Home Page / Next Page / Prev Page
■宇宙巡光艦ノースポール

第4章.金星
第1節.初めての旅路

 2055年1月10日 0時10分
 (日本時間)

「地球からの距離、10万Kmを越えます。」
「ノースポール、全艦異常ありません。」

 ライラさんと小杉さんが報告しました。

 ノースポールはいよいよ飛び立ったのです。

 宇宙に向けて。

 太陽系の諸惑星を巡る試験航海が始まったのです。最初の目的地は金星。地球の1つ内側の惑星です。距離は離れていますが、一応、地球のお隣さんですね。

「大森君、」
「はい。」

 川崎さんが大森さんを呼びました。

「艦内放送を頼む。」
「はい、ちょっとお待ちください・・・、」

 大森さんが端末を叩くと、艦内に短いチャイムが流れました。艦内放送の合図です。

「どうぞ。」

 川崎さん、自分の席のマイクを持って立ち上がりました。

「諸君、川崎だ。」

 川崎さんの声が艦内に響きました。作業中の人も、打合せ中の人も、みんな耳を傾けました。

「後方を見ることができる諸君は、ぜひ、見てほしい。そうでない諸君も艦内に配信中の映像を、ぜひ見てほしい。」

 ノースポールの艦内では、その時々の状況に応じて、映像やデータなど、いろいろな情報が配信されているのです。今は後方に去りゆく地球の姿がライブ配信されています。

「我々の故郷、地球だ。ノースポールは、その地球を旅立って、いよいよ宇宙に出たのだ。全員、ぜひ、この地球の姿を記憶に焼き付けてほしい。もう間もなく、ノースポールが加速を開始すると、当分の間、地球を直接見ることは出来なくなってしまうのだ。その間、地球が今と変わりなく美しい姿を留めていてくれるように願ってほしい。その上で、このあと、太陽系の惑星間空間に出たら、諸君等それぞれに課された目標に向かって作業に取り組んでもらいたい。私からは以上だ。」

 小杉さんもシートを少し倒すと、頭上にあるメインディスプレイを見つめました。青く静かに輝く地球が映っています。

「そうだよな。今までに経験したこともない、桁違いに遠くまで行くんだもんな。」
「そうよね、大学に進学した時に家を離れて一人暮らしを始めたけど、あの時もかなり心細かったわ。しばらくは毎週末実家に帰ってたのよね。」
「これからしばらくは、ちょっと実家に戻ってくる、って訳にはいかないもんね。」

 小杉さんも何か感慨深げです。

「どうした小杉、ライラ、もうホームシックか? 今ならまだ引き返せなくもないぞ。」

 川崎さんが笑顔で尋ねました。小杉さん、シートを戻して後ろを向くと答えました。

「いえ、大丈夫です。このまま航海を続けた方が、きっと、今までに経験したことのないワクワクするような、大切な経験が出来るんです。」

 確かにそれは間違いありません。私たちはこれから、今まで誰も経験したことのないような体験をするのです。太陽系の地球以外の惑星を間近に見ることが出来ると言うだけでも、今から大興奮なんです。

「月軌道まで5分を切りました。」
「よし。」

 ライラさんの報告を聞いた川崎さんが再び立ち上がりました。

「小杉、アラートレベル2を発令。全艦、警戒態勢に入れ。」
「了解。」

 艦内にアラート音が鳴り響きました。

 ちなみに、『アラートレベル』というのはノースポールの置かれている状況の危険度を示す警報です。アラートレベル2は、ノースポールが何らかの危険な状況にあう可能性があることを意味しています。このひとつ上のアラートレベル3は、ノースポールが危険な状況に陥ることが確実な場合に発令されます。もちろん、戦闘もそうした危険のひとつです。なお、アラートレベル1は乗組員全員に至急周知すべき一般的な情報を発報するときに使われます。

 今回は、ノースポールにとって初めての超光速航行の実施に対応しなければならないためのアラートレベルの発令ですね。

「艦長、月軌道を越えました。」
「よし、光速の2倍まで加速するんだ。」
「了解です。」

 ライラさんが足下のペダルをグンと踏み込みました。それに反応してノースポールが加速を始めます。

 でも、加速のためのエンジン音が聞こえたり、船体が振動することもありません。本当に静かです。ブリッジにいる私たちはそれぞれコンソールを監視しているので、ノースポールが凄まじいスピードで加速していることを知ることが出来ますが、おそらく、他の一般の乗組員のみんなは、感じることが出来ないのではないでしょうか。

「速度、光速を越えました。現在光速の120%。さらに加速中。」
「よし、異常はないな?」
「はい、全艦異常なしです。」

 小杉さんの声も明るいです。でも、本当に何も変わらないのです。

「うん、やはり、何も変わらないな。」

 川崎さんがブリッジ内を見回して言いました。小杉さんやライラさんはもう余裕の雰囲気です。何しろ、シーライオンのテスト飛行で既に超光速航行を経験済みなのです。

「大森君は初体験だな。どうかな?」

 その大森さんも、それほど驚いている様子はありません。

「そうね、拍子抜けという気もするけれど、ほんと、何も変わらないのねって感じかしら。外の景色が見えないのは残念だけど。」

 そうですよね。光の速度を超えるということは、少なくとも、光が、ノースポールの後ろから、ノースポールに追いつくことは出来ないのです。私たち人間の目は周囲の景色を光によって見ていますから、その光が来なければ、何も見えないと言うことになるのです。

「艦長、」
「なんだ?」
「速度、光速の2倍に達しました。現在、速度を維持して巡航中です。」

 報告するライラさんの声にも余裕が感じられます。

「よし、予定通り今の速度を5分間維持、その後光速の50%に減速してくれ。」
「はい。」

 基本的には、シーライオンで行った超光速航行試験と同じなのですが、金星までの距離が近いので、超光速での航行時間は短くなってます。

「小杉、」
「はい。」

 川崎さん、今度は小杉さんを呼びました。

「艦内の様子が気になる。まあ、異常はないと思うが念のため状況を調べてくれ。」
「了解です。」

 ノースポールの乗組員は基本的に宇宙飛行士ではないのです。一般の社会で活躍している人達の中から選ばせて頂いた乗組員なのです。まあ、ノースポールの艦内は、地球上と同じ環境になっていますので、それが維持される限りは問題ないと思ってますが、確認は必要でしょう。

 ライラさんがケータイで艦内通話を始めました。

「じゃあ、みんな来て。」

 その、ライラさんのことばに、スピーカの向こうから3人の返事が聞こえました。

「よっしゃー!」
「行きまーす。」
「おー、すぐ行くよ。」

 小杉さんや大森さん、ブリッジにいた全員の視線がライラさんに集まりました。

「何が始まるんだ?」

 川崎さんが尋ねました。

「いえ、別に何も、」

 逆に、ライラさんが驚きの表情です。

「えっと、超光速航行時の航行システムの状況って早いうちにメンバーに見せた方が良いかなと思っていて。」

 そう言っていると、ブリッジに3人の方が入ってきました。

「来たよー、ライラ。」
「お邪魔しまーす。」
「オー、ここがブリッジか。」

 先頭から、六郷真名さん、レオン・エワルド君、そして、カール・バウマンさんの3人です。ライラさんと4人でノースポールのパイロットシフトを組むメンバーです。いくらライラさんが優秀といっても、24時間ずっとひとりで操縦するわけにはいかないですよね。なので、シフト体制を組むのです。

 ライラさんが立ち上がって話し始めました。

「はい、各自見て良いわよ。オートパイロットが切れないように気を付けてね。」
「よっしゃー、一番乗りだ!」

 六郷真名さんです。名前だけ聞くと日本人ですが、日本で生まれてすぐに、2歳の時にご両親の転勤に連れられてアメリカに移り住んでそのまま成長したので英語ネイティブです。ちなみに女性です。

「あー、こんな表示になるんだ。」

 真名さん、サブコンソールのメニューを辿っていろいろな表示を確認しています。

「あっ、この数字。これのもう少し詳しいのが見れるって書いてあったけどどれなんですかね?」

 レオン君です。真名さんの後ろから手を伸ばしてサブコンソールに表示されている数字を指さしてます。彼は既に登場してますよね。ロシアから来た若くして空軍のベテランパイロットも舌を巻く天才パイロットなのです。

「おー、それ調べといたよ。真名、メニュー一個戻して。」
「あいよ。」

 カール・バウマンさんです。ドイツ空軍のパイロットとして空を飛び続けていましたが、いよいよ定年も迫ってきたのですが、

『まだ飛びたい』

と切望していたところ、ノースポール・プロジェクトからオファーが入り、ふたつ返事で決めたのです。戦闘機とノースポールでは機体の大きさがダンチですが、むしろ新鮮な刺激になっているようです。

「ねえ、ライラ、」
「何かしら?」
「ちょっとでいいから操縦できないかな。」

 真名さんです。そうですよね。パイロットとしては、シミュレータではなくて、本物の機体を操縦した時の反応とか知りたいですよね。

「んー、今はダメね。いくら何でも超光速航行の手動操作は危険すぎるわ。」
「ライラ、」

 お、川崎さんです。

「光速以下に減速した後なら試しても良いんじゃないか?」
「えっ、良いですか?」
「うん。パイロットが育たないと今後のノースポールの航海にも差し支えるからな。むしろ頼むよ。」
「ありがとうございます。」
「やったー。よーっし。」

 その時、コンソールでチャイムが鳴りました。ちょうどシートに座っていた真名さんが確認します。

「オートパイロット終了まで30秒。間もなく減速を開始します。アラートは解除。」
「真名、減速が完了したら自動的に手動操舵に切り替わるはずよ。確認して。」
「了解。確認します。」
「おー、そのタイミングは俺も見たいな。」
「あー、僕もです。」

 ちょうど良いタイミングで操縦席に座っていた真名さんの後ろからカールさんとレオンさんが覗き込んでいます。うーん、たった3人ですが、まさに、黒山の人だかりといった様相ですね。

「すごいな、航海部。メンツが濃すぎるよな。」

 小杉さんが驚きの表情で操縦席を眺めています。いやいや、統括部の人達だって十分に濃いですよ、小杉さん。何しろ、訓練も経験も無しで宇宙遊泳をやってのけた人達ですから。

「減速完了。現在光速の50%で巡航中。目的地は金星です。」

 真名さんがテキパキと確認して報告しました。さすがです。たぶん、実物の操縦桿を握るのは今日が初めてだと思うのですが、既に、サブコンソールの機能は熟知しているようです。

「えっと、ちょっとだけいいかしら。」

 操縦席の右側の少しだけ後ろに下がった席でライラさんがコンソールを叩いています。この席は操縦桿もなく、汎用コンソールが置かれているのですが、状況の確認は操縦席と同じことができるのです。

「うん、いいわ。OK。それじゃ、腕試しは真名からかしら?」
「もっちろん。」
「いいわよ。但し制限時間は3分。レオンとカールにも試してほしいからね。それで、進路は現在の設定値から3nsec以上は変化させないこと。速度は3%以上変化させないこと。姿勢は、重力システムの許容範囲なら変えても良いけど、酔う人が出ないようにね。」
「了解! じゃあ、いきまーす。」

 真名さん、足下のペダルを僅かに踏み込みました。そして、操縦桿を前後左右に倒してみます。ノースポールはスムーズにその操作に従います。

「すごい、すごいや。すごい滑らかだ。この子、滑るように動くよ。」

 真名さんが感嘆の声をあげました。

「この調整って、ライラがやったの?」
「鵜の木さんと不動さんにいろいろお願いして調整してもらったのよ。結構無理なお願いもしたけど。」
「はははっ、そうだったですね。」

 鵜の木さんがうれしそうに答えました。いや、でも、当時ライラさんの出した改善箇所のリストは、非常に難しいものもあって実現させるのに本当に時間が掛かりました。

「へー、これはほんと、すごいよ。」

 そうこうしているうちに時間になったようです。

「はい、時間よ。進路と速度、姿勢を戻して。」

 真名さん、興奮しながらも物足りなそうな表情です。

「くそー、もう少し時間が長ければなあ。」
「しょうがないわよ。地球から金星への飛行ではこのくらいが限界だと思うわ。」
「確かにそうなんだけどさ。」

 さて、2番手として操縦席に座ったレオン君ですが・・・、

「・・・確かに動きが滑らかですね。よーし、これならどうだ!」

 おっと、何かやりましたね!

 なんと、ノースポールは進行方向は変えずに180度回頭、つまり、バックで後ろ向きに飛行し始めたです。その回頭中も、回頭後も速度に変化はありません。

「あなたって、大人しそうな顔してるけど以外と大胆なことやるのね。」
「へへへっ、でも、進路も速度も変わってないですよ。」
「それはそうだけど。」

 ノースポールはドライブパネルから発生する駆動力で飛行しているのです。後部のノズルからエネルギーを噴射してその反動で飛行するわけではないのです。なので、前進でも後退でも同じ速度で飛行が可能なのです。例えるなら、F1のマシンがバックでレースしてるようなものでしょうか。

「よーし、次は俺かな。」

 3番手のカールさんが操縦席に座りました。

「あなたは何を見せてくれるのかしら?」

 ライラさん、そんなに挑発しちゃって良いんですか? まあ、カールさんは経験を積んでいるパイロット上がりの人なので、そんなに無茶はしないと思いますが。

「そうだな、操縦系のレスポンスが良さそうだから、曲芸飛行も簡単にできそうだが、」

 えっ、まさか宙返りでもするんですか? まあ、そのくらいなら、重力システムが追随して補正してくれるとは思いますが。

「何しろ、仲間を大勢乗せてるからな。」

 そうです。ノースポールには250人の乗組員がいるんです。そのみんなを危険に晒すのはダメです。

「じゃあ、実用的なので、こんなのはどうだっ!」

 おっ、なんか、ノースポールの姿勢がまた変化しました。今度は・・・、進行方向に対して左90度の角度で、さらに、船体を右に90度倒しています。速度は変わらず、光速の50%です。

「ま、まあ、実用的というか、超高速のエレベータで上に上ってる感じかしら。」

 そうですね、船内に乗ってる私たちから見るとそんなイメージになりますね。うーん、光速の50%で上昇するエレベータ。一体、そのエレベータのある建物は何階建てなのでしょうか?

「うん、なんか良いデータが取れてるね。なかなかこんなテストはできないからね。」

 鵜の木さんが笑顔で端末を叩いてます。

「船体の強度も問題なし、ドライブパネルの制御プログラムも問題なく稼働中、重力システムも正しく追従して稼働中・・・。」

 確かに、急激な姿勢の変化にも、私は何も感じませんでしたが、乗組員のみんなは大丈夫だったのでしょうか。もしかすると、乗り物酔いのような症状が出る可能性もあります。

「小杉、」
「はい。」
「荏原さんに確認してくれ、もしかすると、めまいのような症状を出す者もいるかもしれないからな。」
「あっ、ちょうどいま聞いてみたんですが、今のところ医療室に来た人はいないそうです。」

 そうか、良かったです。

 さて、そうこうしているうちに、金星に到着しそうです。操縦席には再びライラさんが座りました。他の3人もその周りを囲むようにして様子を見ています。

「ノースポールの姿勢を戻します。」

 そうそう、まだ私たち、高速のエレベータに乗ってる状態だったんですね。ライラさんはサブコンソールから設定を変更すると操縦桿をゆっくりと操作しました。真名さんとレオン君、そしてカールさんが操縦席のディスプレイを見つめています。

「うーん、さすが、有人シャトルを操縦していただけのことはあるな。お客さんに優しい操縦だ。」

 カールさんが感心しながらライラさんの操縦を見ています。

「そうですね、僕らの操縦は、だいぶ乱暴だったかもしれないですね。」

 レオン君、ちょっと反省している表情です。

「確かに、ライラの操縦はなかなか真似できないよ。うーん、あとでシミュレータで復習するか。」

 真名さん、ライラさんのテクニックを目の当たりにして考え込んでます。

 ノースポールは姿勢を戻しました。艦首を進行方向に向けて艦の左右の傾斜も0度に戻りました。

「金星まで約3分。減速します。」

 ライラさん、左足をゆっくりと踏み込みました。ノースポールはそれに従って速度を落とします。

「あ、星が見えてきたわ。」

 外を見ていた大森さんが気付きました。ノースポールのスピードが落ちてきたからですね。高速航行中は外が真っ暗になって星も見えないので、やはり、つまらないのです。前方には金星も見えて来ました。どんどん近づいています。明るい黄土色の雲に包まれています。

「周回軌道に入ります。」

 ノースポールは金星を右に見るように、金星の左側に回り込むように進みました。

「周回軌道に入りました。」

 小杉さんも各部署の確認して報告します。

「ノースポール、全艦異常ありません。」
「うん、ありがとう。」

 川崎さん、ことばを続けました。

「そうか、想像以上に早かったな。」

 そうなんです。私たちが地球を出発したのが

 2055年1月10日 0時20分
 (日本時間)

頃でした。そして、今の時刻は

 2055年1月10日 0時41分
 (日本時間)

です。なので、所要時間は21分ほどなんです。みなさん、地球から金星まで21分ですよ! 信じられますか?

「なんか、あっけないよね。」

 小杉さんも笑いながら言いました。

「ライラ、ここ、ほんとに金星なの?」

 真名さん、ちょっといたずらっぽい感じの声です。

「何言ってるの? あんたも確認したわよね?」
「そうですよ、みんなで確認しながら航路パラメータを設定したじゃないですか。」

 レオン君が少しムキになって反論です。

「ハッハッハッ、ま、そうなんだが、確かに、この時間で金星に着くというのは、感覚的には理解できない物があるな。」

 カールさんが素直な表情で答えました。でも、確かにここは金星なんです。私も何度もコンソールで確認しました。ノースポールは地球から2億キロと少しの距離を進んで、太陽から約1.1億Km離れた軌道を公転する、金星に到着したのです。

「あのー、大森さーん、」

 あれっ、ブリッジの左舷側の入口から誰か覗いてます。

「あら、舞ちゃん。」
「はい。もう時間かなと思って来ちゃったんですけど。」
「大丈夫よ。入ってきて。」
「あ、じゃあ、お邪魔します。」

 『舞ちゃん』と呼ばれた女性を先頭に3人ほどがブリッジに入ってきました。

「わあ、」
「ここがブリッジか。」
「すごいですね。」

 みんな、ブリッジの広々とした窓から見える景色に圧倒されています。3人とも、ブリッジの左舷側、大森さんの座る通信コンソールの周りに集まりました。大森さんが部長を務める通信オペレーション部で、ブリッジを担当するシフトメンバーです。池上舞さん、成瀬洋太郎君、エリシュカ・ボレツカーさんです。

 実は、金星に着いたらブリッジ担当のシフトメンバーはブリッジに集まるように指示が出ているのです。あ、統括部と技術部のメンバーも続々と集まってきました。

「あっ、あれっ、月かしら、満月ですね。」

 外を見ていた舞さんがそんなことを話し始めました。

 えっ? 月?

「あっ、ほんとですね。・・・、でも、ちょっと形がいびつなんですね。」

 成瀬君もそんなことを言っています。

 でも、金星には衛星はないはずなのですが。端末を叩いていた私は、その手を止めて舞さんと成瀬さんの方を見ました。2人ともノースポールの前方を指さしています。私は、その指さされた先を見ました。

「えっ、えーーっ!」

 あまりにも驚いた私は声をあげてしまいました。

「えっ、そんなはず・・・。」
「どうしたの、不動さん。」

 私の声を聞いた鵜の木さんが私に尋ねました。

「えっと、えっと・・・、」

 なんか、私、パニックしてます。

「外を見て下さい、鵜の木さん。」
「どうしたの?」
「正面、12時の方向です。」
「う、うん?」
「金星に、衛星があったんです。」
「・・・え、えーー?」

 鵜の木さんも声をあげて正面を見つめました。

 私はレーダーの捉えているデータと、急遽起動した観測システムの観測結果を纏めました。

 そして。

「このデータを見て下さい。確かに、金星の周りを回っています。」
「・・・確かに・・・、衛星だね。あれは。」

 私と鵜の木さんは、お喋りに夢中の通信オペレーション部の4人を見つめました。

「どうした、何かあったのか?」

 川崎さんが、私と鵜の木さんの様子に気が付いたようです。

「ノースポール前方を見て下さい。金星に衛星があったんです。」
「・・・、なんだ、それは?」

 川崎さん、俄には信じられないようです。

「ごくごく簡単な観測ですがデータも取りました。前方に見える、あの物体、と言うか星は、確かに、金星の周りを回っています。」
「んー、これは、すごい発見ではないのか?」
「はい、世紀の大発見です。」
「発見したのは不動君か?」
「いえ、舞さんです。」
「舞君?」

 川崎さんは、大森さんやエリシュカさんと楽しそうにお喋りしている舞さんを見つめました。そのお喋りの輪の横に佇んでいた成瀬さんが、川崎さんと私の視線に気付きました。

「あ、あの、大森さん、みなさん、」
「どうしたの、成瀬君、」

 大森さんが笑顔で答えました。

「あの、艦長が。」

 大森さん、艦長の方を向きました。

「あの、すみません。ご用ですか?」
「いや、君ではなくて、舞君だ。」

 艦長のことばに、舞さん、慌てて答えました。

「え、あ、あの、すみません。何かご用でしょうか。」

 川崎さんは、その緊張気味の舞さんに鋭い笑顔で言いました。

「すごいじゃないか。歴史に名前が残るぞ。」

 舞さん、緊張度がとたんに跳ね上がったようです。

「あ、い、いえ、どうもすみません。私、はしゃぎ過ぎちゃって。」

 川崎さん、相変わらず笑顔です。

「いや、そういう話ではないよ。あれだ。」

 川崎さんは右手でノースポールの前方を指さしました。舞さんも、そして、ブリッジにいた他のメンバー全員がその方向を見つめました。

「君が、あの、金星の月の第1発見者だ。歴史に残る大発見だぞ。」

 舞さん、なんか狐につままれたような顔です。

「そういえば、プロジェクトの研修で、金星には衛星はないって聞いたような気がしますけど、あれが?」

 大森さんが川崎さんに尋ねました。

「うん、これまでの観測では発見できなかったが、実は、衛星があったようだな。それに舞君が最初に気付いたんだ。だから、第1発見者だ。」
「おー、」

 ブリッジ内に歓声が沸きました。

「え、私、別に。」

 舞さん、状況は分かったようですが、まだ、恐縮しています。

「すごいことですよ。たぶん、あの月の名前は舞さんが決めることが出来ると思いますよ。」

 鵜の木さんがまるで自分のことのように誇らしげに言いました。

「すごいじゃない、舞ちゃん。」

 誰ともなく拍手が沸き始めました。金星に到着したばかりのノースポールは、早くも、これまでに誰も見つけることの出来なかった金星の衛星を発見したのです。

 川崎さんが、ブリッジのシフトメンバー全員を前に話しました。

「我々は早くも大きな成果を出した。そもそも、これまで我々人類は、遥か遠く離れた地球上から望遠鏡で観測するか、ごくごく機能を限られた無人探査機で観測することしか出来なかったのだ。それが、ノースポールの誕生により、我々人類自身が、自分の目で、例えば、この金星の間近から直接観測することが可能になったのだ。これだけでも、人類にとっては画期的な進歩と言えるだろう。これからノースポールと諸君は順次予定されていた作業を開始していくわけであるが、我々がこれまでの人類が持つことの出来なかった圧倒的な能力と立場を持っていると言うことを忘れずに、また、それに負けることのないように各自担当の業務に取り組んでもらいたい。私からは以上だ。」

 川崎さん、ブリッジに集まっている全員を見渡しました。

「艦長、」

 小杉さんが挙手しました。ふふっ、学校みたいですね。

「何かな、小杉。」
「はい。いま、艦内時刻で午前0時50分です。予め決めていたシフト勤務は今から始めるとして、金星の探査活動は、本日朝からの開始でいいですか?」
「もちろんだ。こんな夜中から始める必要はない。今夜のシフト担当者はごくろうだが勤務時間に従って艦の監視と維持をしてもらうとして、他の者は朝からの活動に備えて十分休養を取ってもらいたい。その点、ここにいる者だけでなく、すべての部署と乗組員に伝えてもらいたい。小杉、頼めるか?」
「はい。了解です。」
「では、以上だ。」

 そう言うと、川崎さんはブリッジから出て行きました。

 さて、いよいよ、人類史上初の有人惑星探査が始まるのです。最初の舞台は、ここ、金星です。

 なんだか、興奮してきました。どんなことがわかるんだろう。なんか、写真見ただけでもテンションが上がりすぎて血管が切れそうです。ていうか、それ以前に、今夜眠れるのか不安です、私。

 それはともかく、あとは技術部の夜当番である蛍田君と大月さんに任せて、私も上がりたいと思います。

 みなさん、お先に失礼いたします。

(つづく)
Home Page / Next Page / Prev Page
■更新履歴
2023/02/26 登録