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■宇宙巡光艦ノースポール 第3章.発進、ノースポール 第3節.激突、ニューヨーク! 小杉さんは腰に付けたケータイを取ると着信ボタンを押しました。 「すまないが、すぐにブリッジに戻ってくれ。緊急事態だ。」 川崎さんでした。しかも、とても慌てているような少しうわずった声です。 「・・・わかりました。すぐ行きます。」 小杉さんは宇宙服を着たまま、そのままブリッジに向かいました。 「戻りました。」 「待ってたぞ。すぐに発進したい。」 小杉さんの表情が変わりました。 「どうしたんですか?」 「お前が気にしていた中国の宇宙ステーションなんだが、」 川崎さん、少し言いにくそうに説明し始めました。何しろ、みんなNASAの発表した「今は無人だ」と言う説明を鵜呑みにして、何も気にしてなかったのです。唯一気にしたのが小杉さんなのです。単なる直感かもしれませんが、目の付けどころは素晴らしいです。 「無人のやつですか?」 「そうだ。それの高度が急激に落ちていて間もなく大気圏に突入するそうなのだ。」 「そうなんですか。燃えちゃうんですね。もったいないですね。」 待って下さい。ちょっと違うんです、小杉さん。まだ続きがあるんです。まったく、中国もとんでもないことをしてくれました。 「いや、中国側から提供された資料によれば、ステーションの外部装甲には新開発の超耐力素材というものが使われていて、大気との摩擦熱くらいならばほとんど燃えることもないそうなのだ。つまり、そのまま地表に落下するということだ。」 「まさか、どこかの街に落ちるんですか?」 小杉さんの声のトーンが変わりました。 そうなんです。大変なんです。本来は敵の攻撃を躱すために開発して装備したのだと思いますが大気圏突入にも耐えることができるとなると、それは、そのまま地上に落下することを意味することになるのです。大問題です。 「今のところの予想ではアメリカ東海岸に落下する可能性が最も高いそうだ。しかも、そのステーションはエネルギー源として原子炉を搭載しているそうだ。」 「え、そんなの落ちたら大変じゃないですか。」 小杉さんの顔色が変わりました。 「そうだ。その通りだ。」 原子炉を含む宇宙ステーション全体が東海岸に向けて落下しているとして、もしも地表へ墜落した時に原子炉が破損すれば、当然、放射能汚染が発生します。果たしてステーションは、東海岸のどこに向かっているのでしょうか。 「分かりました。じゃあ、主砲で攻撃して破壊しませんか? 細かく分解できれば大気圏突入の熱で消滅させられるんじゃないでしょうか。」 確かに、ノースポールの主砲なら新開発の装甲板と言えども破壊するのはお安い御用です。でも、川崎さんは、席につこうとする小杉さんを引き留めました。 「いや、ダメだ。」 そうなんです。実は、撃ち落とすことも出来ないんです。 「なぜですか?」 小杉さん、事情が掴めず、少し苛ついているようです。 「これまでの話しではあのステーションは無人と言うことだったが、実は現在、中国人が3名乗り組んでいるそうなのだ。」 「えっ?!」 小杉さん、事態の難しさを理解したようです。困惑した表情に変わっています。 「しかも、中国共明党総書記、雅羅殻氏が、視察と称して、自ら訪問しているそうなのだ。」 「えーーっ、総書記って中国の首相ですよね? なんでそんな偉い人が直々に宇宙ステーションに行く必要あるんですか?」 小杉さん、開いた口がふさがらない感じです。そうですよね。宇宙大国のアメリカやロシアでさえ、未だに国の首相が宇宙に出たことはないのです。酷いスタンドプレーです。そうまでして自分の力を誇示したいのでしょうか。 「そうだ。とにかく、緊急に対応しなければならない。」 みんなそれぞれ納得いかない点はありますが、すぐに行動を起こさなければ大変な被害が発生するのです。 「艦長、」 「どうした?」 ステーションの位置をトレースしていた鶴見さんが報告しました。 「ステーションが大気圏に突入しました。」 「わかった。総員配置に付け。アラートレベル3を発令。」 小杉さんも統括席に戻りました。素早く各部のチェックを行います。さらに、その慌ただしいノースポールに、追い打ちを掛けるようにNASAからの至急電が飛び込みました。 「落下地点が絞り込まれました。96%の確率でニューヨークに落下するそうです。」 もう待ったなしです。川崎さん、そのまま仁王立ちで指示しました。 「ノースポール、発進。」 ノースポールは、宇宙ホテル、ドリーム・プラネットに別れを告げて、中国の宇宙ステーションを追跡すべく、急ぎ、発進しました。 その、問題の宇宙ステーションでは、総書記の雅さんが事態について、直属の部下で中国航空宇宙局一等技術士である義李霧さんを質していました。 「おい、一体どうなってしまったのだ?」 義さんは恐る恐る答えました。 「原因は分かりません。最初に衝撃を感じた直後に『星城』の全機能がダウンしてしまいました。現在も制御不能で何も出来ません。」 実は、ドリーム・プラネットのブロックの一つを大破させた隕石群が『星城』にも襲いかかったのです。その結果、外部に露出していたエネルギー伝達回路が破損して、エネルギー供給が途絶えてしまったのです。 大変な事態です。『星城』内部はすべての機器のインジケータや画面、そして、照明も消えてしまっています。いくつかある円形の窓から外部の光がかすかにステーション内を照らしているのみです。また、乗り組んでいる3人は宇宙服を着用しています。生命維持装置もダウンして、酸素の供給が止まったためです。 「何を言うか、世界の技術水準を凌駕する新世代の宇宙要塞ではなかったのか? こいつのために一体いくらつぎ込んだと思っているのか? きさま、今すぐ直せないなら銃殺刑だ。」 おやおや。雅総書記、ご立腹です。でも、ご自分の置かれている状況については、まだ理解できていないようです。 「総書記、残念なご報告になりますが、いま、この『星城』に乗り組んでいる3人、私と総書記と基地司令の命は、もう風前の灯火なのです。窓の外をご覧下さい。」 雅総書記、不満をあらわにしながらも、窓を見ました。 「なんだ・・・、火だ、火の海ではないか。」 「そうです。『星城』自体が衛星軌道を外れて、地上に向けて落下しているのです。地球の大気圏に突入して、空気との摩擦で燃えているのです。」 普通の人工衛星や宇宙ステーションならば、とっくに分解して燃え尽きようとしていたかもしれません。しかし『星城』は新開発の超耐力素材を使用した装甲板で覆われているのです。大気との摩擦熱など問題ないのです。確かに、それはそれで優れたステーションなのですが、そのおかげで、ニューヨークの街は大変な危機に見舞われようとしているのです。 しかし、雅総書記のことばはそんな危機感とは無縁の呑気なものでした。 「なんだ、それならば、どこかの空港に着陸すれば良いではないか。我が友好国の空港ならば『星城』の帰還を多くの市民が歓迎するに違いない。その歓迎の歓声の中を滑走路に降り立つのも悪くはないぞ。何なら私の名前で着陸許可を取れば良い。どこに問題がある?」 あちゃー、だめだめですねー、これは。栄えある中華人民共和国の指導者としては致命的に痛い感じです。 「総書記、残念ですが『星城』には地上に着陸するための機能はありません。空を飛ぶための翼も、滑走路に着陸するための車輪も、速度を落とすためのブレーキもありません。」 そうですよね。歴史上でも、宇宙から地上への帰還の際に大気圏内を飛行できた宇宙船はアメリカのスペースシャトルだけでしょう。もっとも、そのスペースシャトルでさえ、グライダーのように滑空する能力しかありませんでした。エンジンを使って自らの力で飛行することは出来なかったのです。 「何と言うことだ。君ら科学者は、膨大な金と時間を費やして、そんな欠陥品を作っておったのか。祖国の頭脳集団が聞いて呆れる。」 まあ、何て暴言を。独裁者に限らず、こういう政治家の方が多すぎるんです。私達技術者が決して十分でない環境、時間、資金的な制約の中で、どれだけ身を犠牲にして、考えられる限りの最善の成果を生み出そうと苦労しているのか、全く理解していないんです。そんな政治家なんか、ステーション諸共、地上に激突して粉々に消えて無くなってしまえばいいんです!! ・・・って、・・・まあ、・・・でも、今はそうも言っていられませんね。独裁者が粉々になって消えてしまうだけなら気にも留めませんが、この中国のステーションはニューヨークに落ちようとしているのです。何とかしなければニューヨークの街自体が大きな傷を負うことになるのです。 「ステーションまで距離2000。もうすぐ追いつきます。」 ライラさん、額に大汗をかいています。 「ライラ、ステーションの下に潜り込むんだ。姿勢制御、艦を水平に保て。」 「アイサー。」 ライラさん荒ぶる神のような形相で操縦桿を操ります。 「どうするんですか?」 川崎さんの指示に小杉さんが噛みつきました。 「本艦の前部甲板上にステーションを受け止める。もちろん、衝撃は最小限で。」 えっ、そんなこと。出来るのでしょうか。確かに理屈の上では、ノースポールと星城の相対速度が揃えば可能ですが、星城は何の制御もなくただただ地表に向かって落ちているのです。姿勢が乱れる可能性もあると思うし、そうなったら予想外に強い衝撃を伴って衝突する可能性もあります。 「無茶ですよ。」 小杉さんも叫びました。でも、そう言っている間にも前方に見え始めたステーションがどんどん近くなっています。 「ライラ、出来るか?」 川崎さん、小杉さんの言葉に答えることもなく、ライラさんに聞きました。でも、いくらライラさんでも、そんなことできるはずありません。 もう・・・、ダメ、かもしれない。 ・・・。 ところが。 「了解。やります。」 すごい、ライラさん。やる気満々です。まるで、翼を持った空の神様が宿ったかのようです。 「頼むぞ。」 もう、ライラさん頼みです。 「高度、下がってます。急いで下さい。」 私も叫ぶように伝えました。ニューヨークの街と摩天楼が猛烈な勢いで迫っています。 「もう少し、少し前・・・いいわ!」 ブリッジの正面、第1主砲の少し前の甲板上にステーションが浮かんでいます。 「減速・・・、」 ライラさんが左足を僅かに踏み込みました。それに従って、ノースポールが僅かに降下速度を落としました。 「ゴン」と言う音が聞こえました。ショックはほとんどありません。 「ステーション、接触。載りました、」 私と、そしてみんなも叫びました。 「ライラさん!」 「ライラ!」 もう摩天楼は目の前です。 ライラさん、左足を載せているペダルを力任せに思い切り踏み込みました。 「止まって! お願い!!」 試験飛行でもこんなに強く踏み込んだことはありません。ペダルが折れてしまうかと思うほどです。 ノースポールは全制動をかけたのです。 すべてのドライブパネルに、現在の進行方向と逆方向に最大の推進力を発生させて、ノースポールを瞬時に静止させるのです。 「うわぁーっ、」 「きゃーっ、」 ブリッジ内に悲鳴が響きました。 艦長席の横に腕を組んで仁王立ちで指揮していた川崎さんは、ノースポールの急制動の反動で前方に吹き飛ばされて、小杉さんのシートに激突してそのまま床にひっくり返りました。 他の人はシートに座ってシートベルトも付けていたので吹き飛ばされはしませんでしたが、衝撃に耐えるのに必死でした。 ブリッジ内だけでなくて、艦内のあちこちで悲鳴が上がりました。幸い、アラートレベル3が発令されていたので、ほとんどの乗組員は艦尾方向に向きを変えたシートに座って、もちろんシートベルトも締めていました。ですが、突然襲ってきたシートに強烈に押しつけられる衝撃に必死で耐えていました。 果たして、ノースポールは止まることが出来たのでしょうか。ニューヨークの高層ビルに激突して瓦礫の山と化してしまうのでしょうか。 2055年1月8日、午前9時 (アメリカ東部標準時) ノースポールの動きが止まったようです。 外から陽が差し込んでいます。 「うっ、腰か、腰を打ったな・・・。」 川崎さんが、よろよろと体を起こしてブリッジの床に座り込んで、腰をさすっています。 「いってぇー・・・」 小杉さんはシートに座ってはいましたがシートベルトを付けていなかったので目の前の端末に顔や体を打ち付けてしまったようです。 「くっそー、どうなったんだ・・・。」 小杉さん、ゆっくりと体を起こすと無意識に外の様子を確認しました。 「わっ、何これ?! すげー・・・」 小杉さんは叫びながら立ち上がりました。 驚いたことに、ノースポールは天高くそびえる摩天楼の谷間にいたのです。そこはニューヨーク、マンハッタン島のど真ん中。いえ、正確には少し西寄りのウエストサイドに位置する、タイムズスクエアという世界的にも有名な交差点なのです。ノースポールは、その交差点上で7番街に沿うように停止していたのです。艦首がワン・タイムズスクエアビルに触れるのではないかと思うほど間近です。高度は僅かに15m。車の通行には支障ないようですが、すべての人々が、猛スピードで突っ込んで来た挙げ句に、宙に浮かんだまま停止した巨大な飛行物体に驚いています。 「タイムズスクエア・・・。すごいところに突っ込んじゃいましたね。」 私もちょっとビックリです。でも、ノースポールは、危機一髪、ほんとに、危機一髪でしたが、地上に激突する寸前に、空中に静止することが出来たのです。ブリッジの目の前の甲板にはちゃんと問題の宇宙ステーションも載っています。 「着いた・・・ようね。ブロードウェイ。」 ライラさん、そう言うとシートを小杉さんの方に向けました。 「ミュージカルでも、見てく?」 ライラさん、だいぶ緊張が残るぎこちない表情で小杉さんに言いました。 「は、ははっ、いいね・・・それ。」 小杉さんも驚きの表情のまま答えました。 「あの、僕、先月、この近くのジャズクラブで演奏したばかりなんです。あ、あのビルだったかな。」 鵜の木さんの右隣のレーダー・センサーコンソールに座る鶴見さんが外を指さしています。実は鶴見さん、センサー系の優秀なエンジニアであると同時に、超有名なピアニストで、音楽家の顔も持つのです。非常に優秀かつユニークな経歴を持つ方の多いノースポールにおいても、とびきりの異才なのです。 「えっ、どこで演奏したの?」 大森さん、興味ありそうです。聞いた話では語学の勉強のために世界各地に出かけていたのですが、夜は現地のジャズクラブやライブハウスを渡り歩いていたとか。相当詳しそうです。 鶴見さんが店の名前を言いました。 「バードランドって言う店です。」 「えっ? すごい有名な店じゃない?」 私も少しだけ知ってます。とってもお手軽な値段で一流のミュージシャンの演奏と、とっても美味しい食事が楽しめるお店だそうです。ちなみに、そのお店をオマージュして作られた『バードランド』と言う曲もあって、私も高校時代に吹奏楽部で演奏したことがあります。 「もちろんです。ニューヨークはエンターテイメントの聖地ですからね。どのお店もホールも老舗中の老舗ばかりです。僕も、たまたま、知り合いのピアニストが都合で出られなくなった舞台に代役で出たんです。」 そんなことってあるんですね。でもきっと、アーティストを目指す人達は、そういうチャンスを活かしながらプロの音楽家としての道を一歩一歩進むんでしょうね。 「で、どうだったの?」 「すごいですよ。お客さんのテンションが。僕なんかの演奏でも、みんなノリノリに盛り上がってくれて。」 うーん、それは、そもそも鶴見さんも相当な実力を持っているという証拠なのでは。さすがです。 「それにしても、ビルの人達、驚いてますね。」 「それは、この状態だものね。」 周囲のビルの窓という窓に大勢の人が群がるように集まってノースポールを観察しているのが見えます。時間的には、会社のオフィスが1日の活動を始めた頃でしょうか。お店はまだ閉まっていたり、開店の準備中だったりのようです。 モーニングサービスをしているお店のテラス席では、突然突っ込んで来たノースポールに驚いて、椅子から転げ落ちたり、持っていたカップを落としたり、コーヒーをこぼしてしまったり、だいぶご迷惑をかけてしまったようです。 「驚かせてゴメンなさい。ソーリー。」 大森さんが席の目の前に見えるビルにいる人に投げキスをして謝りました。 「さて・・・。」 腰を打った艦長が、少しよろめきながら立ち上がると艦長席に戻りました。 「不動君、街への被害状況を調べてくれ。」 「はい。」 「鵜の木君、甲板上のステーションだが、破損してないか調べられるか? 特に原子炉だ。至急頼む。」 「了解です。」 そうです。うっかりしてましたが、ノースポールは甲板上にとっても厄介な荷物を載せているのです。まあ、パッと見、壊れてなさそうだし、ノースポールのセンサーもアラートを出していないので大丈夫だと思いますが。 「大丈夫ですね。破損ありません。放射能漏れを起こす心配もありません。」 良かった。そうですよね。ニューヨークのど真ん中で放射能漏れなんて言ったら大変なことになってしまいます。 「そしたら、小杉、」 「はい。」 艦長、矢継ぎ早の指示です。・・・腰は大丈夫なのでしょうか? 「ステーションを甲板上に固定してくれ。このままでは危なくて動けないからな。」 「はい。」 小杉さん、また出番です。さすが統括部。出番が豊富です。 「それと、」 「まだ何かあるんですか?」 川崎さんが、ちょっと意地悪そうな、得意満面の笑顔で指示しました。 「中にお客様が乗っているはずだ。ステーションから出てもらって、ノースポールの艦内に案内してくれないか。」 「あ、はい。」 小杉さんも思い出したようです。 「丁重に頼むぞ。なにしろVIPだからな。」 「了解です。」 私もうっかりしてました。タイムズスクエアの電飾看板に見とれていて忘れるところでした。 その、大切なお客様ですが、宇宙ステーションの中も大変なことになっているようです。何しろ中にいる、お3人とも、シートにも座らずに立ったままだったのです。 「おいっ、こら、何をしておる! 早くどかんか。」 「は、はい、」 「た、ただ今・・・。」 急制動の反動で、川崎さんのように吹き飛ばされて、ステーション内の一番前寄りのコンソールの前に、折り重なるように転がっています。幸い、宇宙服を着ているので、ケガはしていないようですが。 「し、失礼いたしました。」 「えっと、くそっ、」 「まったく、早くしろ、早く!」 やっと、一人ずつ、よろめきながら立ち上がります。 「お、おい、手を貸さんか、手を。」 義さんと倶さんの2人の下敷きになっていた雅総書記は例によってわがままに叫ぶと、手を貸してもらって、やっと立ち上がりました。 「一体何が起きたのだっ?」 「も、申し訳ありません、船内の機器が止まったままでして、」 義さんがビクビクしながら答えました。 「そ、総書記、外を、外をご覧下さい。」 倶さんが円い窓から外を見ながら叫びました。総書記も倶さんの見ている隣の窓から外を見ました。 「お、おい、ここはどこなのだ? 我が北京の街並みとは違うようだが。」 義さんも窓から外を観察し始めました。 「こ、ここはもしかして、」 「どこだ、言え!」 総書記の悲鳴にも似た命令に、義さんが恐る恐る答えました。 「おそらく、ニューヨーク、ではないかと。」 「ニューヨークだと? アメリカのか?」 「は、はあ。」 3人とも、事態が分からずにとても混乱しているようです。 「どういたしましょうか、総書記。」 「本当にここはニューヨークなのか? 我々は何の上にいるのだ?」 「わかりません。しかし、ニューヨークにいるのは間違いないと思われます。」 3人とも、ニューヨークに落下する途中でノースポールの甲板に載ったことには気付いていないようです。 それにしても、固定もしなかったのに、甲板から落ちなくて良かったです。衝撃で甲板から転げ落ちたりしたら大惨事になるところでした。 3人ともそれぞれ窓から外の様子を見ていますが、状況が掴めていないようです。そもそも、ステーションの電源は完全にダウンしてます。通信することさえ出来ません。外の様子は、小さな窓から覗くしかないのです。 「あっ、誰か近づいてきます。」 「誰だ? あの者達は。」 小杉さん達がステーションの固定と、お客様のお迎えのために甲板に出てきたのです。 「やっぱり、外の空気はおいしいですね。」 三田さん、気持ち良さそうに深呼吸してます。いえ、ノースポール艦内の空気だってちゃんと成分が調整された新鮮な空気のはずなんですけどね。気持ちの問題でしょうか。うーん、研究しないと。 「うん、天気もいいし、ジョギングとかしたら気持ちよさそうだなあ。」 小杉さんも空を眺めながら何か嬉しそうな表情です。今朝のニューヨークは少し雲も出ていますが、陽も差していて清々しい陽気です。 こんな気持ちが良い朝は、そうですねー、私は、カフェのテラス席でコーヒータイムしたいですね。何かスイーツがあれば最高です。あ、バウムクーヘン。私、バウムクーヘン大好きなんです。ニューヨークのカフェでも食べられるのかなあ。きっと、素敵なお店がいっぱいあるんだろうなあ。 小杉さんが驚きの声をあげました。 「わあ、近づくと大きいなあ。」 小杉さん、中国渾身の宇宙要塞『星城』をしげしげと観察しています。ノースポールは『未来の技術』で作られていますが、現在の人類が持っている本来の技術の範疇だったら、『星城』は確かに、世界の頂点に立つ優れた宇宙ステーションだと思います。中国にも優秀な技術者の方は大勢いらっしゃるのです。 でも、その上に立ってるのが、あの、痛すぎる総書記殿では・・・。 「あっ、中に誰かいますね。」 中原さんが、宇宙服姿の人物が窓から外の様子を伺っているのに気付きました。3つの円い窓にそれぞれ1人ずつ。ちょっと微笑ましい感じです。星城は完全にダウンしてるようですし、窓から外を見るしか術がないんですよね、きっと。 「ニーハオ、大丈夫ですか?」 中原さん、手を振ったりしてます。大丈夫かな。あの、念のためもう一度言いますが、その宇宙ステーションには、とっても重要なお客様が乗ってるんですよ。VIPです。V・I・P。 「大丈夫ですよ。すぐ出してあげますから。」 あちゃ、小杉さんてば、サムズアップなんかしてます。大丈夫でしょうか、統括部の人達。くれぐれも失礼のないようにお願いしますね。 一方、『星城』の中の3人。 「あの子供が手を振ってますぞ。」 あちゃ、中国4000年の基準では、中原さんはまだ子供のようです。うーん、そしたら、私なんかも子供扱いなんだろうなあ。 「親指なぞ立ておって。アメリカかぶれめが。」 総書記殿は小杉さんの振るまいがお気に召さない様子です。小杉さん、そのステーションに乗ってるのは、今やアメリカとロシアに肩を並べている巨大国家の首相殿なんです。そのくらいにしてあげて下さい。 「小杉さーん、ドアを開けますね。」 いっしょについていった鵜の木さんが、小杉さんに伝えました。たぶん中からは開けることが出来ないので、外から強制的に開けるんです。 「いまドアを開けるので、前で待っていて下さい。」 小杉さん、ドアのある後部を指さして中の人達に伝えました。 「後ろを指さしてますぞ。」 「もしかして、外に出るハッチのことでは?」 「でも、電源が落ちているのでロック解除できませんが。」 小杉さんの声は中には届かなかったようですね。でも、大丈夫です。外からドアを開ける方法は、中国で留守番をしている航空宇宙局からホワイトハウス経由で入手しているんです。 『星城』の大気圏突入とニューヨークに落下しつつあるという知らせは直ちに中国にも届き、慌てふためいた中国大使がホワイトハウスに駆け込んで恥も外聞も捨てて、何とか助けてくれと頼み込んだのだとか。あの総書記殿の下で働く方々も大変です。 「何だ、何かやっておるぞ。」 雅総書記、窓に張り付くように観察しています。 ステーションのドアの前では、ノースポールの甲板に座り込んだ鵜の木さんが『ニューヨーク・ニューヨーク』を鼻歌で歌いながら自分のケータイとステーションのコネクタをケーブルでつないでいます。 「あっ、ドアのロックシステムが起動しました。」 中にいる義さんがドアのインジケータが点灯したのに気付きました。鵜の木さんのケータイの電源がつながったのです。続けて、鵜の木さんは制御用のアプリを起動しました。表示されたメッセージを確認します。 「うん、教えてもらった通りだ。よし。」 鵜の木さんは、画面中央に表示されたボタンにタッチしました。微かに、カチンという音が聞こえました。 「ドアのロックを解除しました。開くはずです。」 鵜の木さん、右手でOKを出して小杉さんに伝えました。 「よし、開けよう。」 小杉さんはドアのハンドルを下げながら、思い切り引きました。頑丈そうなドアがきしみながら開きました。すぐ内側に宇宙服姿の乗組員が立っています。 小杉さんは笑顔で話し始めました。 「宇宙巡光艦ノースポールの統括部長、小杉浩之です。乗艦を歓迎します。」 小杉さん、余裕の表情で右手を差し出しました。 「あ、あ、あ、ありがとう。わ、わ、私は中国航空宇宙局、一等技術士、義李霧だ。」 「さあどうぞ、外へ。」 小杉さん、その義さんの右手を握ると、半ば引っ張り出すような感じで外へと誘導しました。 次の人物もかなり緊張気味です。 「じ、じ、自分は、宇宙要塞『星城』司令官の、倶螺鞍である。」 「ようこそ、司令官殿。」 小杉さんは短く敬礼すると、同じように司令官殿の右手を掴んで、外へと引っ張り出しました。 そして、3人目。 「私は中国共明党総書記、雅蘿柄だ。」 その名乗りを聞くと、小杉さんはオーバーアクション気味に直立不動の姿勢を取りました。 「失礼いたしました。私は宇宙巡光艦ノースポール、統括部長の小杉浩之です。」 総書記を名乗る人物に対して最敬礼しました。あの、小杉さん、そこまでやらなくても・・・。 「コスギ、ヒロユキ・・・、日本人なのか?」 雅総書記がその小杉さんに尋ねました。 「はい。」 雅さん、目をしばたかせています。 「お前の、お前のその格好は何だ?」 「えっ、と言われますと、」 小杉さん、ちょっと怪訝そうな表情で尋ねました。小杉さん、その場にいた中で一人だけ宇宙服姿だったのです。ヘルメットは被っていませんが。 「そう言えば、我が国にもいると聞いたことがあるぞ。」 雅総書記、皮肉っぽい表情でことばを続けました。 「コスプレとか言うやつか? 任務中にもそんな格好が許されるとは、たるんどる国だな。」 あーあー、まあ、そもそも勘違いしてるので。気にしなくても大丈夫です。 小杉さん、いっそのこと、この痛すぎる総書記殿に、一発、例の変身アクションをかましてあげたらどうでしょうか? 「ところで、こいつは君たち日本人が作ったのか?」 ビルの谷間に浮かぶノースポールを眺めて尋ねました。 「はい。」 総書記殿、どうやら信じることができないようです。発想が『漢委奴国王』の時代から1mmも進んでいないのでしょうか。技術を追求して、より高度に発展させようとしているのは中国だけではないのです。まあ、私達は幸運にも、いえ、幸運だったかどうかは分かりませんが、『未来の宇宙船』から学ぶことが出来たわけですが。 ひとまず、3名の中国からのお客様がノースポールの甲板上に並びました。みんな、ノースポールのブリッジや、周囲の高層ビルを物珍しそうに眺めています。 「みなさん、ヘルメットを外しませんか? ほら、大丈夫、呼吸できますよ。」 小杉さん、再び、オーバーアクション気味に深呼吸して見せました。て言うか、小杉さん達は、はじめから宇宙服のヘルメットなんかかぶってませんでしたが。それとも、日本人は宇宙人だと思われてたりしてるのでしょうか。いや、広い意味では宇宙人です。何しろ私達は無限の大宇宙の中に住んでいるのですから。 まあ、それはともかく、ここは地上です。空気があるんです。何の問題もなく呼吸できるんです。お3人、互いに顔を見合わせて戸惑いながらもヘルメットを外しました。 「・・・ふー、これが、ニューヨークの空気か。・・・、思っていたよりも旨いではないか。」 深く呼吸した総書記殿が、周囲のビル群を眺めながら呟きました。 お客様は統括部員に案内されて、ノースポール艦内に入りました。 (つづく)
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■更新履歴 2022/12/25 登録 2023/02/26 誤字修正