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■宇宙巡光艦ノースポール

第3章.発進、ノースポール
第2節.ドリーム・プラネット

 鵜の木さんがキーボードを叩いています。私はホテルの被害状況を詳しく調べていました。しかし、鵜の木さんの手の動きは、すぐに止まりました。

「だめだ、ドッキングポートが全然反応しないです。」

 後ろを振り返って川崎さんに報告しました。ノースポールからコマンドを送ってもホテル側のシステムが全然反応しないようです。

 私も報告しました。

「電源が完全にダウンしています。おそらくすべての機器が停止しています。ドッキングポートを復旧させるのは無理でしょう。」

 コンディションは最悪です。

「どうすればいい?」

 川崎さんが尋ねました。私はメインディスプレイのCブロックの表示を拡大しました。生存者の方達が避難していると思われるブロックです。

「ここに、外部からアクセス可能な非常ドアがあります。このドアの辺りに取り付くことが出来れば、中に入ることが出来るはずです。」

 ですが、ここは真空の宇宙空間です。空気もなければ、重力もありません。目的のドアに辿り着く方法は限られます。川崎さんは統括席に目を向けました。小杉さんが様子を伺うようにこちらを見ています。

「宇宙遊泳するしかなさそうだが・・・。小杉、どうする?」

 川崎さんが、低く、そして珍しく自信のなさそうな声で尋ねました。

 小杉さん、即答しました。

「やりましょう。もう、考えてる時間もないんですよね?」

 その通りです。無事な人達も、宇宙服の酸素が残り少ないのです。迷っている余裕はないのです。

「だが、統括部のメンバだけでなく、このノースポールの乗組員の中には宇宙遊泳の訓練を受けた者はいないんだぞ。こんな事態ではあるが、正直、危険すぎて指示を出すことはできない。」

 川崎さんが否定的な立場を示すのは、本当に珍しいことです。少なくとも私は見たことがありません。

 しかし、小杉さんはやる気満々です。

「でも、まさか、見捨てていくわけにはいかないですよね?」

 それも正論です。明らかに無事な人がいて、しかも、その人達にもタイムリミットが迫っているのです。それを過ぎたら、もちろんアウトです。

「まあ、そうなんだが。」

 川崎さん、相変わらず否定的な立場を取っています。しかし、これもまた正論で、訓練も受けていないのに、ぶっつけ本番で宇宙遊泳しようなんて間違いなく無謀です。

 小杉さん、立ち上がるとライラさんの横に立ちました。

「頼むよ、ライラ。なんとか、もっとぎりぎり近くまでノースポールを近づけることはできないかな。宇宙遊泳する距離をなんとか縮めたいんだ。」

 そうです。距離が近くなればそれだけ危険も減るかもしれません。

 その時、私、ひらめきました。

「それだったら、」

 私はメインディスプレイに表示されている、宇宙ホテルの構造図を縮小すると、同じ図上にノースポールのCG画像を表示しました。

「ノースポールの姿勢を制御して、こんな感じで艦底部をホテルに向けて接近したらどうですか?」

 その図を見た川崎さんの顔色が明るくなりました。

「そうか、係留バースから外に出れば宇宙遊泳する距離はかなり短く出来そうだな。」

 つまり、危険を少なくすることが出来るのです。川崎さん、大きく頷いています。納得しているようです。

 川崎さん、ライラさんを見ました。

「ライラ、できそうか?」
「もちろんです。すぐ接近します。」
「頼むぞ。ぎりぎりまで近づけるんだ。」
「了解。」

 今度は小杉さんの方を向きました。

「統括部のメンバーを集めてくれ。」
「大丈夫です。すぐ、支度します。」

 宇宙服に着替えて、宇宙遊泳でドリーム・プラネットに直接乗り込むんです。

「よし、艦底部係留バースに集合、準備でき次第作戦開始だ。頼む。」
「了解です。」

 小杉さん、走ってブリッジから出て行きました。そうしている間にも外の景色がゆっくりと回転していました。ライラさんがノースポールの姿勢を制御して艦底部をホテルに向けているんです。

 なんか、お尻を向けてるみたいで、ちょっと失礼な気もしますが、緊急事態なんです。ごめんなさい。

「ホテルに近づきます。」

 ライラさん、姿勢制御したそのままの姿勢でノースポールをゆっくりと移動させます。

「距離10m。現在位置で固定します。」
「よし。」

 川崎さん、自分のケータイで小杉さんを呼び出しました。

「準備はどうだ?」
「いま、係留バースで待機してます。いつでも行けます。」
「うん、係留バース内はもう重力システムが切られているはずだが。」
「はい、僕もみんなも初めてですけど、なんとかやってます。」

 まあ、中にはかなり苦労しているメンバーもいるようです。先ほども1人のメンバーが勢い余って宙に飛び上がってしまったのを数人で捕まえてバースのデッキに戻していました。みんな協力して体勢を整えようとしています。

「係留バースのハッチを開けます。」

 鵜の木さんがキーボードを叩きました。

 あ、そうそう。

 係留バースというのはノースポールの艦底部にある設備です。第5、第6主砲の間、約100mほどが、小型の宇宙艇や作業艇を留めておける汎用のポートになっているんです。月面探査で活躍したシーライオンも今はここに格納されています。

 統括部の人達、係留バースの後ろ寄りに集まっていました。前寄りのスペースにはシーライオンが係留されているのです。

 ハッチが左右に開ききりました。10m程先、地球上なら何も考えずに歩いて行くことのできるほどの距離にドリーム・プラネットが見えます。

 そう、ということは、ここはもう宇宙。真空の宇宙空間なのです。当然のことですが、統括部のメンバーは全員宇宙服を着用しています。

「うまく当てろよ、三田。」
「大丈夫です。」

 三田さん、長さが1mほどの筒を肩にのせて構えています。小杉さんは、その三田さんの体が動かないように中延さんと2人がかりで後ろから支えています。三田さんは、ホテルに入るドアの少し左を狙っているようです。バズーカ砲のようですが、違います。

 三田さんが引き金を引きました。先に吸盤の付いた棒が撃ち出されました。もちろん、ロープが付いていて、するすると伸びていきます。飛び出した吸盤がうまい具合にホテルの壁面に張り付きました。ごくごくありがちな投擲機です。

 小杉さん、伸びているロープを引いてみました。吸盤はしっかり張り付いているようです。

「いいぞっ。」

 小杉さんは、投擲機からロープを外すと、係留バースの柵に縛り付けました。ロープを引っ張って固定されてるかどうかを慎重に確認します。

「よし、」

 小杉さんはバースの柵の外側に出ると、自分の宇宙服から伸びたフックをロープにつなぎました。1回、2回と深呼吸をしました。さらに、宇宙ホテルの外部ドアの左手をじっと見つめました。方向を見定めます。

「行くぞ。」

 小杉さん、いよいよ、係留バースの柵を思い切り蹴りました。

「行けーーー。」

 小杉さんの姿が、ノースポールを出て、ドリーム・プラネットに向かって宇宙空間を飛んで行きます。まるでプールで壁を蹴って水の上を惰性で進んでいるようです。ほんの数秒にも満たない短い時間でホテルの壁面に辿り着きました。手近にあった棒をしっかりと握ります。

「艦長、」

 小杉さん、ブリッジにいる川崎さんを呼びました。

「川崎だ。」
「いま、ドリーム・プラネットに取りつきました。」
「うん、ブリッジのディスプレイで見ていたよ。良かった。」

 川崎さん、ホッとしている様子です。

「他のメンバーも順番に移動させます。」
「了解した。慎重に頼むぞ。」

 小杉さん、ホテルの壁に吸い付いている吸盤につながれているロープを外すと、ホテル壁面の突起に結びつけ直しました。やっぱりこの方が安心感ありますよね。

「いいぞ、来て。」

 このロープを命綱にして、統括部のメンバーが次々と宇宙ホテルに取りつきます。みんなぎこちない動きながらも命綱のロープを頼りに宇宙遊泳で乗り移っていきます。また、一部のメンバーは2本目のロープを張る作業に取りかかりました。

 小杉さん、宇宙服の通信機でブリッジを呼び出しました。

「鵜の木さんいますか? いま、ドアの前に来ました。どうすれば開きますか?」

 鵜の木さんがホテルの構造図を見ながら答えます。

「ドアのハンドルを左に回して下さい。たぶん、半周くらい回すと『ガチッ』という金属のパーツ同士が噛み合うような手応えを感じると思います。そしたら奥に押すようにして開けることが出来ます。」
「了解です。やってみます。」

 小杉さん、言われたとおりにハンドルを回しました。それほど固くはないのですが、無重力の中での作業です。他のメンバーに左右から体を支えてもらいながらハンドルを回します。鵜の木さんの説明の通りだいたい半周回したところでカチッという手応えを感じました。ただし、音は聞こえませんでした。真空の宇宙なので。

「よし、開けよう。」

 小杉さん、ドアに力をかけました。でも、手前に引っ張るのならともかく、前に押すとなると、やはり、体を支えてもらわないと力が掛けられません。

「いいか? せーのっ!」

 ただドアを押して開けるだけなのですが、数人のメンバーと協力しての大仕事です。でも、その甲斐あってドアがゆっくりと奥へと開き始めました。

「よし、もう一度。せーのっ。」

 通信機の中で統括部の人達が声を上げながら作業を進めました。その声は、ブリッジのスピーカーからも流れています。私も鵜の木さんも固唾を呑んで見守りました。地球上ならドアはきしむ音を立てながら開いたのかもしれません。

 ドアが開きました。小杉さんがまず、中に入りました。中は通路のようです。少し離れた位置に宇宙服姿の1人が立って、小杉さんの方を見つめています。

 小杉さん、中原さんを呼びました。

「ケーパッド持ってきて。」
「はい。」

 小杉さん、ケーパッドを受け取ると画面を叩いて、そして、なぞっています。そして、画面を目の前に立つ女性に見せました。

『4channel』

 そう表示されています。それを見た女性が自分の宇宙服の左手首にあるパネルを操作しました。

 そして、一歩前に進み出ました。

「あ、あの、聞こえますか? 私はホテルの管理スタッフでリリー・スミスといいます。」

 小杉さん達の宇宙服の通信機から女性の声が聞こえました。小杉さんも一歩前に出ました。

「宇宙巡光艦ノースポールの統括部長、小杉です。お待たせしました。救援に来ました。」
「ほんとに、ほんとに来てくれたんですね。」

 リリーと名乗った女性が胸の前で両手を握りしめています。

「ありがとうございます。良かったです。助けが来るなんて信じられなくて、みんな、もう、諦めていたんです。」

 小杉さんもいろいろ話したいことがありましたが、とりあえず、仕事にかからなければなりません。

「それで、他の方達はどこですか?」
「あ、こちらです。」

 リリーさんがすぐそばのドアを指し示しました。小杉さんは宙を浮いて進むようにしてドアの前まで行くと中を覗き込みました。宇宙服姿の人が大勢います。みんな、こちらを見つめています。早速、乗り移ってきた統括部のメンバーに指示を出します。

「三田、荷物をこの部屋に運んで。」
「はい。」

 三田さんが持ってきた箱を部屋に運び込みました。

「予備の酸素ボンベです。足りない人に分けて下さい。」
「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます。なんか、何とかなるような気がしてきました。」

 小杉さん、リリーさんに親指を立てて見せて言いました。

「大丈夫です。安心して下さい。」
「はい・・・。」

 リリーさん、そう返事しながらも、俯いたまましゃがみ込もうとしました。いえ、無重力なので体を丸めて浮かんでしまいました。

 小杉さんと三田さんでリリーさんを支えるように床に戻します。

「さあ、他の人も助けないと。」

 小杉さんのその言葉に、リリーさん、やっと、立ち上がりました。

「はい。」

 小杉さん、リリーさんに、他の人達の通信機もチャンネルを合わせてもらえるようにお願いしました。

 次は怪我をしている方のチェックです。意識のない2人の方は部屋の奥の方に、2、3人の方に見守られるように横たわった状態で浮いていました。

 小杉さん、通信機に向かって呼びかけました。

「荏原さん、いまどこですか?」
「いま、ホテルの中に入ったところだよ。」

 今回、医療部長の荏原さんにも同行してもらったのです。とりあえず、重傷の方はすぐにでも診察しなければならないのです。ちなみに、荏原さんも無重力と宇宙遊泳はぶっつけ本番です。

「荏原さん、こっち来れますか?」
「もちろんだ、今行くよ。」

 荏原さん、ぎこちない動きながら、すぐに小杉さんのところまで来ると怪我人の方の宇宙服のヘルメット越しに顔を覗き込みました。

「うーん、厳しいな、」

 やはり、容体を掴みにくいのでしょうか。次に宇宙服の左手首を握ると操作パネルのボタンを押します。何か数字が表示されています。

「んー、一応、呼吸はしている。血圧は・・・、んー、良くないな。」

 小杉さんの方を向きました。

「でも、何とかなるだろう。急いで医療室へ運んでもらえるか?」
「はい。中原、出番だ、来て。」
「はい、行きます。」

 ノースポールの医療室ではもう一人のドクターである雪ヶ谷さんと看護師の高津さん達が待機しているのです。最初の重傷の方が中原さん達の手で慎重に運ばれていきました。

 荏原さんは、もう一人の、意識不明の方も確認しました。とりあえず、まだ息はありました。一人目の方と同じように、ノースポールに運びます。

 繰り返しになりますが、みんな、無重力空間での訓練などしていません。無謀もいいところなのですが、文句を言っている場合ではありません。みんな、悪戦苦闘しながらも作業を続けます。

 荏原さんは残りのけが人の方も診察しました。痛い場所はないか。その痛い場所は動かせるのか。慎重に診察していきます。3人の方が骨折の可能性があることが分かり、統括部のメンバーに支えられるようにして、ノースポールへと運ばれていきました。

「他の方は大丈夫ですか?」

 荏原さんが、残っている人を見回して尋ねました。大丈夫なようです。統括部のメンバーが付いて順番にノースポールへの移動を始めました。

「それじゃ、私も戻るよ。」

 ひとまず診察を終えた荏原さんが小杉さんに伝えました。ノースポールに戻ったら、先ほどの負傷者の方の治療をしなければならないのです。

「了解です。気を付けて戻って下さい。」
「うん、ありがとう。」

 そう言うと荏原さんは部屋から出て行きました。

 生存者の方をノースポールに案内している統括部の方達ですが、だんだんと動きがそれらしくなってきました。無重力に慣れてきたようです。

「ご案内します。こちらへどうぞ。」
「ありがとうございます。お願いします。」

 ホテルの利用客では最後の方です。ご夫婦で、3人の統括部メンバーが付き添っています。

「これで全員ですね。ありがとうございます。」

 ホテルスタッフのリリーさんが小杉さんにお礼を言いました。心身供に疲れ果てている様子ですが、ひとまず、安心したようです。

「いえ。僕達こそお客さんに失礼がなかったかどうか心配です。」

 確かに。小杉さんの心配も当たっています。宇宙ホテルに宿泊するツアーは高嶺の花です。まだまだ一般の人が気軽に宇宙を体験できるような金額ではないのです。ですから、今日助けた方々もみんなハリウッドで活躍する有名な俳優や、大企業の社長など、いわゆるVIPの方々ばかりなのです。

 リリーさんが話し始めました。

「大丈夫です。みんな一時は完全に諦めていたのです。地上とも連絡が途絶えていたし、私もほとんど諦めていたんです。それが、突然、あなた方と連絡が取れて。最初は信じられなかったのですが、こうして、実際に救助して頂いて、まるで夢のようです。」

 リリーさんの言うとおりだと思います。みんな、たぶん、頭の片隅では知っていたんです。万が一事故が起きたら、その時は助からないかもしれないと。実際、従来の技術レベルでは救助作戦は不可能だったと思うのです。『未来の技術』で作られたノースポールがあったからこそ、しかも、ちょうど翌日に出発を予定していたタイミングだったからこそ、救助作戦を行うことが出来たのです。

「小杉、聞こえるか?」

 ブリッジから川崎さんが呼びかけています。

「小杉です。聞こえます。」
「状況を教えてもらえるか?」

 ちょうど切りの良い状況です。小杉さん、明るい声で報告しました。

「はい。このCブロックに避難していた方々は、先ほど、全員ノースポールへの収容が終わりました。」
「そうか。良かった。お疲れだったな。」
「いえ、大丈夫です。」

 音声だけの通信だったので、小杉さんは見えなかったと思いますが、川崎さん、とても安心した表情でした。

「それで、疲れているところ申し訳ないが、もう一仕事してもらいたいのだ。」
「他のブロックの調査ですね?」
「そうだ。」

 もしかしたら、他のブロックで孤立している方がいるかもしれません。まずは、最優先の課題だと思います。

「それから、そのあと、事故の原因の調査もしたい。まあ、原因がはっきりと判明するかどうかはわからないが。」
「はい。了解です。すぐ取りかかります。」
「うん、頼むよ。」

 何しろ人類の宇宙開発史上最大の事故です。何とか原因を掴みたいものです。

「だが、無理はするな。何しろ我々は宇宙遊泳もぶっつけ本番だったのだからな。絶対に無理はするな。」

 川崎さん、特に強く小杉さんに念を押しました。実際問題、救援隊が遭難するなど、洒落にもならないのです。

「はい、ありがとうございます。」
「では、よろ・・・、」

 川崎さん、通信を終わろうとしたのですが、

「あ、あのー、」

 そこに、リリーさんが割り込みました。

「どうしましたか?」
「あの、ホテルスタッフのリリーです。」
「まだ残っておられたのですか?」
「はい。」

 川崎さんは、リリーさんもノースポールに案内されたと思っていたようです。

「それより、この後の作業に私も参加させてもらえないでしょうか?」

 リリーさん、積極的です。ご自分ももう少しのところで犠牲になっていたかもしれないというのに、まだ居残って捜索に参加しようというのです。川崎さんもかなり心配そうです。

「それは構わないですが、あなたもお疲れでは? 休養された方が良いのではないですか?」
「いえ、それよりも、他のお客様の消息も見届けたいのです。ホテルスタッフとして。」

 さすがです、リリーさん。プロのホテルマンとして、いえ、ホテリエとして、職務を全うしようというのです。

「なるほど。私は構いません。小杉はどうだ?」
「はい、僕もです。」

 確かに、ホテルの構造や宿泊客についてはリリーさんの方が詳しいので、手伝ってもらえるのはとても心強いのです。

「では、お願いできますか? ですが、くれぐれも無理はしないようお願いします。」
「ありがとうございます。」

 小杉さん、集まっているメンバーに指示しました。

「二手に分かれよう。俺と中原とリリーさんでAブロックとBブロック、三田は稲垣と長沼でDブロック。他の人はこの場所で待機してて。まずは、行方不明の人を探そう。くれぐれも無理をしないこと。これは絶対だ。」
「はい。」

 まあ、今もとっても無理して作業してるんですけどね。先ほど打ち明けたとおり、みんな、無重力環境での作業なんて生まれて初めてなのです。

「統括部の人達、すごいな。」

 つないだままの通信機から流れてくる声を聞きながら、私、思わず呟いてしまいました。

「そうだな。」

 あ、川崎さんに聞こえちゃったみたいです。

「プロジェクトのメンバーを集めるだけでも精一杯だったのと、訓練設備の建設まで手が回らなかったのだ。当然、私と布田の責任だと思ってるよ。」
「でも、僕達が来なければ、誰も来ることが出来なかったんですよね。それに、なんとか、34人の方を収容できたんです。」

 鵜の木さんが自分を納得させるように言いました。

 そうです。全員ではありませんが、ひとまず集まって避難していた34人の方は収容できたんです。今は、ケガをしている方は医療室に、その他の方は会議室で休憩してもらっています。これだけでも間違いなく画期的なことです。

 そのころ、小杉さん達はBブロックの捜索を始めていました。一部屋目のドアを開けました。

「う・・・、」

 ドアを開けると目の前に2人の方が浮かんでいました。1人の方は宇宙服に右足だけ通した状態です。もう一人の方は宇宙服を手に取ったのですが着始められなかったようです。そばに、宇宙服が浮いています。ホテル内は空気が抜けてしまっているのです。この状態では。

「・・・ひとまず、記録だけして、次の部屋に行こう。」
「はい。」

 中原さんが小さな声で答えました。リリーさんも小さく頷きました。

 小杉さんが次の部屋のドアを開けました。

「・・・、あっ。」

 部屋の左手のベッドに宇宙服が置かれています。宇宙服はベッドに横たわる男性に被さるように置かれていました。その男性は・・・、宇宙服を着ていません。

「宇宙服を着るのが間に合わなかったんですかね・・・」

 中原さんが低い声で呟きました。

「うん。でも、明日は我が身だよ。ノースポールだって、このホテルと同じ真空の宇宙にいるんだ。」
「ですね。」

 小杉さんと中原さん、複雑な面持ちで黙っています。少しして、気を取り直すかのように、小杉さんがベッドに近づくと被さっている宇宙服の肩を持ってどけようとしました。

 その時です。

「うわっ!」

 小杉さん、叫び声を上げました。突然、その宇宙服が動いたのです。この部屋にいた人が宇宙服を着てベッドにうつ伏せになっていただけのようです。その方は急に体を動かしたせいか、宙に浮き上がって、窓の方向に流されるように移動しています。両手をヘルメットの口のあたりに当てて、とても驚いているようです。その仕草から見て女性でしょうか。

「救援に来ました。大丈夫ですか?」

 小杉さんが呼びかけました。その方が何か喋っているようなのですが、声が聞こえません。口は動いてます。通信機の調子が悪いのでしょうか。

 小杉さんは中原さんから先ほども使ったケーパッドを受け取るとメッセージを書いて見せました。

『助けに来ました。大丈夫ですか?』

 その方、メッセージを見て頷いてます。小杉さん、次のメッセージを入力して見せました。

『宇宙服の通信機を4channelにできますか?』

 首を左右に振っています。その様子を見ていたリリーさんがその女性に近づくと彼女の左手をそっと持って手首の端末を操作しました。そして、話しかけました。

「ホテルスタッフのリリーです。ローズさん、聞こえますか?」
「あっ、はい。聞こえます。あ、あの、ディナーの時にお世話になったリリーさんですか?」
「はい、そうです。」

 どうやら、宇宙服の操作方法が分からなかっただけのようです。

 話を聞いたところ、ご夫婦でこのホテルに来たのだそうです。突然の非常ベルに目を覚ますと館内放送ですぐに宇宙服を着るように繰り返し指示が出ていました。まず。旦那さんが奥さんのローズさんに宇宙服を着せてくれたのだそうです。そして、旦那さん自身も宇宙服を着ようとしたのですが、みるみるうちに息苦しそうな表情に変わり、呼吸が出来なくなり、あっという間に意識がなくなったのだそうです。

「空気が流失してしまって、呼吸できなくなったんですね・・・。そんなに急激になくなったんだ。何があったんだろう。」

 小杉さん、しばし、考え込みましたが、気を取り直して待機しているメンバーに呼びかけました。

「こちら小杉。生存者を見つけた。誰か来てもらえないか? ノースポールに案内してほしい。」

 すぐ返事がありました。

「中延です。すぐ行きます。」
「頼む。」

 中延さんと、いっしょに来た新城さんに付き添われて、ローズさんはノースポールに向かいました。

 それを見届けると、小杉さんと中原さん、リリーさんは先に進みました。隣の部屋でも無事な方を見つけました。やはりご夫婦での滞在で、奥さんが助かって、旦那さんは犠牲となっていました。

 結局、Bブロックを捜索した小杉さん達が2名の生存者を、そしてDブロックを捜索していた三田さん達が1名の生存者を見つけて、無事、ノースポールに収容しました。

 残るAブロックは・・・。

「・・・、これはちょっと・・・。」

 小杉さんが絶句しました。一目見ただけで絶望的でした。辛うじて原型は保っていましたが壁や客室も損傷が激しかったのです。その予想通り、ホテルの破片が散乱するように漂う中から、次々と犠牲者の方が発見されました。全員で手分けしてノースポールに収容しました。リリーさんが宿泊者名簿と付き合わせてチェックしました。

 重く、辛い時間が流れました。

「艦長、日高基地からです。」

 ブリッジで、大森さんが川崎さんに伝えました。メインディスプレイに基地司令のニコラさんの姿が映りました。

「ごくろうさまです。犠牲者の方も含めて全員収容できそうだと聞きましたが。」
「うん、今しがた、最後の方を収容したという報告があったよ。」
「そうですか。ひとまず、お疲れ様でした。」

 救助作戦はなんとか完了したのです。経験もほとんどない中で救出作業を行ってくれた、小杉さん以下の統括部の方達には感謝の言葉しかありません。

「いま、原因を調べてるが、どうも、ホテル自体が火災や爆発を起こしたわけではないようだ。」

 小杉さんの他に4人ほど残って、事故の原因を調べているのです。鵜の木さんと私もノースポールからサポートしているのですが、ホテルの機器に異常はなかったようなのです。

「救出したホテルのスタッフの話でも、突然、外から叩くような激しい音と激しい衝撃を感じて、その直後にすべての電源がダウンしたそうだ。」

 事故が起きた時に、リリーさんともう一人のスタッフの方が当直として待機していて様子を教えてもらえたのです。

「はい。実はこちらにも先ほど連絡があって、ホテルとの通信が途絶えた時間帯に、地球の近傍を岩塊群が通過したようなのです。」
「岩塊、隕石か?」
「まあ、そうですね。チリの天文台が電波望遠鏡で捉えていたそうです。」
「そうか。」

 なるほど。そうだったんですね。早めに発見できていれば、ホテルの軌道を変えて避けることも出来たかもしれませんが、気付くことが出来なかったとすると・・・。

 川崎さんが質問しました。

「その隕石は地上には落ちなかったのか? それと、他の人工衛星への影響はなかったのか?」
「はい。地上には落ちなかったようです。他の人工衛星への影響もなかったようです。」
「うん。となると、純粋に不幸な事故だったということだな。」
「はい。」
「わかった。ありがとう。」

 人ごとではありません。ノースポールだって同じ状況に遭遇するかもしれないのです。

 でも、実はノースポールもシーライオンと同じように、バリアシステムを装備しているのです。SFの世界ではお馴染みの、あの、バリアです。シーライオンでのテストでは想定通りの稼動が確認できています。ノースポールでは、テストはまだこれからですが、予定通りの性能を出すことが出来れば宇宙で身を守るための決め手となるかもしれません。

「ふー。」

 小杉さんは宇宙服のヘルメットを脱ぐと、大きくため息をつきました。ひとまず捜索作業と、その後の原因調査も終わったのでノースポールに戻ったのです。

「お疲れ様でした。大丈夫ですか?」

 高津さんです。収容した方達の様子を見ていたようです。

「ええ、大丈夫です。」

 小杉さん、だいぶ疲れてはいましたが気丈に答えました。

「統括部の他の方達もだいぶ疲れてるようですね。中原さんとか床に大の字になってました。かなり疲れたみたいですね。」

 高津さん、かなり心配してくれているようです。

「そうですね。いきなり修羅場を見ちゃった感じですよね。収容した方のケアが一段落したら、うちのメンバーの様子も見てもらえますか?」
「そうですね。声を掛けてみます。」

 小杉さんの言葉の通りです。とにかく、私達が生活する環境はとにかく平和すぎるのです。それが悪いことだなどとは全く思いません。ですが、これから宇宙を旅していく中では私達が経験したこともない厳しい場面に遭遇することもあると思うのです。そうした場面でも、私達は、目をそらすことなく、遭遇した状況に挑まなければならないのです。

 ひとまず、救援作戦は完了しました。ノースポールは、宇宙ホテル、ドリーム・プラネットに滞在していた48人の方、全員を収容したのです。うち、生存者は、ケガをされている方を含めて37名。残りの11名は残念ながら犠牲となられました。

 小杉さんは立ち上がるとロッカールームに向かおうとしました。そろそろ宇宙服を脱ごうと思ったのです。

 その時、ケータイが鳴りました。出てみると川崎さんです。

「小杉、今どこだ?」

 常に沈着冷静な川崎さんにしては珍しく、非常に慌てた声です。

「はい、いま第3会議室前の通路です。宇宙服を脱い・・・」

 川崎さん、小杉さんの言葉を遮って指示しました。

「すまないが、すぐにブリッジに戻ってくれ。緊急事態だ。」
「・・・わかりました。すぐ行きます。」

 宇宙ホテルの救援も無事に終わったというのに
一体何が起きたのでしょうか。

 小杉さんは、両手で頬を軽く叩くと、ブリッジに向かって走り出しました。

(つづく)
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■更新履歴
2022/12/25 登録