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■宇宙巡光艦ノースポール 第3章.発進、ノースポール 第4節.ニューヨーク・ニューヨーク 2055年1月8日、午前10時 (アメリカ東部標準時) 「小杉さん、」 「うん?」 鵜の木さんと二人で中国渾身の宇宙要塞『星城』の内部を調べていた小杉さんに中原さんが報告しました。 「ステーションの甲板への固定が終わりました。」 「ありがとう、じゃあ、中に戻ろうか。」 小杉さんがそう言って歩き始めた時です。 「おい、君たち!」 聞いたことのない、でも、とても張りのある声が、小杉さん達を呼び止めました。 「はい、何でしょうか?」 声の方向を見ると、すぐ横のビルの外壁清掃用のゴンドラに乗った警官がこちらを見ています。 「このデカいのは君たちの乗物か?」 「はい、まあ、そうですが・・・。」 さすがに、小杉さんのプライベート・クルーザーというわけではありませんが、そこはそれ、統括部長ですから。もっと、ビシッと言ってもいいと思いますよ、小杉さん。 「うん、じゃあ、これを渡しとくから。明日にでも署まで来てくれ。」 警官は紙に何か書き込んでいます。そして、その紙を何か丸い容器に入れました。 「よし、プレゼントだ、受け取れよ。」 そう言うと、その丸い容器を小杉さんに向かって投げたのです。 「えっ?!」 小杉さん、慌てながらもその丸い物体を受け取りました。見ると、野球のボールのような模様の刻まれた、半透明のプラスチックの容器です。 「ハッハッハッ、それはヤンキースタジアムのスーベニアショップで見つけたんだ。その入れ物も記念に取っておいてくれ。」 小杉さんが開け方に困っていると、 「分かれ目があるだろ。両手で握ってひねるように回すんだ。」 小杉さん、警官のやっているのを真似して容器を握って回してみました。 「あっ、開きました。」 「そうか、良かった。」 小杉さんが中の紙を取り出して書かれている内容を読むと、 「えーっ、これって・・・、」 小杉さんが困ったような複雑な表情に変わりました。 「駐車禁止の違反キップですよね?」 「ああ、そうだ。ここの7番街は駐車禁止なんだな。」 なんか、お巡りさんがよく分からないことを言い出しました。 「えっ? でも、ノースポールは宇宙船、船なんですけど。それに、浮いてますよね。」 そうです。間違いなくノースポールは宙に浮かんでいます。ランディングギアを出して路駐、いえ、着陸しているわけではありません。て言うか、ノースポールが路駐しているシーンなんて想像できません。うーん、ハザードランプとか付けといた方が良かったのでしょうか。 「船だろうが、飛行機だろうが、道路にいることに変わりはない。だったら交通規則には従ってもらわないとな。」 なんか、お巡りさん、超ドヤ顔です。小杉さん、訳も分からず、ちょっとパニック気味です。 「えっ? ちょ、ちょっと・・・」 「レッカー移動したいところだが、残念ながらレッカー車が出払っているようでね。まあ、すぐどかしてくれれば、レッカー移動は目をつむろう。」 あ、あ、あの、本気ですか? 私も、ちょっとパニックです。 いくら何でも、全長300mの宇宙船をレッカー車で牽引するなんて。でも、アメリカには大陸を横断して荷物を運ぶ超大型のトラックがあるそうですので、もしかしたらそれくらいの大きさのレッカー車があれば・・・、いや、いやいや、無理無理、絶対無理でしょう。 ちなみに、ちょっとだけお伝えすると、実は、ノースポール・プロジェクトでは、こんなにも巨大なノースポールを、ノースポール自身の力に頼ることなく運ぶことの出来る、超大型の宇宙輸送船も開発していたりします。いずれお目にかけることが出来るかもしれませんが、今は『ドライドック』とだけお伝えしておきましょう。乞うご期待です。 「じゃ、よろしく頼むよ。」 そのお巡りさん、ゴンドラを下げて悠々と引き上げて行ってしまいました。 「えー、いったい、何なんだか。」 「小杉さん、もしかして、もう点数ないとか。」 「てことは、免停ですか・・・。」 三田さんと中原さんが笑いながらからかいました。 「バカ言うな。こう見えて安全運転には心掛けてるんだ。一応、ゴールド免許だし。」 小杉さん、ちょっとムキになって怒りました。 「そ、そうなんですね。」 「わ、わかりました、わかりましたから。」 でも、それはそうです。 当然です。 皆さんも交通規則は守りましょう! ・・・、でも、実は私は自動車の免許証は持ってなかったりします。コンピュータ関係のOSやネットワーク、データベース関係の資格は、大学に入った頃に、たくさん取りました。同学年の誰かが最初に取って、流行ったんですよね。でも、布田先生の、 「資格を取るためだけの勉強なんて意味がない。止めなさい。」 という一喝で一瞬にしてブームは去りました。確かに試験勉強として覚えた内容は記憶に残らないんですよね。それに、コンピュータ関係の技術は変化が激しいので、どの資格を取れば将来も役立つのか判断が難しいところです。 さて。 ひとまず、小杉さん達は艦内に戻りました。 「終わりました。」 小杉さん、力のない声で川崎さんに報告しました。 「お客様はどうした?」 「第1会議室にご案内しました。」 第1会議室はノースポール艦内では唯一応接セットの置かれた少しだけ豪華な会議室です。 「うん、何しろ総書記殿だからな。挨拶に行かんとな。それで、ステーションの固定は?」 「それも完了です。」 「うん、ありがとう。では・・・」 「艦長、」 何か次の指示を出そうとした川崎さんを小杉さんが遮りました。 「どうした?」 川崎さん、ちょっと驚いた表情で小杉さんに聞きました。 「甲板で作業してたらこれを渡されたんですが?」 「ん、何だ?」 小杉さんが、先ほどの紙を川崎さんに渡しました。川崎さん、読みながら何やら笑みを浮かべ始めました。 「・・・小杉、交通規則は守らんといかんな。」 「艦長まで~~。」 そうですよね。川崎さんにまで同じ突っ込みをされるなんて。小杉さん、頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまいました。 「ハッハッハッ。同情するよ。まあ、持っておけ。」 しかし、小杉さん、何かを思いついたのか、素早く立ち上がりました。 「そうだっ! 違反キップって普通はドライバーが切られるものだよね。うん、きっとそうだよ。ライラっ!」 小杉さん、ライラさんの横に行くと、違反キップを渡そうとしました。でも、ライラさんも素直に受け取ってくれるはずありません。 「ちょっと! 何よそのヘ理屈。それに私はドライバーじゃなくてパイロットですから。そういう物騒な物は統括部の責任で処理してよね。」 両手を腰に当てて、思いっきり拒否しました。 「えー・・・。」 小杉さん、満身創痍、撃沈寸前です。ちょっと可哀相です、よね。 「ハッハッハッ。小杉、あとで何とかするよ。とりあえず、着替えてこい。」 「はーい。」 やっと、川崎さんが助け船を出してくれました。小杉さん、納得はしていないものの、着替えのためにロッカールームに向かいました。そうです、宇宙ホテルの救助作戦のために宇宙服を着てから、まだ着替えることが出来ずにいたのです。 これ以上切符を切られては困る、という統括部長からの強い要請があった、という訳ではありませんが、ノースポールは移動することになりました。ホワイトハウスとニューヨーク市から、ひとまず移動してもらえないか、との申し入れがあったのです。 「それで、どこに移動しますか?」 ライラさんは航海システムにニューヨーク周辺の地図を出しながら尋ねました。 「うん、リバティー公園の前あたりの海上に降りてほしい、としか言われていないのだ。」 「そうなんですか。じゃあ、自由の女神の近くにしましょうか?」 「うん、任せるよ。」 ライラさんは、慎重にノースポールを浮上させました。何しろ艦首のすぐ先にワン・タイムズスクエアビルがあるし、左右にも建物が密集しているのです。こんな場所に突っ込んで、被害が出なかったのですから、まさに奇跡と言うほかありません。 「上昇しました。前進します。」 リバティー公園まであっという間です。エンパイア・ステート・ビルを左舷の少し離れたところに見ながらハドソン川に出ます。そして、その流れに沿うように下流に進むと、すぐに見えてきました。ノースポールにも増して白く輝く世界一有名な女性が立っています。 ノースポールは自由の女神を左舷前方に望む位置に着水しました。自由の女神も突然現れた空からの訪問者を物珍しそうに見ているようです。 「艦長、ホワイトハウスから連絡です。ドリーム・プラネットの宿泊客を収容するために、駆逐艦を向かわせたとのことです。」 「うん、了解したと伝えてくれ。」 三度、統括部の皆さんの出番です。 「小杉、収容した方達の誘導を頼む。」 「了解です。」 間もなく、沖合から駆逐艦が現れました。ノースポールは左舷の乗艦口を開放して待機しています。中央エントランスには宇宙ホテルの宿泊客も集まり始めました。ストレッチャーに寝ている方もいます。救助された時は意識不明でしたが、どうやら意識も戻って心配はないようです。 「直接横付けしても良いか、とのことです。」 「うん、構わないよ。」 駆逐艦はゆっくりと接近。ノースポールに並ぶようにして停船しました。 「よし、タラップを出せ。」 駆逐艦からタラップが伸ばされてノースポール側に渡されます。それを小杉さんと中原さんで受け取ります。 「固定完了。」 小杉さんが駆逐艦に向かって叫びました。 「Good!」 駆逐艦の甲板員が親指を立てて答えました。 早速、駆逐艦から2人の士官がノースポール側に乗り移ってきました。待っていた小杉さんと中原さんに対して敬礼します。 「アメリカ海軍駆逐艦サザンウインド艦長のロナルドだ。」 「宇宙巡光艦ノースポール、統括部長の小杉です。」 小杉さんも敬礼して答えました。 ロナルド艦長は連れてきた士官も紹介しました。 「こちらは作戦参謀のリード君。」 「オーエン・リードです。」 「小杉です。よろしくお願いします。」 小杉さんも再び敬礼して答えました。 あの、一応皆さんにお断りしておくと、ノースポール・プロジェクトの正式な見解としてはノースポールは軍艦ではないんです。ノースポール・プロジェクト自身も軍隊ではないのです。だから、敬礼を交わして挨拶をする必要はないのです。どちらかというと、社交辞令的に相手の習慣に合わせると言う意味合いだけだったりします。 「貴艦の艦長にお会いしたいのだが良いかな?」 「了解です。こちらへどうぞ。」 小杉さんはお客様をブリッジへと案内しました。ブリッジでは艦長が出迎えました。 「宇宙巡光艦ノースポール、艦長の川崎です。」 ははっ、川崎さんも敬礼して名乗っています。 「この度は宇宙ホテルの宿泊客を救助して頂いただけでなく、ニューヨークの危機をも救って頂いて、ことばでは表現できないほどに感謝しています。大統領から感謝状を預かってきたので受け取って頂きたい。」 ロナルド艦長は参謀のオーエンさんから革張りのバインダーを受け取ると、丁重に川崎さんに渡しました。川崎さんも両手で丁寧に受け取るとバインダーを開いて中身を確認しました。確かに、アメリカ大統領、ザカリー・ガーランドさんの直筆署名入りの感謝状です。 「ありがとうございます。しかし、我々としては出来ることを当たり前に実行しただけなのです。 どうぞ、お気になさらないで下さい。」 「ハハハッ、ご謙遜を。」 駆逐艦サザンウインド艦長のロナルドさん、だいぶ気さくな方のようです。川崎さん、小杉さんと和やかに談笑し始めました。 ちょうど、話しが盛り上がった頃、ドアが開いて、ちょっと席を外していたライラさんがブリッジに戻ってきたのです。 「あ、ちょうど良かった。」 川崎さんはライラさんを呼び止めてロナルドさんに紹介しようとしました。 しかし、先に気付いたロナルド艦長が、軍隊式の張りのある声で呼びかけたのです。 「ライラ軍曹、久しぶりだな。」 和やかな雰囲気に包まれていたブリッジ内は水を打ったように静かになりました。その場に居合わせた全員がロナルド艦長とライラさんに注目しました。ライラさんはゆっくりと声の方向に振り向きました。 「お、お父様。」 ライラさん、虚を突かれたように驚いています。 「久しぶりだな、ライラ。元気そうで安心したよ。」 ロナルドさん、先ほどとは打って変わって優しい声で語りかけました。 「お父様こそ。乗っているなら連絡してくれれば良かったのに。」 ロナルド艦長はライラさんのお父さんだったのです。 「・・・でも、お父様、太平洋で任務だったんじゃ。」 「うん、たまたま訓練のために僚艦2隻とニューヨークに来ていたんだ。」 ライラさんはノースポールに乗り組むことになったことを家族に伝えていなかったようです。以前勤務していた宇宙観光会社の倒産後は引っ越しや職探しに忙殺されていたのです。 一方、ライラさんのお父さんはアメリカ政府と軍からの情報でライラさんがノースポール・プロジェクトに参加していることを知ったようです。 シーライオンの試験飛行が開始される直前に各国政府とその軍に対して、試験飛行の実施内容と、万が一遭遇した際の対処について協力要請が行われていたのです。その時にライラさんの消息もお父さんに伝えられたようです。 「腕を上げたようじゃないか。先ほどの見事な操艦は一部始終を見させてもらったよ。」 『星城』が軌道から外れてすぐに、陸海空すべての米軍部隊が緊急体勢に入っていたのです。ちょうどニューヨーク沖合にいたロナルド艦長指揮する駆逐艦サザンウインドは、まさにマンハッタンに向けて落下してきた『星城』と、それを追いかけて突っ込んでくるノースポールの様子をリアルタイムですべての米軍部隊に伝えることとなったのです。 「いや、今度ばかりは肝を冷やしたよ。もうダメだとね。まあ、艦長としてはそんなことは決して口走れないのだが。お前はニューヨーク市民840万人を救ったのだ。一生誇っていい。」 「そこまで褒めてもらうなんて。でも、ノースポールでなかったら今頃は私もダメだったと思うわ。すごい船だと思うの。ノースポールは。」 「そうか。」 いえいえ、ノースポールの性能も優秀なパイロットがいなければ発揮できません。その意味でノースポールは良いパイロットに巡り会えたのだと思います。 「たまには家に連絡しなさい。母さんが心配していたぞ。」 「いろいろあったのよ。会社が倒産してから。」 ブリッジで父と娘の会話が続きました。久しぶりに会ったせいか2人の会話は弾んでいます。周囲にいた人達は微笑ましそうにその会話を聞いていました。ブリッジは再び和やかな空気に包まれました。 しばらくしてライラさんが周囲からの視線に気付きました。少し照れくさそうに笑うと突然まじめな顔になりました。姿勢を正すと、お父さんに対して敬礼して、張りのある声で伝えました。 「お父様、この航海が終わったら連絡します。」 父も合わせるように姿勢を正すとライラさんに対して敬礼しました。 「うん。航海の安全を祈る。」 周囲のみんなはこのようすを見て大笑いしました。2人の豹変ぶりがあまりにもおかしかったのです。珍しく川崎さんも声を上げて大きく笑いました。 「久しぶりの再会のようですが、よろしいのですか?」 川崎さんが尋ねました。 「親としては話したいこともありますが、やはり、仕事には厳しさも必要です。」 「なるほど。仰るとおりです。」 ロナルド艦長は、宿泊客の収容完了を確認するとサザンウインドへと戻りました。そして、 「ライラ、ノースポール、無事の航海を祈る。」 そう呟くとサザンウインドを発進させました。 さて、そのサザンウインドと入れ違いにヘリコプターがノースポールに飛来しました。小杉さん達がノースポールの後部甲板に埋め込まれている誘導灯を点灯すると、そこに着陸しました。 ノースポールに降り立ったのはアメリカ合衆国大統領、ザカリー・ガーランドさんです。小杉さん達だけでなく、川崎さんと鵜の木さんと私も後部甲板に整列して大統領をお迎えしました。 目的は、間一髪でノースポールに助けられた中国共明党総書記、雅蘿柄氏との緊急首脳会談です。とは言うものの、予想だにしなかった失態を晒した直後だけに、会談は終始アメリカ側のペースで進んだそうです。また、大統領も、ごく実務的なことだけを話すに留めたようです。 その首脳会談後、ガーランド大統領たっての希望でノースポール乗組員との懇談が行われました。何しろ、中国だけでなく、アメリカとしても自国の企業の建造した宇宙ホテルが前代未聞の事故に見舞われたのです。話題は宿泊客の救助と、ニューヨークを救ったことに対する感謝の言葉に終始しました。 その会談がそろそろお開きとなる時、小杉さんが発言を求めました。 「あのー、大統領、」 「何だね? コスギ君。」 大統領は親しげな目で小杉さんを見つめました。 「実は、タイムズスクウェアに降下した時に渡されてしまったものがあって。」 「見せてもらえるかね。」 小杉さんは胸のポケットから取り出した紙切れを大統領に手渡しました。その内容を見るなり、大統領は笑みを浮かべました。 「何だこれは? 駐禁の違反キップではないか。」 小杉さんは事情を話し始めました。 「はい。ノースポールの降りた通りが駐車禁止だったらしくて、その場に居合わせた警官から『一応渡しておくよ』って渡されたんです。」 「ハッハッハッハッ、」 大統領は不意を突かれたかのように豪快に笑いました。 「我々人類の運命を左右するかもしれない最新鋭の宇宙船をつかまえて、駐車違反で取り締まるとは、ニューヨーク市警もやるではないか。あとで表彰しておこう。」 そう言うと大統領は、違反キップを小杉さんに返しました。 「あの、それで、これは・・・」 小杉さん、とても恐縮しているようです。 「安心したまえ。罰金とか減点とかいう野暮なことは言わないよ。ニューヨーク市警もそんなことは端から考えていないのではないかな?」 大統領は、そう答えると片目を軽くつむりました。 「そうですか。安心しました。」 小杉さんも、やっと安心したようです。恐るべし、アメリカン・ジョーク。 「ハッハッハッ、真面目だな、君は。いや、その真面目さは、いずれ必ずや君を助けてくれるだろう。」 なお、翌朝、ガーランド大統領からの贈り物と称して小さな箱が届けられました。開けてみると額縁です。添えられていたメッセージによると、 『記念キップを飾っておくのに使ってもらえないだろうか。』 とのことでした。 そんなわけで、あの駐禁の違反キップは、この額縁に入れられて、ノースポールの艦長室に大切に飾られているのでした。あ、あの野球のボール型の容器もいっしょに飾られています。 川崎さんは、ちょっと納得いかない表情でしたが。 それから、中国からのお客様は、ガーランド大統領がノースポールを離れた後に入れ替わりに飛来した別のヘリコプターにそそくさと乗り込んでノースポールを離れました。よほどばつが悪かったのでしょうか。挨拶もそこそこに、まるでこそこそと逃げるような印象さえありました。ただし、ヘリコプターの離陸後に中国共明党総書記の名で 「貴艦の行動に感謝し、無事の帰還を祈る。」 という通信が届きました。また、前部甲板上に載せられていた『宇宙要塞』は、ほぼ同じタイミングでやって来た大型の台船に積み替えられて引き取られていきました。なんか、二束三文でアメリカの屑鉄屋に売り飛ばされたという噂がありますが真偽のほどは定かではありません。 さて、ようやく、一件落着です。 「激しい一日だったな、いや、2日間か。」 川崎さんはため息をつくと、呟きました。よくよく考えると、私たちは、夜中に日高基地を飛び立って以来、仮眠することもなく、48時間近くぶっ通しで働いていたのです。 気が付くとニューヨークの街に夜のとばりが訪れようとしていました。 「本当は今頃はあそこにいるはずだったが。」 川崎さん、西の空を眺めて呟きました。その視線の先には、一番星が輝いていました。宵の明星=金星です。 小杉さんが川崎さんに提案しました。 「一晩ここで休養させてもらって、明日の朝、出発しませんか?」 「賛成です。私も疲れました。」 私も小杉さんの味方に回りました。実はガーランド大統領からも、 「一晩、ニューヨークで休んでいかないかね?」 とのお言葉をもらっていたのです。さらに、 「マスコミ対応とかいう面倒な仕事は、すべて裏方である我々が引き受けるよ。」 という稲田防衛大臣張りのお言葉ももらっているのです。実際、その夜、ニューヨークの件を知った世界中のマスコミがニューヨークとワシントンに押しかけたのです。でも、ガーランド大統領のお言葉通り、着水しているノースポールの周囲には進入禁止区域が設定されたらしく、かなり遠巻きに取材のヘリが飛び交う程度で、とても静かな一晩を過ごすことができたのでした。ライトアップされて夜空に浮かび上がる自由の女神の神秘的な姿に見守られながら。 そして、 翌朝。 「そうか、もう出発するのかね。」 メインディスプレイに映るガーランド大統領が名残惜しそうに言いました。 「はい。大統領のご配慮のお陰で昨晩は十分に休養も取れましたので。」 川崎さんは艦長席の横に立って応えました。 「うん。ぜひ、悔いのないように、目標に向かって全力で取り組んでくれ。地球のことは我々が何とかするから安心してほしい。」 「はい。ありがとうございます。では、出発します・・・、」 その川崎さんの言葉を聞くやいなや、ガーランド大統領が引き留めました。 「いや、すまないが、もう少しだけ待ってもらえないか?」 「・・・何か、ご用でしょうか?」 川崎さん、怪訝な表情です。 「実は、どうしても引き合わせたい人物がいるのだ。」 「どなた、ですか?」 「うん、今後の世界の行く末を決めるキーを持っている重要人物なのだが。」 いま、このタイミングで?という疑問はありますが、仮にもアメリカ大統領です。そんないい加減なことは言わないはずです。 「実は本人がこの場に出ることを渋っていてな。ちょっと待ってくれないか。」 そういうと、画面が保留状態に切り替わりました。 「いったい、誰なんだろうね?」 「そうよね。でも、ただ者ではないように思うけど。」 小杉さんとライラさんも、興味津々な一方、少し不安も感じているようです。 少し待つと、画面に再び大統領が現れました。 「待たせてしまって申し訳ない。なんとか、この場に出るように説得していたのだ。」 さて、一体誰なのでしょうか。大統領自ら説得したようですが。 「では、頼むぞ。」 そう言うと画面が切り替わり、別の人物が現れました。欧米の方のようです。書斎のような部屋で広々とした机の向こう側に座って、こちらを見つめています。 「みなさん、」 その人物は、少し不満そうながらも、笑顔も浮かべて話し始めました。川崎さんはその人物が誰なのか、なんとなく分かったようです。 「皆さんと直接会うのは初めてですね。」 川崎さん、早速応えました。 「はい。しかし、お名前はかねがね伺っています。ぜひ一度お会いしたいと思っていました。」 「そうですか、それは良かった。」 その人物は、シートに座り直すと姿勢を正しました。 「私はロシアで活動している『未来のロシア』党党首の、アンドレイ・ザイツェフです。現在は、来月に予定されている大統領選挙に向けて、私の考えを少しでも多くの人々に伝えるためにロシア国内各地を回っているところなのです。なので、現在の私はまだ、いちロシア国民。このような場所に出るのは、まだ時期尚早と思っていたのですが。」 「いやいや、」 画面のザイツェフさんの映像が右側に寄って、左側には再びガーランド大統領が現れました。 「だが、この機会を逃すと、ノースポールの諸君とは直接話すのが難しくなるのだ。」 ノースポールはこのあと、ニューヨークを飛び立って宇宙へと向かいます。最初の目的地は金星です。そうなると、電波の届く速度の関係でリアルタイムでの通信はできなくなるのです。 ガーランド大統領が言葉を続けました。 「もちろん、政権の移行は民主的な選挙に基づいて行われなければならないが、既に、現ロシア大統領からは、ロシアの将来を貴方、ザイツェフさんに託すという確約も取り付けているのだ。」 「その話しは私も聞いていますが、しかし、」 そこに川崎さんが割って入りました。 「私も貴方のお考えは理解しています。しかし、今は、ロシアがこれまでの行いを正したうえで、世界政治の舞台に復帰することを世界中の多くの人々が待ち望んでいるのです。」 ロシアは、2022年に開始したウクライナ侵攻により、世界の多くの国々から非難を受けて国際的に孤立しているのです。国際政治の舞台からも永らく外された状態が続いていたのです。 しかし、ザイツェフさんは、祖国のこれまでの行いを厳しく批判して、ウクライナやクリミア半島を含む海外に展開したすべてのロシア軍部隊を本国に呼び戻したうえで、それら国々に対しては正式な謝罪と相応の被害補償を行うと確約したのです。 「そうだ。貴方の活動により、貴国ロシアもやっと世界の国々の輪に戻ろうとしているのだ。我が合衆国としても世界政治の重大な転換点になると認識している。」 「私も理解しています。」 再び、川崎さんが話し始めました。 「いま、世界には、というか私達人類には大きな危機が迫っているのです。それを確かめて、最悪の事態を避けるべく、私達は、このノースポールを建造しました。」 「はい、ここ2日ほどにわたる皆さんの活躍は私も見させてもらいました。なんとしても選挙に勝利して、我がロシアも人類を守る輪に加わるべきだと確信しています。」 「そのお言葉を聞いて私も安心しました。いま、人類に迫りつつある危機は、ひとつやふたつの国の力ではとても避けることのできない、余りにも巨大な宇宙的な規模の危機なのです。すべての人々の団結が必要なのです。」 ガーランド大統領、ザイツェフさん、そして川崎さんの間で人類が一致団結するべきという大きな目標に向けて熱い会話が続きました。それを聞いていた私達も、想いを新たにしたのはいうまでもありません。 「ところで、」 ザイツェフさんが、話題を変えようとしました。 「彼は無事に貴艦、ノースポールに乗り込めたのだろうか?」 川崎さんは笑顔になりました。 「もちろんです。」 実は、ロシアからひとり有能な人材がノースポールに加わったのです。弱冠20歳にして、ロシアのベテランパイロットも舌を巻く優秀なパイロットです。もちろん、ライラさんの指揮する航海部所属で、ノースポールのパイロットシフトにも加わります。 「あっ、ライラだけど・・・、」 ライラさんがケータイで小声で話し始めました。どうやら、航海部のオフィスと話しているようです。 「ミスターザイツェフ、」 ライラさん、ケータイを置くと立ち上がってメインディスプレイに向かって話し始めました。 「ノースポール航海部長のライラ・バーンスタインです。」 「ああ、貴方でしたか。ニューヨークでの見事な活躍はロシアでも大きな話題になっています。」 「ありがとうございます。ですが、ロシアから参加してくれた、レオン・エワルド君の優秀さには私も驚いています。既に、ノースポールのパイロットシフトにも加わってもらうことになっています。」 とそこまで話したところで、大森さんがライラさんに伝えました。 「ライラちゃん、オフィスから。メインディスプレイにつなぐわね。」 画面は3等分に分かれました。 「ザイツェフさん、お久しぶりです。レオンです。」 「おお、レオン君。良かった、元気そうで。」 細面で、金髪碧眼、まだ幼さも残していますが、間違いなくイケメンです。女性乗組員の間でも人気急上昇中なのです。 「どうかね、そちらは?」 「はい、凄い船です、ノースポールは。まだ本格的に操縦したことはありませんが、シフトが回ってくるのをワクワクして待ってます。」 「そうか。それで、他の乗組員の方とは上手くやっているかね?」 「はい。みんないい人ばかり、というか、凄い人ばかりで毎日が楽しみの連続です。」 「はははっ、どうやら心配はなさそうだね。」 ザイツェフさんも安心したようです。詳しい話しはまた別の機会にさせてもらえればと思いますが、レオン君、いろいろな事情もあり、ご両親の元を離れてザイツェフさんに託されていたのです。そして、その間にガーランド大統領からノースポール・プロジェクトについて知らされたザイツェフ氏が、ロシアからも何とかして人材を派遣したいと考えて、レオン君に打診して、その結果、レオン君がノースポール・プロジェクトに参加することになったのです。 「それでは、そろそろ私達は出発したいと思うのですが。」 川崎さんがガーランド大統領とザイツェフさんに伝えました。 「うん、引き留めてしまい申し訳なかった。」 ガーランド大統領、少し腰を浮かして、シートに座り直すと、姿勢を正して川崎さんに伝えました。 「貴艦の航海の安全と、無事の帰還を祈っている。」 ザイツェフさんも丁寧な口調で私達に言いました。 「人類の未来のためにも皆さんの活躍を祈っています。しかし、無理はなさらないように。」 川崎さんは、ガーランド大統領とザイツェフさんに対して敬礼しました。お2人が大きく頷くと通信が終わりました。 ニューヨークの空は雲ひとつありませんでした。快晴です。旅立ちに相応しい素晴らしい青空です。 「ノースポール、発進!」 川崎さんがその青空のようにすがすがしい声で指示しました。 大西洋に昇った朝日を見ながら、ノースポールは飛び立ちました。自由の女神が手を振って見送ってくれているようです。摩天楼が後方にどんどん離れていきます。 ノースポールはニューヨークの沖合から大西洋上へと歩みを進めました。 レーダーで監視していた鶴見さんが報告しました。 「前方海上に大型艦。アメリカ海軍の空母エンタープライズです。」 ノースポールはそのエンタープライズを左舷下方に見ながら飛び越そうとしました。 「あれっ、文字?」 見ると、エンタープライズの飛行甲板に人文字が描かれています。 最初に見えた言葉は、 「Good Luck・・・、」 そして、わっ、すごい。人文字が動いたんです。次に描かれた言葉は、 「NORTHPOLE!」 すっごーい。感動です。一瞬でしたが。さすがアメリカ軍。こういうサポートも一流です。 「エンタープライズにお礼しておきますね。」 「うん、頼むよ。」 大森さん、エンタープライズに打電したようです。 ノースポールはさらに東に向かいました。大西洋は今朝も平和なようです。 「後方から飛行編隊接近。二手に分かれて本艦の左右につくようです。」 「先ほど追い越したエンタープライズの航空隊だそうです。」 川崎さんが大森さんに指示しました。 「『見送りに感謝する』と伝えてくれ。」 「了解です。」 ノースポールは、エンタープライズ航空隊に守られるようにして大西洋上を悠々と飛びました。 突然、左舷側を飛んでいた1機が編隊を離れてノースポールのブリッジに接近してきました。かなり近いです。小杉さんがちょっと迷惑そうに呟きました。 「危ないなあ、あのF43。なんだよ、翼なんか振って。」 ちなみに、F43というのは、アメリカが数年前から配備を進めている新型の艦載機です。 そのF43、確かに翼を振っています。パイロットがこちらを見つめているのがはっきりと見えます。ライラさんもその機を見つめました。すると、F43のパイロットがヘルメットのバイザーを上げて、マスクも下げました。 「あっ、」 ライラさんは一瞬驚いたような表情になりましたが、すぐに笑顔になりました。F43のパイロットは右手を出すと親指を立てて見せました。それを見たライラさんも操縦桿から右手を離して同じように親指を立てて見せました。F43のパイロットは小さく何回か頷きました。ライラさんも笑顔で小さく呟きました。 「行ってきます・・・。」 それを確認したのか、パイロットは前に向き直ると翼を輝かせながら翻すと編隊へと戻っていきました。 様子を見ていた小杉さん、心配そうな声で尋ねました。 「知り合いなの?」 「うん。」 小杉さん、さらに心配そうな表情になりました。 「誰なの?」 もう、小杉さんてば、わかりやすすぎです。それを聞いたライラさん、ちょっと照れくさそうに答えました。 「もう、心配しなくていいのよ。お兄様よ、私の。」 「あ、そ、そうだったんだ。」 小杉さん、やっと、安心したようです。もう、ごちそうさまです。 ライラさんの家は、軍人の家系なのだそうです。昨日登場しましたが、お父さんは、駆逐艦サザンウインドの艦長。そして、お兄さんは空母エンタープライズの航空隊パイロット。お母さんは軍医だそうです。 「そういえば、私から見てお爺さまの、そのまたひいお爺さまも海軍のパイロットで、日本のゼロファイターとも戦ったらしいわ。」 ゼロファイター、零戦のことですね。一時は米軍機を圧倒していたそうですが、後継機の開発が遅れる一方で、逆に米軍が新型機を投入したことにより劣勢となり、敗戦を迎えることになったのはみなさんもご存じの通りです。 「てことは、第二次大戦の頃の人なの?」 「たぶん。エンタープライズの航空隊にいたらしいわ。」 「あれっ、お兄さんもエンタープライズの航空隊のパイロットって・・・。」 そうです。 エンタープライズ。 アメリカではもちろんのこと、世界でも最も有名な艦名でしょう。米国海軍の空母としての『エンタープライズ』が最も有名であることは言うまでもありませんが、実は、航空母艦ではない艦にも『エンタープライズ』の名が冠されていることは、おそらくみなさんもご存じですよね? それだけアメリカ人にとっては誇りある由緒正しい艦名なのです。 ライラさんのご先祖様が乗り組んでいた空母エンタープライズは、おそらく、アメリカ海軍としては7隻目のエンタープライズです。史実としても実際に太平洋戦争に参加していて、ミッドウェイ海戦では僚艦と供に、当時の日本機動部隊に大損害を与える活躍をしたとされています。まあ、私達日本人から見れば敗戦への下り坂を転がり始めた戦いになるわけですが、でもまあ、それは置いておくとして、そんな戦いの中、ライラさんのご先祖様、ジェームズさんもF4Fワイルドキャットや、F6Fヘルキャットを駆って太平洋の大空を舞っていたのでしょうか。 ちなみに、同時期のアメリカ海軍には同じくジェームズと言う名の名パイロットが実在したそうですが、ライラさん曰く、 「そこまで有名とは聞いてないわ。」 とのことです。 一方、先ほど登場した、ライラさんの兄、ダニエルさんが乗り組んでいるのは、アメリカ海軍として9隻目のエンタープライズです。西暦2030年に就役してから、既に四半世紀が経とうとしていますが、改装工事も受けて、今なおアメリカ海軍戦力の一翼を担っている航空母艦です。あっ、番号がひとつ飛びましたね。8隻目のエンタープライズは世界初の原子力空母として有名でした。 私達の乗る船『ノースポール』。もちろん、まさに今乗っているこのノースポール自身も末永く活躍してくれるよう願っていますが、それから先、遠い未来においても『ノースポール』の名が何代にも渡って引き継がれて活躍してくれると、とってもうれしいです。その頃ってどんな世界になっているのでしょうか。宇宙が平和になっていると良いですね。 さて、川崎さんが大森さんに何かを指示しようと立ち上がったその時、逆に、大森さんが川崎さんに伝えました。 「艦長、日本から通信です。メインディスプレイにつなぎます。」 そして。 「みんなあ、寂しいじゃないか。黙って出かけてしまうなんて。」 稲田防衛大臣です。なんか、カメラをわざと覗き込んでいるようで、ノースポールのメインディスプレイいっぱいに顔がどアップで映ってます。 えっと、別に黙って、こっそり出かけようなんて思ってるわけではないのですが。昨日はあまりにも急な発進でお話しする暇がなかったんです。 通信は総理官邸の執務室からのようです。もちろん、古淵首相もいます。そしてデスクの右側には布田教授とドミトリー博士が。そして、左側には、おっと。国会では古淵首相と対立する立場のはずの野党、日本いっしょの会党首の堀之内さんと、日本共明党を率いて常に古淵さんと対峙している相武さんの姿も見えます。 「もちろん、わかってるよ。ただ、出かける前にもう一度、君たちの顔を見たかったんだ。」 稲田さん、満面の笑顔です・・・って、あ、あれっ? 稲田さん、もしかして目がうるうるしてませんか? 川崎さん、少し畏まって伝えました。 「申し訳ありません。成り行き上、やむを得なかったのです。」 「ハッハッハッ、わかってるよ。宇宙ホテルの救助をお願いしたのは、この私だからな。」 古淵さんは本当に笑顔です。 川崎さん、一つだけ質問しました。 「期せずして、私達の存在が公になってしまったわけですが良かったのですか?」 そうです。既にお話ししましたが、ノースポール・プロジェクトの存在は、ノースポールが試験飛行を成功させるまでは、世間には伏せておくことにしていたのです。しかし、昨日、ニューヨークの危機を救った代わりに『大型の飛行物体』の存在が世界中に一気に知れ渡ってしまったのです。 「昨晩は、ホワイトハウスも対応にてんてこ舞いだったようですが。」 ガーランド大統領からは、 「マスコミ対応のような面倒な仕事は我々に任せて欲しい。」 とのお言葉をもらっていました。実際、アメリカ国内のみならず、世界中のマスコミがニューヨーク沖に停泊していた『謎の巨大飛行物体』を取材しようと押し寄せてきたのですが、既にお話ししたように、ガーランド大統領の対応のお陰で、だいぶ離れた場所を、遠巻きに取材機が飛び回る程度で済んでいたのです。 「まあ、昨日の一件のあと、さすがに、プロジェクトとして何もしないわけにも行かず、かなり前倒しとはなるが、プロジェクト自身とノースポールの存在、そして、近い将来に起きるかもしれない人類の危機について、世界に向けて発表したんだ。」 布田さんが神妙な面持ちで伝えました。 「はははっ、いま、世界中が騒然としているよ。」 古淵さんが自嘲気味に笑って伝えました。 「そうでしょうなあ。」 川崎さん、重い責任を感じながら、低い声で応えました。 「まあ、君たちも心配だろうが、世界のことは我々が何とかする。任せてくれ。ひとまず、日本国内は相武君と堀之内君の協力も得られているので何とかなりそうだ。」 古淵さん、右手を二人の方に伸ばして言いました。 「うん、あとのことは任せてくれ。」 堀之内さんは右手でガッツポーズしています。 「みなさん、とにかく、ご無事で。」 相武さん、国会の論戦で見せる勇ましさが想像できないほどのしおらしい表情です。 「そんなわけで、まずは、無事の帰りを待ってるよ。成功は、二の次でいい。無事の帰還を祈ってる。」 古淵さん、力強くも、穏やかな表情です。 稲田さんも、右手で目をこすると、 「がんばれよっ、みんな!」 笑顔に戻って得意のサムズアップで締めました。 川崎さん、姿勢を正すとメインディスプレイに向かって敬礼しました。 「ありがとうございます。では、行ってまいります。」 画面の中で古淵さんが大きく頷いたところで通信は終わりました。 川崎さん、敬礼していた右手を降ろすと、凜とした声で指示しました。 「エンタープライズ航空隊に伝達。『本艦はこれより上昇を開始、宇宙へ向かう。見送りに感謝する。無事の帰投を祈る。』以上だ。」 さらに川崎さん、間を置くことなく、指示しました。 「ライラ、上昇を開始。行こう、宇宙へ。」 「了解。」 2055年1月9日、午前9時47分 (米国東部標準時) ライラさんは笑顔で答えると右足を強く踏み込みました。操縦桿を引きます。 ノースポールは、見守るエンタープライズ航空隊に別れを告げるように力強く上昇を開始しました。航空隊はあっという間に下へと遠ざかって小さくなり、そして、見えなくなりました。 高度はどんどん上がっていきます。 「空が・・・、空が、暗くなっていく。」 大森さんが外を見つめながら呟きました。 「青と黒のグラデーション、綺麗。」 宇宙ホテル救援のために、昨日飛び立ったのは夜中だったので空は一面暗闇だったのです。 ノースポールはさらに上昇を続けました。 「私達、宇宙に行くのね。」 再び、大森さんが、誰にも聞こえないほどの小声で呟きました。 そうです、 そうなんです。 私達、とうとう行くんです。 私達の旅が、ついに始まったのです。 私達の航海が、いよいよ始まったのです。 私達の挑戦が、いま、 始まったのです。 (つづく)
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■更新履歴 2022/12/25 登録