいたい。」

 堀之内さん、得意満面の表情で持ってきた封筒の中からクリアファイルを取り出して古淵さんの前に突き出しました。あっ、日高基地の写真です。ついに来ましたか。

「これは?」
「北海道の襟裳岬の少し北の日高山系にある施設だ。一応、都内のある大学の研究施設ということになっているが、ここに、政府専用機がよくやって来ると聞いた。この通り、着陸しようとしている写真もある。あなた方が乗られているのではないのかな?」

 堀之内さん、まるで王手飛車取りにでも持ち込んだかのような自信満々の表情です。しかし、古淵さんは相変わらず動じる気配すら見せません。

「ほおー、良くお調べだ。」

 堀之内さんのクリアファイルを手に取ると、デスクの左側に追いやられていた相武さんに見せます。

「相武さん、あなたもこういうのを持ってこないとだめだな。」

 その様子を見た堀之内さんが声を荒げました。

「そんなことはどうだっていい。一体ここで何をやってるんだ? 何を企んでるんだ? 答えてもらおうか。」

 激しく古淵さんに詰め寄ります。古淵さん、鋭い笑みを浮かべると不敵な声で伝えました。

「確かに、我々は時々ここを訪れている。それは事実だ。」
「目的も聞かせてもらおうか!」

 堀之内さん、もう押せ押せムードです。対する古淵さん、見せびらかすような余裕ある声で話し始めました。

「私は日本の総理大臣をやらせてもらっている。当然、我が国の平和を守る責任がある。」
「話をそらさないでもらいたいな。一体ここで何をやってるんだ?」

 そんなつもりはないと思いますけどね。でも、堀之内さんは盛んに攻め立てます。一方、古淵さんも慌てる様子は全くありません。淡々と話し続けます。

「そらしてなんかいない。それと、私は日本だけでなく、世界の平和も守らなければならないと考えている。もちろん、国の垣根を越えた協力体制も作ろうとしている。」

 堀之内さん、思い切り不満そうな表情で質します。

「わからんな。一体あなたは何を企んでいるのだ? 外国とも結託しているのか? まあ、妥当なところでアメリカあたりか?」

 そうです。アメリカのザカリー・ガーランド大統領もノースポール・プロジェクトを支援してくれているのです。

「では聞かせてもらうが、あなたは日本だけでなく世界の平和を守ろうという気はあるんですか?」

 古淵さんの問いに堀之内さんが一瞬たじろぎました。日本の選挙で当選した日本の政治家だというのに。一瞬、そんな考えが頭をよぎったのです。しかし、そんなことは口に出せません。政治家というより、人として失格です。

「・・・、当然だ。我々は政治家だ。日本だけでなく、ひいては世界平和にも貢献しなければならない。当たり前のことだ。」

 堀之内さん、精一杯の反撃です。ですが今度は古淵さんが攻め始めました。

「本当ですか? 私達が取り組んでいる仕事は口先だけのやる気ではとても達成できないものです。ありきたりのやる気程度ではダメです。あなたにはそのための覚悟はあるんですか?」

 古淵さん、凄みのある視線を堀之内さんに向けました。

「な、何を言っている、何を言いたいのだ、あなたは。」

 堀之内さん、明らかに動揺しています。古淵さんは同じ視線を今度は相武さんに向けました。

「相武さん、あなたはどうですか? 政治家として、日本だけでなく世界の平和を守る覚悟と、決心はありますか?」

 古淵さん、決して怒鳴っているわけではありませんが、聞く者の心を大きく揺さぶるかのような力強く、凄みのある声で相武さんと、そして堀之内さんをも質しました。

 相武さん、自分なりの思いの丈を古淵さんにぶつけます。

「もちろんです。私達共明党は世界から核兵器が廃絶されて、平和が来ることを目指しているんです。むしろ、あなたがた民翔党のような軍拡路線を目指している輩に世界平和などと口走ってもらいたくないですね、不快です。」

 確かにそれはそうなのですが、なんか、相変わらず発想の狭い、進歩の感じられないご意見のように感じてしまいます。事態はそんなレベルの認識を遙かに超えたところで動き出そうとしているのです。

 ちなみに、相武さんのことばの中に登場した『民翔党』という政党が、古淵さんの率いる今の日本の政権与党です。前回の衆参同日選挙で過半数を軽く超える議席を確保する勢いを見せて、その後も世論調査が行われる度に支持率を伸ばしていて、一般の国民の方からも厚い支持を集めているのです。

 古淵さん、鋭い笑みを浮かべると、相武さんと堀之内さんに伝えました。

「わかりました。百聞は一見にしかずと言いますからね。確かに、いつまでも隠しておくのは良ろしくない。ちょうど、よい機会なのかもしれない。ご案内しましょうか。」

 古淵首相、ゆるりと立ち上がりました。そして、一瞬歩き始めようとしましたが、再び立ち止まり、堀之内さんと相武さんに鋭い視線を投げかけました。

「もう一度だけ言っておきましょう。生半可なやる気だけなら見ない方がいいと思いますよ。知ってしまった事実を前に、その重みと、知ってしまった後悔に耐えられなくなって気が狂うかもしれない。もしも、このあと私についてくるようなら、それほどまでに、これまでの常識を覆す事実を知ろうとしているのだと頭と心に叩き込んでおいてもらいたい。」

 そうです。事態は私達の思考の遙か上を進もうとしているのです。

「面白い。構わないから案内してもらおうか。」
「私も、望むところです。」

 引くに引けない堀之内さんめ相武さんはとりあえず強気を装いました。

 古淵総理、悠々と歩き始めると、自ら執務室のドアを開けて廊下に出ました。堀之内さんと相武さんも負けじと強気の装いで続きます。その3人の後に稲田さんも続きました。

「あっ、総理。」

 古淵さん、足を止めて後ろを振り向きました。官房長官の喜多見さんです。防衛政務官の鴨井さんもいっしょです。

「13時からの地域行政会議ですが・・・、」

 喜多見さんが話すのを遮るように古淵さんが伝えました。

「すまないが、リスケして下さい。これから北海道に行くことになったんだ。」

 喜多見さんの顔色が変わりました。

「えっ、でも、この会議、リスケ3回目ですよ。出席者の方が何と言うか。」
「いや、どうしても案内しなければならなくなったんだ。」

 古淵さん、後ろにいる2人を見ました。喜多見さんもその2人を見ると小声で尋ねました。

「あの、よろしいのですか?」

 古淵さんは小声ではなく普通に答えました。

「うん。いずれは知らせる時が来るんだ。それが今日になっただけだよ。」
「・・・わかりました。研究室には伝えますか?」

 研究室。東京総合科学大学の柴崎研究室です。そこに、ノースポール・プロジェクトの責任者である布田教授と、テクニカルアドバイザーのドミトリー博士がいるのです。

「うん。伝えて下さい。お2人は研究室からリモートでも良いだろう。いや、今日はお2人も基地に詰めているに違いない。」
「そうですね、わかりました。」

 喜多見さん、廊下の脇に避けるとケータイを取り出してダイヤルし始めました。

「僕の予定もキャンセルしてね。」

 稲田さんも、鴨井さんに指示しました。鴨井さんもあきらめ顔でケータイを取り出すと連絡を取り始めました。古淵さんと稲田さんの行動はほんと読めません。

「では、行きましょう。」

 そう言うと古淵さんは再び歩き始めました。エレベータで地下に降りると長い通路を歩き始めました。もちろん、公開はされていませんが、国会議事堂周辺の施設は地下通路でつながれているのです。一行は首相官邸に入ると今度はエレベータで屋上へ登りました。

「すまないが、頼みます。」

 古淵さんが詰め所の職員に声を掛けました。

「はい、大丈夫です。」

 どうやら、喜多見さんが連絡してくれていたようです。古淵さん、自らドアを開けて屋上に出ました。ヘリポートです。

「えっ!? そんな。」

 相武さんが小さく呟きました。ヘリポートの中央に、午前の予算委員会でも取り上げられた政府専用機が待っていました。古淵さん、慣れた足取りでタラップを登り機内に入ります。堀之内さんがそれに続きます。そして、相武さんも。・・・何やら顔色が良くありませんが。最後に稲田さんも乗り込むとエンジンが始動しました。俄然、ヘリポートは賑やかになります。

 さすがに政府専用機です。機内は質素ですが落ちついた色調の壁紙が貼られて、良い感じです。シートは布張りですがやや大きめでゆったり座ることの出来るタイプで、左右に1つずつ、5列設置されています。つまり、定員10人ですね。

 古淵さんはさっそく、前から2列目の右側のシートに収まりました。

「よいしょっと、ふー。」

 その反対側、左側には稲田さんが座りました。

 堀之内さんと相武さんが迷っていると機内スタッフが案内してくれました。堀之内さんは古淵さんの2つ後ろ、相武さんは稲田さんの2つ後ろです。

「シートベルトをお願いします。」

 スタッフが堀之内さんと相武さんに伝えました。相武さん、左手の窓から外を見ました。喜多見さんと鴨井さんが走ってきます。さらにその後ろから台車を押した職員が続きます。

「お願いします。」

 喜多見さんと鴨井さんは、そう言いながら機内に駆け込みむと、一番後ろの席に座りました。

 エンジン音が高くなりました。ふわりと浮かぶ感じがしたかと思うと、機はもう空中にいました。首相官邸が後ろに、下に遠ざかっていきます。天気は快晴。絶好の飛行日和です。

 稲田さんが相武さんに話しかけました。

「すぐ着くから。1時間ちょっとかな。」

 専用機は珍妙なご一行を乗せて、一路北を目指しました。総理と防衛大臣が支援しているという『何か』を視察に行くのです。まあ、ある意味で、予算委員会とその後の総理執務室での追求が実ったと理解することもできるのですが・・・、

「何で、この私がこれに乗るなんて・・・」

 今回の訪問実現の立役者の一人であるはずの相武さん、先ほどから何やらご不満のようです。搭乗してからずっと、ブツブツと何やら独り言を言っています。その相武さんに稲田さんが満面の笑みを浮かべて尋ねました。

「どう、乗り心地は?」

 相武さんがご不満な理由はなんとなく分かります。古淵総理や各大臣の移動用として政府が導入したこの機体は、アメリカのベル社とボーイング社が共同開発したV-25B、通称『オスプレイ2』なのです。自衛隊への配備と同時期に政府専用機として導入されました。

 まあ、実を言うと、共明党は、相武さんの陣頭指揮のもと、この機体の導入に猛反対していたのです。相武さん、笑顔でこちらを見ている稲田さんをキッと睨んだだけで、何も答えませんでした。まあまあ、稲田さんも、そのくらいにしてあげて下さい。

 何しろ、急な出発でした。昼食もまだだったのですが、喜多見さんと鴨井さんが気を利かせておにぎりと味噌汁を積み込んでくれていました。

「おー、昼抜きを覚悟してたんだがな。」

 堀之内さん、おにぎりのパックを受け取ると早速開けて食べ始めました。紙カップのインスタントですが暖かい味噌汁も配られました。

「うん、白味噌か。私は赤味噌派なんだがな。」

 そう言いながらも、堀之内さん、ご満悦のようです。次いでお茶も配られます。

 ちなみに、ペットボトルではなく、スチールボトルです。実は古淵総理の肝いりで、ペットボトルからスチールボトルへの切換が強力に推し進められているのです。もちろん、使用後の回収キャンペーンも大々的に行われています。再利用のためですね。

 何もしないでいるとちょっと暇ですが、食事を取ったのであっという間です。お茶を飲んでいると、専用機はもう大雪基地への着陸態勢に入っていました。

「お疲れ様です。」
「お待ちしていました。」

 一行が機を降りると、日本人と外国人が出迎えてくれました。

「お2人ともご存じだろうか?」

 古淵総理が、出迎えの2人に尋ねました。

「テレビのニュースで拝見しています。」

 日本人の出迎えの方が答えました。

「はははっ、もしかしたら、私よりも有名かもな。」

 堀之内さんと相武さん、複雑な表情です。古淵さん、すぐに真顔に戻ると紹介しました。

「日本いっしょの会党首の堀之内大樹君と、こちらが、日本共明党党首の相武美花君だ。」
「よろしく。お願いします。」
「はじめましてお目にかかります。」

 続いて、古淵さん、出迎えのお2人を紹介します。

「布田英治教授だ。東京総合科学大学の柴崎研究室の主任教授であり、ノースポール・プロジェクトの総責任者だ。」
「よろしくお願いします。」

 布田さん、少しかしこまって礼しました。

「そして、こちらが、ドミトリー・カバレフスキー博士。プロジェクトのテクニカルアドバイザーをしている。」
「よろしくお願いします。」

 相武さんが質問しました。

「ドミトリー博士、もしかしてロシアの方ですか?」
「はい、ですが、30年前に故郷を脱出して、今はアメリカ国籍です。」

 堀之内さんと相武さん、事情を察したようです。ちなみに、ロシアといえば、かつては共明主義のご本尊、・・・のはずなのですが、相武さん曰く、

「ロシアの共明主義は偽りの共明主義。私達日本共明党こそ、真の共明主義の実践者なのです。」

・・・ということらしいです。まあ、その辺りの話しは物語には影響ありませんので割愛させて下さい。ハハッ。

 一行は布田さんとドミトリー博士を先頭に、早速基地に入りました。

「空から見た時は、ただの山だったのに。」

 そうです。大雪基地は年間を通じて雪に覆われて隠されているのです。

 エレベータで10階に上がります。ぞろぞろと壁沿いに設けられた通路に出ます。

「これが『未来の宇宙船』です。」
「・・・何だこれは?」
「船? でもなんでこんな山の中に?」

 堀之内さんと相武さんは目を見張りました。

 布田さんが説明を始めました。

 夜空を横切る火球。

 墜落した、物体との遭遇。

 物体の調査。

 物体の正体の判明。

「未来から来ただと?」
「異星人の侵略? な、何なのそれは。」

 一行はゆっくりと格納庫内を一周しました。

 深く傷ついた痛々しい船体。

 くすんで、汚れた船体。

「ま、まさか、ハリボテではないだろうな?」

 堀之内さんが、強気を装いつつも震える声で聞きました。布田さんは、一行を船内に案内しました。ブリッジに登ります。

「ここが・・・ブリッジ。」

 相武さんが、傾いた床に耐えかねて、傍らのシートに掴まりました。

「本当に、本当の本物なの?」

 布田さん、持ってきた写真を2人に見せました。

「うちゅ、いや、異星人・・・。」
「この点が全部、宇宙船・・・。」

 『未来の異星人』。1万隻とも2万隻とも言われる艦隊でやって来るのです。想像を絶する巨大な母艦を伴って。

「うっ・・・、」

 一行が再び外に出た途端、堀之内さんが壁際に駆け寄ると吐き始めました。『未来の宇宙船』の船内は空気も悪いので、そのせいもあったかもしれません。しかし、それ以上に精神的なダメージが大きかったのではないでしょうか。

 宇宙からの侵略者。

 敵を迎え撃つ宇宙戦艦。

 撃沈された宇宙戦艦。

 タイムスリップ。

 ことばだけの説明なら否定するのも簡単ですが実物を見せられては、もはや、逃げ場はありません。どんなに信じ難い事実であっても、丸ごと受け入れる他ないのです。

 堀之内さん、喜多見さんと鴨井さんに介抱されて、やっと落ちついたようです。

「医務室にご案内しましょうか?」

 布田さんが尋ねました。

「いや、その必要はない。このくらいのことで・・・、」

 堀之内さん、そう言いうと、フラフラしながらもゆっくりと立ち上がりました。

 その様子を見た稲田さん、

「思い出すよ。僕もここで吐いたんだ。」

 珍しく神妙な声です。

「人のことは言えないな。私もダウン寸前だったからな。」

 古淵さんもです。

「あなたは、相武さんは大丈夫ですか?」

 布田さんが尋ねました。

「ええ、なんとか。」

 でも、顔色は良くありません。

「外に出ましょうか。」

 そう言うと布田さんは壁のボタンを押してエレベータを呼びました。

「はー。」

 外に出るなり、みんな深呼吸をしました。

 さて、新鮮な空気も吸って気分も落ちついたはずなのですが、堀之内さんも相武さんも表情が冴えません。それはそうです。現実世界から余りにも掛け離れた、それでいて、紛れもない事実を突き付けられたのです。思考が追いついていかないのです。

「飲物、どうぞ。」

 堀之内さん、両手をズボンのポケットに入れて俯いて立ち尽くしていましたが、ゆっくりと顔を上げました。

「あ、ああ、ありがとう。」

 鴨井さんが缶の飲み物を段ボール箱に入れて配っているようです。堀之内さん箱の中を覗きました。違う種類の飲物が用意されています。

「レモンティーにしようか。ありがとう。」

 そう言いながら、一本取りました。

 鴨井さん、相武さんにも飲物を勧めました。

「すみません、じゃあ、コーヒーを。」

 同じように、布田さんとドミトリー博士にも飲物を配ると、最後に、並んで立っている古淵さんと稲田さんの横に行きました。

「えっと、古淵さんはお茶ですよね。」
「うん、ありがとう。」

 総理は緑茶派のようです。

「稲田さん、ココアどうぞ。」
「良かった。これが飲みたかったんだ。」

 おお、稲田さんてココア派なんですね。

 さて、一行はヘリポートで待機していた政府専用機こと『オスプレイ2』に再び乗り込むと、大雪基地をあとにしました。布田教授とドミトリー博士もいっしょです。もうひとつの視察先、日高基地に向かうのですが・・・。

「あれっ、海に出てる。」

 相武さんが気が付きました。

 確かに、専用機は太平洋に出ていました。大雪山系から日高山脈なら地上を飛ぶだろうと思っていたのです。

「あっ、大丈夫。いまねえ、ぐるっと回って海の上から襟裳岬の沖に向かってるんだ。」

 稲田さんが教えました。

「もうすぐ見えると思うんだけど。」

 相武さん、窓の外を見ました。

 少しして、

「あ、何か見える。」

 遠くに何かを見つけました。低くなり始めた陽光を受けて輝いています。

「お、来た来たっ。」

 稲田さんも声を上げました。

「どこかな?」

 古淵さんと堀之内さんも左側の窓の方に来ました。その、『何か』はどんどん近づいていました。

「四角いな・・・。しかも細長い。」
「でも、白い。真っ白。飛行機なのかしら?」
「いや、翼がないぞ。どうやって飛んでいるんだ?」

 堀之内さんと相武さん、興味津々です。その、四角くて細長くて白い飛行物体は、翼もないのに空中に浮かんで安定して飛んでいるのです。

 稲田さんが自慢げに話し始めました。

「あれは、シーライオン。今日、試験飛行で太平洋を一周して、ちょうど今、戻ってきたところなんだ。」

 相武さん達一行の乗る専用機は、その、シーライオンの右舷側に並んで飛びました。

「戦闘機にしては大きいようだが?」

 堀之内さんが不思議そうな表情で尋ねました。

「いえ、シーライオンは宇宙船です。ノースポールという、もっと大型の宇宙船に搭載される艦載艇なんです。」

 布田さんが説明しました。

 そう、一行は、日高基地でノースポールと対面するのです。

 間もなく、専用機は日高基地のヘリポートに着陸しました。

「おお、確かに、うちの党が手に入れた写真と同じだ。」

 日高基地のヘリポートに降り立った堀之内さんが声を上げました。古淵さんを問い詰める時に見せたあの写真ですね。

「じゃあ、早速、格納庫にご案内します。」

 一同、布田さんについていきます。そして、堀之内さんが入手した写真にも写っていた巨大な建物に入ると、エレベータに乗りました。

「着きました。どうぞ。」

 全員、エレベータを降りました。そこは、大雪基地の格納庫と似た構造です。巨大な細長い空間の壁に沿って通路が設けられています。そして、大雪基地の格納庫と比べて、非常に明るく、空気もかなり新鮮です。ただし、かなりうるさい騒音が満ちています。

 布田さん、通路の端の柵に右手を掛けると、左手で格納庫の中を誇らしげに指し示しました。

「これが、宇宙巡光艦『ノースポール』です。」
「おお、でかいな。」
「すごい、それに真っ白。」

 堀之内さん、相武さん、目を見張りました。まず、大きさに驚いています。そして、色。神々しいまでに白いのです。

「・・・、」

 相武さん、何かを思い出したようです。

「一応、聞きますが、税金で作っているとか・・・?」
「いえ、違います。」

 布田さんが否定しました。古淵さんが説明を続けました。

「うん、今のところ、これの建造には税金は一円も使われていない。ここの施設の建設費もだ。税金を使わせてもらっているのは、あなたも指摘していた、政府専用機の運用費用だけだ。」

 相武さんが質問しました。

「オスプレイの、ですか?」

 相武さん、それ以上は何も言いませんでした。
『未来の宇宙船』の時と同じく、船内にも入りました。その、超硬化チタニウムガラスを多用した、余りにも開放的なブリッジには歓声が上がりました。

「すごい。これが本当に飛ぶのか?」

 堀之内さん、まるで子供のように目を輝かせています。

「はい。宇宙を自在に飛ぶことが出来ます。」

 そう答えた布田さん、とても嬉しそうです。まあ、この時点ではノースポールはまだ浮上テストも行ってなかったんですけどね。ただ、ノースポールと同じVMリアクタとドライブパネルを装備したシーライオンが、見事に試験飛行を成功させて帰投していました。その情報は既に布田さんやドミトリー博士、そして、古淵さんと稲田さんにも伝えられていました。

 一行は隣のドックにも行って体を休めているシーライオンも見学しました。

「確かに、これが飛んでいたな。」
「じゃあ、さっき見たノースポールも本当に飛ぶと言うことなの?」

 堀之内さんも相武さんも、驚きっぱなしです。

 一行は一旦外に出ると、別の建物の会議室に移りました。窓の外はまだ太陽が見えましたがもうすぐに山の向こうに沈みそうです。

「さて、以上が今日案内しようとしていたすべてだ。」

 古淵さんが伝えました。堀之内さんと相武さんは顔を見合わせました。

「背景も説明したとおりだ。信じてもらえたかどうかは分からないが、しかし、紛れもない事実だ。我々人類は、歴史上初めて経験する危機に直面しているのだ。何もせずにその危機を迎えるわけにはいかない。その認識のもと、ノースポール・プロジェクトが進められており、そして我々周囲の人間はプロジェクトを支援する裏方として協力しているのだ。」

 稲田さんも真面目な顔で説明しました。

「僕らは文系の人間で、科学者にも技術者にもなれないからね。だからせめて、いろいろな雑用を引き受ける裏方として協力しているんだ。」
「例えば、どんなことを?」

 相武さんが不思議そうな顔つきで聞きました。

「まずは資金だろうね。僕らは経済界とのパイプは持っている。だから、協力してくれそうな、しかも、志のありそうな企業に接触して協力をお願いしてるんだ。もちろん説明もして大雪基地と日高基地も実際に見てもらっている。」
「『志のありそうな』と言っていたが?」

 今度は堀之内さんが質問しました。でも、国会で政府を追求する時のような鋭い口調ではありません。はるかに穏やかな話し方です。

「うん、どこの企業でもいいと言うわけではないのだ。私利私欲のある企業ではダメなのだ。あくまでボランティアとして、裏方として働くという高い意識のある企業でなければダメだ。」
「なるほど。」

 相武さんも堀之内さんも意図を察したようです。

「それで、私達はどうすればいいんです?」

 相武さんが直近で問題となる疑問について質問しました。

「まずは、それぞれの党内でこのプロジェクトに対する支持を取り付けてもらいたいのだ。今はまだいいが、きっと近いうちに広く一般国民に事態を説明しなければならない時が来る。その時にまずは政治家が一致団結していなければならないのだ。それでなければ国民が一致団結できない。何しろ世界が、いや、地球が始まって以来の危機なのだ。今こそ、この地球に住むすべての人々が一つにまとまらなければならないのだ。まあ、他の国については、各国の政府に期待するしかないがわが国日本については、我々日本の政治家の手で意思を統一しなければならないのだ。」
「うーむ、」

 堀之内さんも相武さんもうなり声を上げると黙り込んでしまいました。

「どうだろうか? 協力してもらえるかね?」

 古淵さんが堀之内さんを見つめて問いかけました。堀之内さんは、だいぶ長い間を置くと、やっと話し始めました。

「はっきり言って・・・今は何とも言えないな。聞けば聞くほど、考えれば考えるほど、大変な話しだ。正直なところ、間違いであってほしいというのが本音だ。いや、だが少なくとも私は信じるよ。今日見て聞いたことを。党内の調整は・・・、考えれば考えるほど、自信がないが、行動は起こすと約束するよ。今日のところはそれで勘弁してくれ。」

 古淵さん、事情を理解する目で軽く頷きました。そして、今度は相武さんを見つめました。

「あなたはどうですか、相武さん。」
「・・・、私も同じですね。まず、今日見聞きしたことは信じますよ、私も。でも、その先は・・・。余りにも道のりが遠い、と言うか、どこをどう進んでいけばいいのかさっぱりわからないというのが本音ですね。でも、私も必ず何かします。その点だけは約束しますよ。」

 古淵さん、再び頷きました。稲田さんが再び口を開きました。

「それだけ言ってもらえれば十分ですよね。今日のところは。僕らだって最初は何をしたら良いのか何も分からなかったし。」

 古淵さん、当時の苦労を思い出したかのように一瞬笑うと話し始めました。

「そうだったな。正直、一時は人間不信になってしまって誰も信じられなくなったからな。うん。そうだ。だが我々はそれでも進まなければならないのだ。我々は政治家だ。国民を守る義務がある。そして、他の国と協力して世界と、この地球を守る義務があるのだ。」

 こうして、今回の大雪基地と日高基地の視察は終わりました。堀之内さんも相武さんも政府専用機に乗り、東京へと戻りました。ひとりではとても背負いきれない大きな宿題を抱えて。


閑話休題
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2022/12/25 登録