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■宇宙巡光艦ノースポール 第6章.太陽 第1節.太陽の日 ピピピピッ、ピピピピッ、・・・ 目覚まし時計のアラームが鳴り始めました。ここは、ノースポール艦内の小杉さんの個室です。 ピピピピッ、ピピピピッ、・・・ アラームは鳴り続けてますが、起きないですねえ、小杉さん。まあ、でも、毎日激務なのです。疲れがたまってるのでしょうか。 いまは、朝の6時を少しだけ回ったところです。もちろんこれは艦内時刻です。宇宙空間には朝とか夜とか言う概念はないのです。ただ、それでは私達人間が生活していく上で不便なので、便宜上、時間を決めたのです。ちなみに、ノースポールの艦内時間は、日高基地のある日本の標準時に合わせられています。 「う、うーーん・・・、」 あ、小杉さん、なんか唸り声をあげています。なんか、もぞもぞっと寝返りを打ってます。目が覚めたのでしょうか。 小杉さーん、朝ですよーー。 起きて下さーい。 起きる時間ですよーーー。 あれっ?! また寝ちゃったみたいなんですが。小杉さんてなかなか起きない人なんでしょうか。アラームもそのまま鳴り続けてます。 そうなると、私じゃなくて、ライラさんとかに起こしてもらわないとダメとか・・・。 ハハハッ、まさか・・・。 よ、よおし。 ンッンー・・・、コホン・・・。 『小杉ー、朝よー。起きてーっ!』 『朝よー、起きてーー。』 ・・・ど、どうかな? 「う、うーーー、」 あっ、何か唸ってます。よおし、もう一押し。 『こ・す・ぎ、あ・さ・よーー。』 どうでしょうか。 「まだ、大丈夫だよ・・・、うーー、」 あっ、右手を伸ばすと目覚まし時計のアラームを止めました。部屋の中に静けさが戻りました。 「んー、ライラ・・・、」 アッ! 寝言ではありますが、いま、はっきり、ライラさんの名前を言ってましたよね? やったー! 私のつたないモノマネでしたが効いたようです。 「うーん、ライ・・・、んー?」 あ、小杉さん、うっすらと目を開きました。 「ライラ?」 そう言うと、小杉さん、むっくりと体を起こしました。 「なんか、ライラの声が聞こえたような気が・・・、」 ふむふむ、それで? 「でも、ゆうべは1人だったしなーー。」 キャーー?! みなさん聞きました? 聞きました? 聞きましたよねー? 『ゆうべは1人だった』 ですって。 ということは・・・?! ハハハハッ、いえ、この先は、みなさんのご想像にお任せいたします。いやー、朝からごちそうさまです。 そんなこんなで、小杉さん、頭をかきながら横を向くとベッドの縁に腰掛けました。 部屋の窓に下ろされたブラインドの隙間から明るい日差しが漏れていました。まるで、地球で迎える朝のようです。 実は、ノースポールは、いま、太陽に非常に近い軌道にいるのです。太陽からの距離は約800万Km。水星が太陽の周りを公転する軌道の半径が約5800万キロメートルですから、その7分の1か、8分の1ほどの半径の小さい、太陽に非常に近い軌道なんです。実際、今のノースポールよりも少しだけ低い、太陽から700万Km付近までは太陽の一番外側の大気である、太陽コロナが存在するのです。地球になぞらえて言うと、ノースポールは太陽の大気圏のすぐ上の、低軌道を巡っている、と言えるのかもしれません。 小杉さんはデスクの上に置いてあったリモコンを取ると、テレビのスイッチを入れました。 「・・・画面は現在の江ノ島の様子です。・・・」 画面の右下に、少し控えめに、『+0.5』と、白抜きの文字で表示されています。これは、地球でのオリジナルの放送よりも0.5時間遅れていることを表しています。要するに、地球の30分遅れで放送されているんですね。 「次は為替相場です。」 「ロシアのザイツェフ政権成立に伴って、ロシアからヨーロッパ各国へのエネルギー供給が安定することも確認されました。これに、ヨーロッパ各市場が好感して値動きも非常に安定しています。」 また、ノースポールの艦内で製作される番組もあって、スタジオも地球の放送局並みの本格的な設備が整えられています。 それから、ノースポールには日本人だけでなくてライラさんやエリーさん、カールさんのように 外国の方も乗り組んでいます。ですから、数こそ少ないのですが、それらの国々のニュースや番組も放送されているんです。 小杉さんはテレビを見ながら、髪を整え始めました。片手でドライヤーを持って寝癖を直すように整えています。それが終わると、壁に作りつけの洋服ダンスの前に行って着替えを始めました。うーん、小杉さん、洋服はそれほど多くは持っていないみたいですね。私も人のことはあまり言えませんが。 小杉さんは着替え終わると照明とテレビのスイッチを切って部屋の外へ出ました。 「おはようございます。」 「あ、おはよう。」 ちょうど中原さんが通りがかりました。 「眠そうですね。」 「いや、そんなこともないけど。でも、もう少し寝たいかな。」 ふんふん、やっぱり業務が忙しいようですね。 2人は艦尾方向に向かって歩きました。通路は2人がちょうど並べるほどの幅で間接照明の落ち着いた雰囲気に包まれています。両側にドアが並んでいて乗組員の個室になっています。ノースポールの乗組員は全員個室が与えられているのです。乗組員のためにどのような生活環境を用意するかはノースポールを建造する時に検討された重要な課題の一つでした。 日高基地でも様々な議論がなされました。 「それにしても、全員個室というのは贅沢すぎると思うが。」 「いや、乗組員は完全に閉鎖された空間で何ヶ月も生活するのです。」 「せめて、確実に休息できる場所を用意すべきでしょう。」 ノースポールの航海中は、すべての乗組員は宇宙船という完全に閉鎖された空間の中だけで生活しなければならないのです。また、地球上の海を航海する船のように甲板に出て外の空気を吸って気分転換をすることもできません。宇宙船という完全に閉じられた空間の中で250人もの乗組員が数ヶ月間、あるいは1年以上も生活しなければならないのです。 「ストレスが原因で作業ミスを犯しでもしたら、とんでもないことになるぞ。」 「そうだ。ストレスが溜まれば仲間割れも起きるかも知るないぞ。」 「250人の乗組員が自分の能力を常に安定して発揮できるような環境を用意すべきだ。」 結果として、乗組員全員にできる限りゆとりのある生活環境を与える必要があると結論づけられたのです。その具体的な解答のひとつとして、すべての乗組員に個室を与えることになったのです。ノースポールでの結果にもよりますが、これから建造される宇宙船でも同じ対応が採られることになっています。 小杉さんと中原さんは艦内レストラン『宇宙亭』に来ました。店の前はかなり混み合っています。ちょうど、これから業務につく、朝番の人達が朝食をとりに来てるんですね。 「おはよう。小杉君、眠そうだね。しゃんとしないと。」 「はあ、すみません。」 宇宙亭のフロア係長、新田恵子さん。ノースポールの乗組員なら知らない人はいない人気者で、女将さんと呼ばれて親しまれています。割烹着を着てほうきとちりとりを持って店内を掃除して回るその姿はまるで街角の食堂から抜け出て来たかのようです。 実は、実際に東京で小さな小料理店を営んでいた夫婦を2人まとめてノースポールのレストラン担当としてスカウトしたんですね。その仕掛け人は艦長の川崎さん。実は、その東京にあった小料理店は、艦長の行きつけのお店だったらしいんです。このお話、もっと詳しいことがわかったら、是非、紹介させてもらえれば・・・、と思っていたのですが、実はもう紹介されてしまってるとか。って、えーっ、ずるいですよーーー。 「女将さん、ほんとに働き者だね。」 「そうかい。お世辞言っても何も出ないよ。」 女将さんは笑いながらそう言うと別の場所を掃除しに行きました。 小杉さんと中原さんは朝定食を注文しました。セルフサービスなので注文した品が出てくるまでカウンターで待ちます。 宇宙亭は24時間営業で、昼夜の区別なくさまざまなメニューを用意しているんです。なので、夜勤の時でも食事に困ることはありません。いつ来ても温かい出来たての料理にありつけるんです。 厨房の中で、先ほどの女将さんのご亭主である新田茂樹が忙しく動き回っているのが見えました。この夫婦2人を含めて20人で人類初の宇宙のレストランは支えられているのです。 「お待たせしました。朝定食です。」 注文した品がトレーに載せられてカウンターの上に置かれました。2人はそれを受け取ると店内を見渡して空いている席を探します。小杉さんと中原さんのように、出勤前に朝食を取る人もいれば、夜勤が終わって食事に来た人もいます。 小杉さんと中原さん、壁際に空いているテーブルを見つけました。 「さて、食べますか。」 「あっ、中原、醤油取って。」 「えーと、あまり入ってないですね。取り替えてきますね。」 「あ、いいよ、それで。」 小杉さんは箸で納豆をまぜると醤油を垂らしました。中原さんはお椀に入れられた生卵を箸で混ぜてご飯の上にかけました。TKGですね。まるで街角の食堂のようなごく普通の食事風景です。でも、ここは地球から遠く離れた宇宙空間に浮かぶノースポールの艦内なのです。 ノースポールは太陽を周回する軌道にいるのです。 「鵜の木君、状況は。」 川崎さんが尋ねました。 「はい。今のところ異常ありません。艦の外壁の温度も正常値です。」 普段は川崎さんはこの時間にはまだブリッジに来ていません。太陽のような恒星の近くを航行した場合の影響を自分自身で確認したかったらしくて、今朝は鵜の木さんよりも早く来たそうです。 ノースポールは、バリアシステムを展開すれば、太陽からの強烈な光も熱も、電磁波も放射線も防ぐことができます。でも、今はバリアシステムを解除していました。ノースポールの外部装甲板はバリアシステムなしでも、相当な高熱や電磁波、放射線を防ぐ耐久性能を持っているのです。今現在の熱や電磁波のレベルであれば、装甲板の性能だけでも十分であるので、それを実際に確認しているのです。 「艦内はどうだ。」 「放射線、電磁波など、いずれも正常値の範囲内です。」 これまでの宇宙船や探査機だったら太陽からの電磁波などの影響で確実に機能不全に陥る距離です。しかし、ノースポールでは、今のところ、すべての機能が正常に稼働していました。 朝食を取り終わって宇宙亭を出ると、小杉さんはブリッジに、中原さんは統括部のオフィスに向かいました。食後にコーヒーを飲んだせいか気分もさっぱりしていました。小杉さんは艦長席の右側を通りながら川崎さんに挨拶をしました。 「おはようございます。」 「うん、ごくろうさま。今日もよろしく頼む。」 小杉さん、ブリッジ内を斜めに横切るように統括席に向かいました。 「おはよう、三田。」 「あっ、おはようございます。」 「お疲れ。交代しよう。」 三田さんは昨夜の夜番です。小杉さんは引き継ぎ事項の確認を行うと席につきました。右隣の操縦席にはレオン君が座ってます。三田さんと同じように夜番担当で、もう間もなくライラさんと交代するはずです。やっぱり、少し疲れているようですね。 「小杉さん、あとよろしくお願いします。」 「ああ、お疲れ様。ゆっくり休んで。」 三田さんは他の乗組員にも声をかけながらブリッジから退出しました。太陽から間近の空間ではありますがノースポールは正常でした。小杉さんは端末を操作しながら三田さんから受け取った引き継ぎメモの確認を続けました。 「おはようございます。」 小杉さんより少し遅れてライラさんがブリッジに現れました。引き継ぎを済ませるとレオン君に代わり操縦席に座ります。 ブリッジの窓からは太陽が見えていました。 肉眼で見ても問題はありません。もちろん、実際はもっと強烈な光や熱を放っていて肉眼で直接見るのは危険です。ノースポールでは、肉眼で見ても安全なレベルに、二重の壁で守っているのです。 1つ目は、バリアシステムです。 バリアシステムは、外部からノースポールに対する光や熱、電磁波、放射線、あるいは、物理的な物体の接近を遮断することができるのです。ですから、通常は、ノースポールと乗組員に影響のないレベルまで、太陽からの光や熱を弱めているのです。 2つ目は、超硬質チタニウムガラスです。 『未来の宇宙船』から見つかった、金属を透明化する技術を使って、チタン合金を透明化した、チタンガラスです。チタン合金の持つ強度は、超硬質化によりさらに強化されています。さらに、このチタンガラスは、もう一つ特徴があって、電圧を加えることで透明度が無段階に変化するのです。従って、太陽の直近にいる現在は、透明度を下げて、光や熱を、乗組員に影響のないレベルまで下げています。なお、このガラスは、ノースポールのすべての窓に使用されています。 ちなみに、先ほど説明したように、現在はバリアシステムを落としているので、その分、ノースポールのすべての窓の透過率を下げて、乗組員のみんなに影響が出ないようにしています。 そう。 太陽は私たちの太陽系の中心であり、そして、自ら光り輝くことで、豊かな光と熱を、この太陽系の隅々にまで届けている恒星なのです。 太陽は、恒星としてはごく普通のタイプに分類されていて、夜空に輝く星々の中にも太陽と同じタイプの恒星は数多く存在します。その直径は約140万キロメートルで地球の約110倍。地球などの惑星は太陽の放出した光を反射して輝いているだけなのです。自分自身で輝いているわけではないのです。この点が恒星と惑星の大きな違いです。 ブリッジのメインスクリーンには太陽の拡大画像が映されています。時折吹き上げられる巨大な炎はプロミネンス、周囲を取り巻いている薄いぼんやりとした気体はコロナです。その映像を指し示しながら私は太陽についての説明をしていました。 「コロナやプロミネンスは普通は観測しにくいんです。」 太陽自身が明るすぎるためです。しかし、皆既日食の最中は太陽自身からの光は遮られるので、月の周囲に太陽のコロナを見ることができるのです。 「写真で見たことがあります。とてもきれいですよね。」 「うん。一度、実際に皆既日食を見てみたいな。」 地球上では太陽と月は見かけ上ほぼ同じ大きさに見えます。ですから、太陽と地球の間に月が入ると太陽の姿は遮られて地上からは見えなくなります。これが日食です。太陽と月の見かけ上の大きさによって起きる現象ですので、どの惑星上でも見られるというわけではありません。 「太陽にも寿命があるって本当なの?」 思い出したかのように、大森さんが質問しました。 「ええ、あります。」 私はメインスクリーンの映像を切り替えました。巨大な雲の塊が映されました。円盤状の姿をしており中心付近の雲は一際明るく輝いています。生まれて間もない頃の、太陽系の想像図であす。まだ、ずっとずっと後のことになりますが、この雲の中から地球も誕生するのです。そして、さらに、ずっとずっと経ってから、私達人類も誕生するのです。 「私たちの太陽は46億年前に生まれたと言われています。」 私達の太陽と太陽系が生まれる前にも、今の私達の太陽系のある辺りには、別の太陽系が存在していたと考えられています。もちろん、その、別の太陽の周りを回る惑星も存在していたかも知れません。 「その中には、地球のような惑星もあったのかしら?」 「もしかしたら、あったのかもしれないですね。」 「でも、きっと、途方もない昔の話よね。」 大森さん、そう言うと窓の外の太陽に視線を向けました。 その、別の太陽は星としての寿命を終えて超新星爆発を起こしたと考えられています。その時に様々な物質が大量に放出されますが、それらの物質が重力によって再び集まり始めて、そしてついに輝き始めたとされています。それこそが、私達の太陽の誕生で、そして、その輝きを包む周囲の雲が太陽系へと成長していくのです。 「宇宙って、そうして、同じようなことを、ずっと繰り返しているのかしら?」 「ずっと、かどうかはわかりませんが、でも、繰り返されているんだと思います。」 「輪廻転生の世界のようね。」 果たして、宗教の思想が、宇宙の営みを表しているのかどうかはわかりませんが、通じるところがあるのも事実ですね。 それで、 太陽が生まれて、成長していくのと同時に、周囲を包む物質の雲から、地球などの惑星も形作られていったのです。もちろん、最初から現在の太陽系と同じ姿をしていたわけではありません。長い時間の中で徐々に形作られたと考えられています。 「それで、太陽の寿命はあとどのくらいなのかしら。」 「あと数十億年と言われています。いま、太陽は生涯のちょうど半ばで、一番安定している時期だと思われています。だから、私達のような生命が繁栄できるわけですね。」 寿命が尽きた恒星でどのような現象が起こるのかはそれぞれの星の大きさなどの条件によって異なると考えられています。 超新星爆発と呼ばれる激しい爆発を起こして最期を遂げる恒星もあります。 私達の太陽は年老いていくと徐々に膨張した後にゆっくりと冷えていって、最後には白色矮星と呼ばれる星に変化していくと予想されています。 「そのころ、私たちってどうなるのかしら。」 大森さんが少し心細そうに質問しました。 「太陽がそんな状態になったら地球上で生命は生きていけないですね。ていうか、その前の太陽が膨張する段階で、水星や金星、そして地球も、その膨張する太陽に飲み込まれてしまうと言われています。」 もちろん、それは何十億年という気の遠くなるほど先の話しです。その時に地球人がどのように進化しているのか、どのような文明になっているのか予想もできません。でも、地球人が現在のまま文明を発達させていれば、なんらかの対策を取るに違いないでしょう。 地球や太陽系に住めなくなったとしても、太陽系から脱出して地球人の新たな故郷となる星を探すことになるのかもしれません。夢物語のような話しにも聞こえますが、ノースポールが完成した今、太陽系の外に飛び出して人類の故郷となる第2の太陽系を探すことも不可能な話しではないのです。 「なんか、想像もつかないわね。」 大森さんの表情も、理解できたのかできないのかはっきりしていません。 私が大森さんに説明をしていた時、小杉さんは医療部の奥にある小さなミーティングスペースで、荏原さんと鵜の木さんの3人で話をしていました。 小杉さんは順番に質問していました。 「あの、金星で回収したメモリカードですが、どうですか?」 その質問に、鵜の木さんが話し始めました。 「あのメモリカードは、とってもシンプルな仕様でできていることがわかってます。で、その中に保存されているファイルのフォーマットを説明しているファイルも見つけています。これですね。」 鵜の木さんが壁のディスプレイに異星人の作成した説明図を表示しました。 「なんか、わからないけど、確かに何かを説明してるような気がしますね。」 「はい。メモリカードには、この図と、もう一つ、かなり大きなファイルが保存されてるんです。そのファイルの再生方法をこの図で説明してるみたいなんです。」 「ふーん、何が再生され・・・、」 小杉さん、なんかわかったようです。 「もしかして、あの時の動画ですか?」 「僕もそう思ってます。実は再生用のプログラムはもうかなり出来ていて、次回のリーダー会議で、みんなにお見せできそうです。」 「へー、すごいや。でも、ことばがわからないですね?」 「そうなんですよね。動画といっしょに何か情報が見つかるといいんですが。」 「でも、」 それまで、2人の会話を聞いていた荏原さんが話し始めました。 「異星人の技術を僅かでも知ることができたことになるんだよね?」 「はい。そうですね。」 「それだけでも、画期的なことではないのかな。」 その通りです。例えあの時の動画だけだったとしても、異星人が記録した生のデータを、解析できたことになるのです。凄いことだと思います。 小杉さん、続いて、水星の話題に移りました。 「あの、水星で犠牲になった異星人のほうはどうですか、何かわかりましたか?」 荏原さん、慎重に話し始めました。 「そうだね。まず、全身の形は地球人と同じだよ。胴体と2本の腕、2本の足、そして、胴体の上には頭部が乗っている。骨格から予想して、間違いなく二足歩行している。実際に、両足には靴のようなものを履いていて、逆に両手は出していたからね。」 二足歩行ができるのは地球では人間と猿でしょうか。ただし、人間は完全に足だけで歩行しますが、猿は手をついて四つ足で歩くことも多いです。 「内臓とかどうなんですか?」 「んー、劣化して癒着してしまっていたりしてわかりにくい部分もあるんだがね。ただ、地球人と全く同じではないけれど、大凡、似たような機能のある内臓を持っているようだね。」 一体どんなところが似ているのでしょうか。 「まずは、顔の作りだ。驚くほど地球人に似ている。2つの目に、2つの耳。そして、鼻と口が一つずつある。」 確かにそうですね。この宇宙には、目が4つある人類や、口が2つある人類はいるのでしょうか。 んー、口が2つの人類、もしもいたとして、口喧嘩になったら勝てなさそうですね。でも、口が2つあったら、1人でデュエットを歌うことが出来るかも知れません。それは凄いかも。 「鼻からつながる管は首を通って胸に左右一つずつある内臓につながっている。」 「それって、肺ってことですか? それで呼吸しているんですかね?」 「うん。間違いないね。」 ただし、どんな気体で呼吸していたかは、まだわからないのだそうです。もしかしたら、私達とは違って、二酸化炭素を吸って酸素を吐き出すような異星人もいたりするのでしょうか。 「あと口からつながる管は胴体の別の内臓につながっている。」 「胃ですか?」 「うん。たぶんね。その証拠に、その胃らしき内臓には、とても長い管のような臓器がつながっている。もうわかるだろ?」 「小腸、消化器官ですか?」 「そうだ。」 ちなみに、私達人類と同じように、消化しきれなかった残骸は体の外に排泄するようです。 「どうやら、体の構造だけ見ると、僕達地球人とそんなに変わらないようなんだ。」 確かに、似てますねー。そんなに似ているということは起こりうるのでしょうか。 「あと、もちろん、脳もある。頭部の頭蓋骨の中にある。体積は地球人よりも小さいようだが、実は全体の体格が地球人よりも少し小柄なようなので、体の大きさに対する脳の大きさの割合としては地球人とほぼ同じなんだな。」 「そうだよな。あの異星人も間違いなく恒星間飛行をしてるんですよね。技術的には地球人よりも、むしろ進んでいるような気がするんです。」 私も鵜の木さんの意見に賛成です。体は小さくても、きっと、彼らの方が技術力は上だと思うんです。 「その、宇宙船の方は何かわかったんですか?」 「えっとですね、」 今度は鵜の木さんが話し始めました。 「全長はおそらく20mほどだと思います。一番前に操縦室があって、横に2人並んで座って操縦していたようです。」 幅が狭ければ、前後の複座というのもありですが、この宇宙艇は幅が比較的広かったようなのです。シーライオンと同じ8メートル程度はあったと思われます。 「船の中央部分に何らかの居住スペースがあったようです。おそらく、寝室とキッチンだったと思われます。」 どうやら、この異星人は、文化も私達と似ているようなのです。寝る時は私達の使うベッドによく似た、柔らかめの寝床に寝ていたようなのです。そして、キッチンも私達の知るキッチンに似ているようなのです。 ふーむ。これだけ見ただけでも、なんか他人とは思えない、本当に身近な存在のように思えますよね。この異星人の星は今でも健在なのでしょうか。どの辺にあるのでしょうか。 「あと、船の動力ですが、ノースポールと同じようなエネルギー鉱石を使っています。その鉱石も残骸の中から見つかったので、別途分析中です。ちなみに、ビーナス・メタルと同じで放射線は出さないようです。」 そうなんです。人類や生命体に無害なエネルギー鉱石は、ビーナス・メタルだけではないんですね。しかも、ビーナス・メタルと同じように、恒星間飛行を可能にするほどのエネルギーを発生させることが出来るはずなのです。 私達とノースポールの旅、まだ始まったばかりというのに、なんか、凄いことになってきました。まさに、これまでとは全く違う宇宙観が開けてきたような気がするのです。なんか、興奮してしまって、しばらく寝られない日々が続きそうです。 それでは、私、もう少し分析を続けたいので。 (つづく) 2023/08/20 はとばみなと
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■更新履歴 2023/08/20 登録