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■宇宙船ノースポール 第5章.水星 第3節.祈り 2055年2月4日。13時38分。 (ノースポール艦内時間) 私たちは水星表面での探査活動を終えると、積んでいったお弁当でちょっと遅めのランチを取りました。食後の飲物もゆっくり頂くことが出来ました。 「じゃあ、帰ろうか。」 シーライオンは、ノースポールへの帰途につきました。みんなそれぞれ充足感に満ちた帰り道です。エリーさん、先ほどの船外活動の最後にみんなで撮った記念写真を、端末の横に飾ってます。シーライオンも順調に飛行していました。 「あれっ?」 突然、中原さんが声をあげました。 「前方に金属反応です。11時の方向、距離10000。」 小杉さん、迷わず指示しました。 「よし、調べよう。レオン。」 「はい、進路、左10゜。」 シーライオンは船体を左に傾けつつ進路変更しました。目的地はすぐです。 「あれかな。」 中原さんが前方を指さしました。 「小さいですけど、クレーターになってますね。」 私もセンサーで観察しながら報告しました。シーライオンは、そのクレーターの上空を反時計回りにゆっくりと、人が歩くほどの速度で旋回し始めました。 「クレーターはいいんだけど、あの、真ん中にあるのって何なのか分かりますか?」 小杉さんが指さしながら尋ねました。 確かに、クレーターの中心に何かあります。どうも、何かの残骸のように見えるのですが。 「今までに打ち上げた無人探査機が墜落してるとか、なのかな?」 ノースポールが来る以前に、ここ水星を訪れた無人探査機は3機あります。1974年に水星に接近したマリナー10号。次が、2011年に史上初めて水星の周回軌道に入った、メッセンジャー。そして3機目が2025年のベピ・コロンボです。 果たして、この3機のうち、どれかが墜落した残骸なのでしょうか。私は3機の探査機の記録も見ながら調べました。でも、どうも、データが一致しません。つまり、この3機には該当しないと思うのです。 「ちょっと、一致しないですねー。」 「そうですか・・・。」 小杉さんは少し考えていました。そして。 「ここの位置や写真をノースポールに送ってもらえますか。」 「はい。」 私は、いま手元にある写真やデータを1つのフォルダに集めました。 「エリーさん、」 「はい。」 「ノースポールを呼び出して、艦長につないでもらえますか?」 「了解です。」 ノースポールは周回軌道にいました。位置的にはシーライオンの現在地のちょうど裏側です。 「おっ、」 通信コンソールで着信音が鳴りました。成瀬君が慌ててヘッドセットを付け直すと、応答しました。 「はい、ノースポールです。・・・、はい、ちょっと待って下さい。」 成瀬君、通信を一旦保留にすると、艦長室を呼び出しました。実は、艦長は先ほど、 「私の部屋にいるから、何かあったら呼んでくれ。」 と言って、艦長室に行ったんですね。 「・・・、あ、成瀬です。」 良かった。艦長、いたようですね。時々、艦内をうろついていることもあるので、実は、要注意なのです。 「小杉さんから通信ですので、つなぎます。」 成瀬君、画面の転送ボタンを押すと、椅子を少し引いて、何か床に落ちた物を拾いました。 「これ、どうしよーー。」 おや? それはもしかして、宇宙亭の『どら焼き』ですね。ちょうど1口分くらいあるようです。さっき慌ててヘッドセットを付け直した時に落としてしまったんですかね。その『どら焼き』、私の周りでも人気ありますよ。私もお気に入りで、部屋にもいくつか常備してます。ふふふっ。今日の仕事が終わったら1つ食べちゃおうかな。で、成瀬君、その落ちちゃったのどうします? 「うーん。よし、大丈夫!」 少し悩んだように考えていましたが、そう言うと、落ちてしまった『どら焼き』を口に放り込みました。やったー! そうですよね! 気持ち分かります。 一方、鵜の木さん。何か深刻そうな表情です。何かあったのでしょうか・・・、て、いま、鵜の木さんが見ているメール、私がシーライオンから送ったものだったりするんですが。 突然、ブリッジの入口のドアが開きました。 「鵜の木君はいるか?」 艦長はブリッジに入るなり、重々しい低い声で鵜の木さんを呼びました。 「はい。不動さんのメールを読んでるところです。」 「そうか。」 川崎さん、艦長席に戻りました。 「小杉から連絡を受けたのだが、」 鵜の木さんは、体を起こすとシートごと艦長の方を向いて、真剣な声で伝えました。 「はい。その写真、僕も見ました。間違いなく、何かの人工的な物体が墜落した残骸です。」 「地球から送り込んだ無人探査機なのか?」 鵜の木さん、ちょっと考えてから答えました。 「可能性はありますが、不動さんも書いているように、該当しない可能性が高いです。」 川崎さん、何かの答えを待つ表情で尋ねました。 「つまり、それは・・・、」 鵜の木さん、意識的にはっきりと答えました。 「異星人の宇宙船が墜落した残骸と言うことです。」 川崎さん、艦長席のシートにもたれ掛かりました。 「そうか。そうだな。私もそう思うよ。」 「はい。」 「我々は金星でも異星人の痕跡に出会ったわけだが、ここ水星でも出会うとはな。どうも、地球を取り囲む宇宙は、我々人類が考えている以上に、多くの異星人が活動する賑やかな空間なのかもしれないな。」 そうですね。金星で見つけた、あの巨大な設備。未知の植物が生い茂る、温室のような設備でしたが、あれも間違いなく地球以外の知的生命体が建設したものなのです。 そして、ノースポールの2番目の訪問先である、ここ水星。私たちはここで、異星人のものであることが確実な物体の墜落現場に出会ってしまったのです。 「成瀬君、」 「はい。」 「シーライオンを呼びだしてもらえるか?」 「はい。」 川崎さん、鵜の木さんにも指示しました。 「小杉に、あの残骸の調査を指示しようと思ってる。君と、不動君も連携して作業をサポートしてもらえるか?」 「はい。了解しました。」 シーライオンは、問題の現場上空で待機していました。 「ノースポールはこのあとすぐに現場上空の周回軌道に移動して待機する。何か問題があったら、すぐに連絡してくれ。」 「はい、了解しました。」 「頼むぞ。」 小杉さん、私の席の横に来ました。 「鵜の木さんとの連絡は?」 「取れてます。」 「ありがとうございます。」 「よし、中原、」 今度は中原さんを呼びました。 「着陸できる場所を探してもらえないか?」 「あ、もう探していて座標をレオンに渡してます。」 中原さん、ナイス手回しです。きっと、あの残骸を探査したくてうずうずしてたんですね。いえ、私たちも同じ気持ちです。 「よし、レオン、シーライオンを着陸させて。」 「はい、了解、降下して着陸します。」 シーライオンはクレーター上空での旋回をやめると、高度を下げながら、ゆっくりと問題の残骸に接近しました。 「着陸地点に到着、ランディングギアを展開。」 レオン君は操縦桿のサブコンソールを手早く操作しました。シーライオンの艦底部からランディングギアが伸ばされました。 「着陸します。」 レオン君、慎重に高度を下げます。隣の統括席では中原さんが艦底部カメラで監視しています。着陸の支障になりそうな障害物はないようです。間もなく、シーライオンは水星の表面に着陸しました。 「着陸完了。」 「全艦異常なし。残骸まで100mです。」 レオン君と中原さんが報告しました。それを聞くと小杉さん、再び立ち上がりました。 「中原、」 「はい。」 「一緒に外に出よう。」 そのことばに中原さんの表情がぱあっと明るくなりました。でも、一応小杉さんに質問しました。 「シーライオンはどうなりますか?」 そうです。前回の金星では、中原さんには万が一の場合の任務が任されて、でも、その代わりに外には出られずにシーライオンで待機していたのです。 「うん、今回は一緒に出よう。シーライオンはレオンに任せるよ。」 「がんばります。」 「うん、何か危険を感じたら、迷わずにシーライオンを発進させて、安全な場所で待避して。」 「了解です。」 小杉さん、前回の反省なのか、それともいろいろなパターンを試したいのか。でも、中原さんと2人で出るのも、それはそれでありだと思います。それで、私はどうすればいいでしょうか。 「それと、不動さんも一緒に出ましょう。残骸の分析をお願いしたいです。」 「はい、了解です。」 やった! 私もお出かけです。 「じゃあ、3人は着替えようか。」 私たち3人は宇宙服に着替えると、エアロックから外に出ました。わー、今日2回目の、地球の約半分の重力です。ちなみに、今回は小杉さんの指示で3人とも銃を持っています。まさか、異星人の生存者がいて、その生存者との間で戦闘になるとは思えないのですが、でも、念のためです。その辺りは小杉さんも考えているようで、 「出来れば使いたくないよね。僕らは戦うために水星に来たわけじゃないから。」 と、言われました。全くその通りです。 さて、シーライオンの外に出て驚いたのですが、既に、残骸の一部と思われる金属のパーツがパラパラと落ちているのです。棒状のものや板状のものなど、形は様々です。ただし、それほど大きい物はないようです。 「着陸する時にカメラで見てましたけど、障害になるような大きな物はなかったですよ。」 中原さんが小杉さんに伝えました。 いえいえ、別に疑ってるわけではないので安心して下さい、中原さん。 「だいぶ、腐食してますよね。錆びてるのかな?」 小杉さん、棒のような残骸を持って観察しています。 「たぶん、放射線とか、電磁波とか、あと、昼間の高温と夜の低温の温度差で金属疲労が激しいのかもしれないですね。」 何しろ、水星と太陽の距離は5,800万Kmなのです。これは、地球と太陽の間の距離の40%ほどしかないのです。水星は地球よりもはるかに太陽に近い軌道を公転しているのです。その分、水星は太陽からの強烈な放射線や電磁波、そして、熱に晒されているのです。一説によると、水星は太陽から吹き出す高温のコロナのようなガスの中を通り抜けながら太陽の周りを公転しているのだそうです。さらに、水星表面の気温は昼間が400℃以上にも上がり、逆に夜はマイナス270℃以下にまで下がるのです。このような過酷な条件の影響で、物質の劣化も激しいのでしょうか。 「残骸の近くまで行ってみましょう。」 「はい。」 「そうですね、行きましょう。」 小杉さんと中原さんが並んで前を歩いて、私はその2人の後ろについて行きます。 段々と近づいていくと、かなり大きい残骸もあります。高さが数メートル以上の物や、長さが十数メートル以上のものも複数あります。地面に落ちている残骸の量も近づくにつれて多くなっていきます。 残骸まで5mほどの場所まで来ました。 「大きいですね。」 中原さんがポツリと呟きました。 「でも、シーライオンよりはだいぶ小さいのかな。」 おそらく、全長ではシーライオンの半分から3分の1程度、高さは半分程度の物体だったのだと思います。 「不動さん、」 ヘルメットの中のスピーカから鵜の木さんが私を呼んでます。 「はい、不動です。」 「えっと、たぶん大丈夫だと思うけれど、一応、放射線センサをずっと起動しておいてもらえるかな。」 私もちょっと気になっていたので太陽からの放射線はチェックしていました。今のところ、アラートは出ていなくて、宇宙服で遮蔽できているようです。 「そうか、ならとりあえず大丈夫かな。あとは、その残骸が宇宙船だとすると、エネルギー源があると思うんだ。」 あっ、そこですか。私、うっかりしてました。 「もしかしたら、エネルギー源として放射性物質を使ってるかもしれないから、近づいたり、触ったりする時は気を付けてね。」 「小杉と中原も気を付けてくれ。」 おっ、艦長からも念押しが入りました。 「はい、センサーの感度を調整しておきます。」 「気を付けます。」 「了解しました。」 私たちは残骸の周りを右回りでゆっくりと歩き始めました。 「この先が船首部分ですかね。」 中原さんが形を観察しながら呟きました。 「そうだね。今見えてるのが左舷側なんだろうな。」 残骸は、やはり、宇宙船のようです。どうも、かなり大きい角度で突っ込んで、その直後に地表に落ち込むように倒れ込んだようです。 私たちは右に回り込むように進みました。 「あっ、小杉さん!」 中原さんが大声で叫びました。もちろん、小杉さんも私も、中原さんが見つけた物が何なのか分かりました。 3人とも足を止めました。 「あれって、」 さすがに、小杉さんも驚いているようです。右手を腰のホルダーにあてています。一瞬、銃を取るような素振りを見せましたが、次の瞬間、通信機のスピーカを通じて小杉さんが大きく呼吸する息づかいが聞こえました。そして。 「大丈夫。でも、少し距離を取ろう。」 そう言うと、両手を広げて、中原さんと私を、そして、小杉さん自身も数メートルほど下がりました。 私たちが進もうとしていた先の、やや大きめの瓦礫の影から伸びるように横たわっていたのは、間違いなく、足。人の足だったのです。 「この状況で生き残って、しかも、僕らを攻撃してくるとは思えないけれど。」 私たちは、先ほどよりも遠巻きに、ゆっくりと一歩一歩進みました。段々と、その倒れている人の全身が見えてきました。 「酷いな・・・。」 どうやら、2人、倒れているようです。 遠目にも、助かっているとは思えませんでした。明らかに、宇宙服らしき物を着ていません。この、真空の水星の表面で、人間に似た生物が宇宙服なしで生存できるとは思えません。 「小杉、」 通信機から艦長の声が聞こえて来ました。中原さんの持っているカメラで、私たちの見ている光景をノースポールでも見ているのです。 「はい。」 「近づいてみてくれ。もしも、万が一、生存者がいれば、我々には救助する義務がある。」 「はい。」 「ただし、接近は、ゆっくりでいいぞ。」 「はい、了解です。」 複雑な状況です。 もしもここが地球上で、墜落しているのが地球の航空機なら、私たちは一刻も早くそばに行って、生存者がいればただちに収容しなければなりません。 でも、ここは水星なのです。 そして、墜落しているのは明らかに地球以外の星の宇宙船と思われるのです。当然、倒れているのは異星人。どのような異星人かも不明なのです。まさかとは思いますが、真空の宇宙でも活動できる、しかも、凶暴な異星人だったりしたら。 私たちはゆっくりと、その、横たわっている、地球人に似た姿の生命体に近づきました。 「酷いな・・・。」 私たちは、やっと、その異星人のすぐそばまで近づいていました。 「これは・・・、だめだな。」 宇宙服のスピーカから聞こえて来たのは医療部長の荏原さんの声でした。倒れている異星人の姿を映像で確認したために、急遽、ブリッジに呼ばれたようです。 確かに、仰向けに倒れていて、顔が見えているのですが、生きている生命体的な瑞々しさや肌の張りが全くありません。水分が完全に抜けてしまって皮膚の下の組織も乾ききった上に、強烈な放射線や電磁波を浴びて、劣化しきっているのでしょうか。 「ミイラ、みたいですね。」 中原さん、声が重く、低いです。 そう、私たちに似た姿の2人の方が命を落として、ここに横たわっているのです。私の頭の中に何かが蘇り始めました。そう、あの時も。 私たちは大学の研究室の合宿で、そこ、北海道の大雪山系に行ったのです。そして、2つの尾根の間にはまり込むように佇む、巨大な物体を見つけたのです。明らかに人工的に作られた物体でした。 「これって、まさか。」 私の中でパズルのピースがはまるように、記憶がつながりました。その物体は、前日の夜、夜空を横断した火球、その中に見えた、隕石ではない、何か人工的な物体だったのです。 「昨日の火球だよね。」 私の隣に立っていた鵜の木さんが呟きました。研究室のメンバーの1人が、歪んで開きかけているドアを見つけました。 「ここから入れそうだよ。」 3人ほどのメンバーがドアをこじ開けようとしています。 「いくぞ。せーのっ!」 ドアはきしむような鈍い音を立てながらゆっくりと開きました。メンバーがひとりずつ中に入ります。私も鵜の木さんが入る後ろに続きました。 「うわっ・・・、ひどいな、こりゃ。」 みんな、タオルやハンカチで口を塞ぎました。まだ、内部には煙が漂ってました。焦げ臭い臭いが充満しています。そして、それらと共に、血生臭い臭いも。私たちが入った通路らしき場所に、数名の人達が倒れていたのです。仰向けになってる人、うつ伏せになってる人。、横向きに倒れてる人。みんな目を閉じて固まったように動きません。メンバーの1人が、恐る恐る、倒れている1人の手首をそっと握りました。 「だめだよ、脈がない。」 それでも何度か位置を変えて脈拍を感じようとしますが、少しして諦めたのか、握っていた手をそっと下ろしました。いま思うと、この時点では、まだ、この物体が未来の地球から来たことはわかっていなかったのです。ですから、私たち、地球人と同じように手首で脈を確認できるかどうかもわからないのですが。 「うん、だめだ。死んでる。」 そのことばの中の『死んでる』というフレーズが私の中を電撃のように走りました。頭では理解しているつもりでした。でも、私はその時に初めて、認識できたのです。 『人って・・・、死ぬんだ。』 これが、私の、いえ、私たちの『未来の宇宙船』との出会いなのです。 「不動さん、」 私、誰かに呼ばれてるみたいです。 「不動さん、」 やっぱり、呼ばれてます。・・・小杉さんです。 「不動さん!」 私、ハッとしました。小杉さん、呼んでも応えない、様子のおかしい私の両肩に手を置いて、私を揺するように呼んでくれてたんです。私、あの時の、大雪山系での出来事を思い出して、固まってたみたいなんです。 「あ、すみません、小杉さん。ちょっと、ぼっとしちゃって。」 「大丈夫ですか? 宇宙服の空気の調整が良くないとか。」 「いえ、大丈夫です。ちょっと、考え事しちゃって。」 小杉さん私の両肩に置いていた手を離しました。 「小杉、どうした、何かあったのか?」 川崎さんです。小杉さんが私を呼び続ける声を聞いて心配してくれているのでしょうか。 「はい、ちょっと、不動さんが疲れてたみたいで。でも、大丈夫そうです。」 私も川崎さんに伝えました。 「すみません、ちょっと、ぼんやりして固まってしまったみたいで。」 「大丈夫か? 少し休んでも良いぞ。」 川崎さん、だいぶ心配そうです。 「えっとですね、前に、大雪山系で初めて『未来の宇宙船』の中に入った時のことを思い出してしまって。」 「そうか、あの時の。」 あの時、合宿を引率していた布田教授がいち早く川崎さんに連絡。川崎さんもその日のうちに駆けつけてくれたのです。 「確かに、あの時の記憶は忘れられないよね。僕も、今でも時々、夢に出て来るよ。」 鵜の木さんも呟きました。 私、気が付くと話し始めていました。 「別に、ノースポールや私たちが直接危機に陥ったわけではないのですが、『未来の宇宙船』が飛来して以来、だいぶ大勢の人が亡くなったんだなと思って。」 「そうだな。」 『未来の宇宙船』には250名ほどの方が乗り組んでいたようです。生存者はいませんでした。 「そうだ、ノースポールが飛び立つ日に宇宙ホテルが隕石群に襲われて、確か、11人の人が亡くなったんだよね。」 小杉さんが思い出すように言いました。そうですね。その時は、小杉さん率いる統括部のメンバーの方が、無謀なことに、訓練経験もないのに宇宙空間で宇宙遊泳を行って、宇宙ホテルに孤立していた方々を救助したのです。 「それで、今日、この2人の方ですよね。」 中原さんが神妙な声で言いました。そうなんです。 「でも、それも事実なんだ。目を閉じて通り過ぎるなんてダメだよ。たとえ苦しくても、一度は自分の中に受け入れるべきなんだよ。もちろん、辛い時もあるとは思うけどね。」 鵜の木さんの持論です。事実から目を背けてはいけないのです。事実をなきものにするなど許されないのです。私も、全くそう思います。 「我々はこれからの航海で、さらに悲惨な光景を目にすることになるのかもしれない。しかし、それを見ない振りをして通り過ぎることは許されないのだと私も思う。辛いことだが、しっかりと目を見開いて、何が起きているのかを知るべきなのだ。そして、それこそが、人として行うべきことなのだと思うよ。」 川崎さんのことばはかなり重く感じられました。もちろん、私たちはみんなその内容を理解して認めた上でノースポール・プロジェクトに参加しているのです。でも、頭で理解するのと、実際にその現場を目にすることは全く別なのです。ただ、この重たい事実を自分1人で背負って、しかも、銀河の彼方まで運ばなくても良いのです。ノースポールには250人もの仲間がいるのです。重たい荷物もみんなで分け合って、少しずつ運ぶことも出来るのです。いえ、そういう仲間になれば良いのです。 「他に、」 小杉さんがゆっくりと話し始めました。 「犠牲者がいないかどうか確認しよう。」 中原さんと私は無言で頷きました。 「ゆっくりでいいぞ。」 艦長がことばを添えてくれました。現地にいる私たちを含めて、ブリッジのメンバーにも衝撃が広がっていたのです。そうです。焦って無理に先に進む必要はないのです。私たちはノースポールを完成させたとはいえ、まだまだ初心者なのです。 「了解です。ありがとうございます。」 そう答えると、小杉さんは、ゆっくりと歩き始めました。 地球上で、早足で歩けば1、2分で済むでしょうか。でも、私たちは10分ほどかけて、残骸の周りを一周しました。船体の右舷側、左舷側の壁には文字と思われる表記があります。 「船名が書いてあるんですかねえ。」 中原さんが、その文字らしい表示を観察しています。 「そうだなあ、あとは所属している星の名前とか。」 「そうですよね、きっと書いてあると思います。」 果たして、何と言う名前の星なのでしょうか。 「でも、民間の会社の宇宙船なら会社名が書いてあるような気がしますね。」 むむ、さすが鵜の木さん。この、見知らぬ宇宙船が国や星が所有する船とは限らないのです。地球でも、例えば、トラックや電車には会社名が書かれていますよね。○○運輸とか、○○鉄道とか。いずれにしても、今ここでは何も解決しなさそうです。ひとしきり話し終わると先に進みました。 「だいぶひどく壊れてるよな。」 小杉さん、瓦礫の破損した隙間から中を覗いてます。 「中ってどんなですか?」 中原さんが尋ねました。 「うん、ここは何かの部屋みたいだ。」 「乗組員はいそうか?」 艦長の声がスピーカから流れました。 「この中にはいないですね。」 なるほど、何かの倉庫のような部屋なのでしょうか。 「ここにもいないですね。」 中原さん、別の割れ目から中を確認しています。 見たところそれほど大きな船体ではないようですから、もしかすると、乗組員は2名だけなのかもしれません。これだけ小型の宇宙船で光速を越える速度で恒星間飛行が出来るというのは確かに技術的には優れていると思うのですが、おそらく、何ヶ月間かの航海期間をたった2人だけで過ごすとなると、少し寂しい気もしますね。 そして、私たちは、再び、2人の異星人が倒れている場所まで戻ってきました。 「犠牲者2名を確認。生存者はいません。」 小杉さんが静かに、しかし、明瞭な声で報告しました。 「了解した。遺体と残骸は回収したい。こちらで鵜の木君と検討するので、小杉達は一旦シーライオンに戻って休憩してくれ。」 川崎さんも、落ちついた、抑制された声で伝えました。 「了解しました。」 「うん、少しの時間だが、ゆっくり休んでくれ。」 きっと、私たちの受けた精神的な衝撃も考えて休憩時間を取ってもらえたのだと思います。 私たちは、シーライオンに戻ろうと歩き始めたのですが、突然、小杉さんが立ち止まりました。そして、中原さんと私の方に振り向くと言いました。 「お祈りしていこう。」 中原さんと私は顔を見合わせると、小杉さんに答えました。 「はい。」 「そうですよね。」 私たちは先ほどのお2人の遺体の前に戻りました。小杉さん、姿勢を正して立つと深く礼をしました。私たちもそれに倣います。そして、体を起こすと小杉さんは、胸の前で両手を合わせて、目を閉じました。中原さんも私も同じように手を合わせました。そして、祈りました。 『故郷を離れた星で生を終えた魂が、迷うことなく故郷の星に戻り、そして再び、幸せに包まれますように。』 私たちは祈りました。 ノースポールのブリッジでは、川崎さんが直立不動で敬礼を捧げていました。シーライオンのレオン君とエリーさんも、そして、ノースポールの他のみんなも、それぞれ、祈りました。 2人の魂が無事に故郷に帰れますように。 (つづく) 2023/6/4 はとばみなと
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