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■宇宙巡光艦ノースポール 第6章.太陽 第2節.シーライオン、消滅 2055年3月1日 午前10時過ぎ (ノースポール艦内時間) シーライオンはノースポールから発進して、太陽表面から1万5千Kmほど上空の、太陽コロナと呼ばれるエリアを飛行していました。太陽を取り巻く大気の観測を行うのが目的です。 太陽は気体の塊ですので、地球のような明確な地表はありません。ですが、地球上からの観測では円盤状に見える部分があります。これを『光球』と呼んでいて、この光球が便宜上、太陽の表面とされています。 この光球の周囲を『彩層』と呼ばれるプラズマの層が包んでいます。温度は約7,000~10,000℃で、厚さは約2,000Km。 この彩層の外側を『遷移層』と呼ばれる薄い層が包んで、その外側を『コロナ』が包んでいます。このコロナもプラズマの層ですが温度は約200万℃もあるのです。厚さは太陽の半径の約10倍の700万Kmにも及びます。 ■太陽の大気の構造 「なんか、凄い場所ですよね、太陽って。見渡す限り火の海が続いているし、外の温度は200万℃もあるし。」 中原さん、統括席でシーライオンの監視をしながら、外の光景を眺めています。 「確かになあ、一面見渡す限り燃え上がってるんだよな。人は生きてる間に悪いことをすると、死んだ時に地獄に落ちるって言うけど、こんな場所なのかなあ?」 小杉さんもその光景に驚きを隠せません。 確かに、眼下は火の海ですが、シーライオンが飛行している場所はコロナの中で、上で書いたように200万℃もあるのです。当然、シーライオンはバリアシステムを展開してコロナの超高温から船体を守っているのです。 「でも、みなさん、ご存じのように、このあと、シーライオンは高度をさらに下げて、あの火の海へと入って行くんですよね。まあ、地獄に下りていくというか。」 言葉とは裏腹に、鵜の木さん、何か楽しそうです。これから、太陽の大気を各層ごとに観測するんですね。 「何しろ、太陽では自然に核融合反応が起きてるんですよね。だから、僕達が見ているのは、核融合の光なんです。」 「・・・、すみません、なんか、ちんぷんかんぷんで。」 鵜の木さんの隣の席に座る通信オペレータの成瀬君は、説明を聞いて、申し訳なさそうに答えました。 「大丈夫だよ、成瀬君。僕もちんぷんかんぷんだから。」 小杉さんが、なんか、ドヤ顔で言いました。いや、小杉さんは少しはわかっていてくれてないと、まずいんじゃないかと思うのですが。 「まあ、難しいのも事実ですけど、少しはわかってもらえた方が、ノースポールでの活動も、今より楽しくなると思いますよ。」 さすが、鵜の木さん。やんわりとは言いましたが、これはもう、「いいから勉強しろ!」ってことですよね。私も、みんな、もう少しだけ勉強してくれるとうれしいんですよね。 まあ、気を取り直して。 その、太陽ですが、言うまでもなく、私たちの住む太陽系の中心にある恒星です。自ら光り輝いて、明るい光や、温かい熱を、太陽系の宇宙空間に供給しているのです。私たちの住む地球が、朝になると明るい日差しに照らされて、そして、温かく感じることができるのも、すべて、太陽のおかげなのです。 ちなみに、自ら光り輝く星が恒星です。そして、その恒星の周囲を回っている星が惑星です。厳密に言うともう少し細かい定義もあるのですが、大まかには、今話したような理解で良いと思います。 「それで、太陽で、その、何とか反応が起きているというのは、どういうことなんですか?」 おっ、成瀬君、勉強熱心でよろしいですね。 えっと、『核融合反応』ですね。 「核融合、核が融合するんですかねえ・・・」 まあ、あの、そのまんまな感じの説明ですが、実はそれで正しいです。太陽の中心部では、4つの水素原子から、1つのヘリウム4が生み出される反応が起きてるんです。 「えっと、原子って、物質の中にあるんでしたっけ? それと、ヘリウム4というのは???」 え、えっと、水素原子はとってもシンプルな構造をしていて、1つの原子核と、1つの電子でできているんです。 「ふーん、地球と月みたいにですかね?」 そうそう、まさにその通りなんです。その例えで言うと、地球が原子核で、月が電子ということになります。で、太陽の中心部では、この水素原子4つが融合する反応が起きてるんですね。 「で、その、ヘリウム4という謎の物質が生まれると。」 えっと、ごめんなさい。詳しい説明は端折りますが、ヘリウムという気体は知ってますか? 「もしかして、あの、声が変わる奴ですか?」 そうそう、それです。それで、ヘリウム4というのは、ヘリウムの同位体なんです。 「え、あの・・・、同位・・・体、って?」 えっと、えっと、えっと、・・・。やっぱり説明しないとわからないですよね。 さっき、水素は、1つの原子核と、1つの電子でできてるって言ったと思います。その言い方を真似すると、ヘリウムは、1つの原子核と、2つの電子からできている、と言うことができます。 「わかりました! 電子の数で、どの物質なのかがわかるんですね?」 うーん、残念ながら違うんです。実は、原子核の中には、陽子という物質と、大抵の場合は、中性子が、それぞれいくつかずつ入ってるんです。 「なんか、後出しジャンケン的な話になってきましたね。」 ごめんなさい、説明が悪くて。それで、物質を決めるのは、原子核の中の、陽子の数なんです。例えば、水素の場合は、陽子は1つです。そして、ヘリウムでは、陽子は2つなんです。 「中性子というのは、どうなってるんですか?」 はい。水素の原子核の中には中性子はありません。だから、水素の原子核の中にあるのは、たった1つの陽子だけなんです。 「へー、シンプル、って言うか、寂しい感じですね。」 はい。それで、ヘリウムの原子核の中には、陽子が2つと、中性子が2つ入っているんです。 「へー、少し賑やかになってきましたね。」 そうなんです。 先ほど、物質を決めるのは、原子核の中にある陽子の個数だと言いましたよね? 「あ、水素は1つで、ヘリウムは2つって。」 おっ、素晴らしい。 じゃあ、ヘリウムの原子核の中の中性子の数は覚えてすか? 「えっと、確か2つって聞いたような。」 はい、そうです。 でも、実は中性子の数が1つしかないヘリウムもあるんです。 「えっ、また、後出しですね!」 まあまあ、そう言わずに聞いて下さい。 物質としての性質を決めるのは、あくまで、陽子の数なんです。だから、中性子が1つのヘリウムも、中性子が2つのヘリウムも、どちらも、化学的には同じ性質を持っているんです。 「へー。」 それで、このように、陽子の数は同じだけど、中性子の数が違う物質のことを、同位体と言うんです。 「出た! 同位体。すっかり忘れてました。」 はははっ、説明が長いですからね。 それで、中性子が1つのヘリウムのことを、ヘリウム3、中性子が2つのヘリウムのことを、ヘリウム4と言うんです。 「キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!、ヘリウム4! ドンドンドン、パフパフッ!」 いや、そこまで盛り上がらなくても・・・。 ■水素とヘリウム3とヘリウム4 で、もう少しだけ付け加えると、その太陽の中心部で行われる核融合反応の時に、同時に、光や電磁波が発生するのです。そして、その、光や電磁波は太陽の中心部から、太陽の表面に向かって広がっていって、表面から、さらに、太陽の外に向かって放出されるのです。この、光が、地球上にいる私たちの感じる光になるわけですね。 ちなみに、大幅に端折って説明しました。『説明が雑すぎる』というようなご指摘は、ご勘弁頂ければと思います。 「ふーん、物質同士が融合して、別の物質ができる、ていうことなのかなあ。」 成瀬君、表情が超真面目モードです。 鵜の木さんが、シートごと成瀬君の方を向くと、ちょっと感心したような表情で言いました。 「うん、ひとまず、その理解でいいと思うよ。」 ふふふ、成瀬君、まだ、考えてる顔つきです。 シーライオンは飛行を続けました。太陽の全域とはいかないのですが、できるだけ多くの場所、そして、様々な高度で、どのような成分の大気が放出されているのかを観測するためです。 「W27ブロックの調査完了。」 「えっと、次はW58ブロック。」 「了解、カールさん、座標を送りました。」 「おー、来てるよ。いまセットした。発進する。」 手順は事前に打ち合わせていたので作業はスムーズに進んでいました。 「成瀬君、」 鵜の木さんが呼びました。 「はい、なんですか?」 成瀬君、先ほどまでしていた核融合反応の話のせいか、まだ考える表情です。 「太陽って、もう少しわかりやすい、面白い特徴もあるんだよ。」 「へー、なんですか?」 何でしょう? 私も興味あります。鵜の木さんはキーボードを叩くと、太陽全体の見える映像をメインディスプレイに表示しました。 「えっと、太陽って、ねじれてるんだ。」 「ねじれてる?」 成瀬君、驚いたのか、意外すぎる言葉だったのか、狐につままれたような表情です。 私は、何の話かわかりました。その件は、ちょっと面白くて、誰でも理解しやすいかも知れません。鵜の木さんが説明を続けます。 「えっと、地球が自転しているっていうのはわかるよね?」 「はい、こう、自分自身で回転してるんですよね。」 成瀬君が右手でジェスチャーで答えようとしてます。 「うん、そう、それ。」 「はい。」 「それで、太陽も自転してるんだ。」 「ふーん、でも、星ってみんな自転してるんじゃないんですか?」 はい。仰るとおりです。地球はもちろん、月も、火星も木星も、みんな自転しています。 「うん。それで、太陽も自転してるんだけど、自転の仕方がおかしいんだよ。」 「はい。」 「太陽の表面上の場所によって、自転のスピードが違うんだ。」 「それって、どういうことですか?」 成瀬君、納得してないぞ! の表情です。 「例えば、地球だったら、日本でも、ロシアでもタイやベトナム、インドネシアや、オーストラリア。どこの国に行っても、1日は24時間だよね。」 「そ、それはそうですね。」 おっと、成瀬君の表情が変わりました。何か驚愕の事実を知らされる予感を感じてるのでしょうか。 「太陽ではね、それが違うんだ。」 「えっ?」 「太陽では、緯度によって自転の速度が違う、つまり、緯度によって、1日の長さが違うんだよね。」 「え、えー?」 いいですねー、その驚いた顔。そんな表情の成瀬君も可愛いです。 「まあ、地球で例えると、1日の長さが、日本は24時間だけど、インドネシアは20時間で、ロシアは28時間、みたいな感じだね。」 具体的に説明すると、太陽の赤道周辺が自転速度が一番速くて、27日と6時間。 ・緯度30度付近は28日と4時間。 ・緯度60度付近は30日と19時間。 そして、 ・緯度75度付近は31日と19時間、 のようになっています。緯度が高くなるほど自転速度が遅くなって、1日の長さは長くなるんですね。 「ん、あれっ?」 成瀬君が、またまた混乱してる表情です。 「それって、」 「何か質問かな?」 鵜の木さんは余裕の表情です。 「あの、もしかして、場所によって自転速度が違うってことは、地面が段々とずれていってるってことですか?」 「そう、そうなんだよね。」 「でも、ってことは、隣の国同士がどんどん変わっていくってことですか?」 そうですね。地球で例えるとそうなりますよね。太陽では、地図を作ることができないんですね。地面がどんどんずれて、変わってしまうから。うーん、そうやって考えると変な星なんですね。太陽って。 「まあ、地球に例えるとそうなるけれど、太陽は気体のかたまりだからね。地球のような、固い地面はないし。」 実は、同じ現象は、太陽だけではなくて、木星や土星、天王星、海王星でも起きているのです。つまり、気体でできた惑星、恒星ではごく当たり前の現象なのかもしれません。 順調に飛行を続けるシーライオン。操縦桿を預かるカールさんも余裕の表情です。 「速度、進路、異常なし、と。」 操縦桿の右手に置いた飲物のボトルを手にすると、2口ほど飲みました。 「このくらいの余裕があると楽だよな。」 太陽直近での観測。しかも、有人宇宙船による観測。まさに、これまでは行うことの出来なかった画期的な出来事なのです。 とは言え、作業は順調で、観測項目も順調に消化していきました。 が、しかし突然、シーライオンの船内で異常が起きようとしていたのです。カーゴルームの最前部、3つ並んで設置されている機器ボックスの1つ、第5機器ボックスです。 『ボンッッ!』 突然、激しい破裂音が鳴り響きました。 「ん?」 ブリッジにいた全員がこの異音に気付きました。問題の機器ボックスのドアの周囲からは大量の煙が漏れ始めていました。その煙自体は、すぐに収まったのですが・・・。 この異変について、小杉さんが鵜の木さんに聞こうとした瞬間、ブリッジ内にアラートが鳴り響き始めました。 「おっ、どうした?」 カールさんが真っ先に反応しました。操縦桿のサブコンソールの表示が切り替わっていました。 「な、なんだ?」 赤い反転文字で 『All Drive Panels were Down.』 と表示されています。 カールさんの表情が一転、険しい表情に変わりました。操縦桿を動かして進路変更しようとしました。次いで、右足のペダルを思い切り踏み込みます。そして、叫びました。 「すべてのドライブパネルが停止した。進路変更、速度変更供に不可能。」 すかさず小杉さんが叫びました。 「中原、再起動だ、急げ!」 しかし、中原さんからは危機的な回答が返ってきました。 「やってますが・・・、ダメです! 再起動コマンドがエラーを返してます。何度実行しても変わりません。」 再び、カールさんが叫びました。 「艦の姿勢が乱れ始めた。左に傾斜している。進路も左に逸れ始めた。」 小杉さんはブリッジの正面前方を見ました。確かに、太陽の表面、地球で言うところの地平線が徐々に右に傾いています。先ほどまでは水平に見えていたはずです。 「姿勢制御できないですか?」 「ドライブパネルがダウンしているんだ。俺の方では何もできない。」 珍しくカールさんも緊張しています。それだけの緊急事態なのです。小杉さん、立ち上がると、1つ前の席に駆け寄りました。まず、左側の席に座る成瀬君に鋭く指示しました。 「ノースポールにSOSを打電して。」 「は、はい。」 そして、右の席に座っている鵜の木さんに質問しました。 「何が起きてるんですか?」 「わ、わかりません。確かに、ドライブパネルが完全に停止してます。な、なぜだ?!」 鵜の木さんが激しくキーボードを叩いています。 「他のシステムはどうなんですか? 艦内環境維持システムや、バリアシステムは?」 鵜の木さんキーボードを叩きます。 「OEMS、正常です。で・・・、バリアシステムも正常です。」 とは言え、今いる場所は普通の場所ではないのです。灼熱に燃えさかる太陽の表面近くなのです。鵜の木さんが引き続きキーボードを叩きます。 「リアクタは・・・、VMリアクタは正常。大丈夫、間違いありません。・・・、ていうことは、エネルギー伝送系なのか・・・?」 「でも、伝送系もステータスは正常です!」 中原さんが鋭く報告しました。自席のコンソールで確認したようです。 「確かに、正常だ。」 鵜の木さんも、中原さんと同じ、シーライオンの主要装備のステータスを一覧表示する画面を睨んでいました。 「でも、そんなはずは・・・、」 鵜の木さん、一瞬、混乱した表情を見せましたが、再び、画面をコマンドコンソールに切り替えると、猛烈な勢いでキーを叩き始めました。何かのコマンドを実行すると、画面に流れるように出力された実行結果を確認していきます。 「あっ、ここだ。」 「何ですか?」 小杉さんが強い声で質しました。 「これです。」 鵜の木さんが画面を指さしました。しかし、それは文字だけで示すコマンドコンソール。この画面を完全に読み取ることができるのは、鵜の木さんなど、技術部のメンバーだけなのです。 鵜の木さんが鋭い声で報告しました。 「36番のデバイスでハード障害。えっと、」 鵜の木さん、手元の手帳を捲りました。ケーパッドではなくて、今でも一部の人には愛用され続けている紙の手帳、システム手帳です。もちろん、鵜の木さんも普段はケーパッドも使います。でも、常に紙の手帳も持ち歩いているのです。 「システムがダウンしたら、ケーパッドでは何も確認できなくなるかもしれないじゃないですか。」 その通りです。万が一、すべての電力供給が停止しても、システム手帳ならば情報を見ることが可能なのです。 「えっと、36番、36・・・、」 手書きの、しかし、きれいにまとめられたリストを指でなぞりながら問題の機器を探します。その指の動きが止まりました。その行の左端に『36』の文字が見えます。 「そうか、くそっ・・・、」 鵜の木さんの手が細かく震え始めました。両手を思い切り振り上げると、デスクを激しく殴りました。 「エネルギー分配マトリクスだっ!」 そう吐き捨てるように言うと棒立ちになりました。 「鵜の木さん!」 横に立つ小杉さんに、鵜の木さんが説明を始めました。 「リアクタから取り出したVMエネルギーを、左舷、右舷などのドライブパネルに分配するパーツがあるんです。それが、エネルギー分配マトリクスです。そいつのハード障害、故障です。」 「バックアップ系は?」 小杉さんが詰め寄りました。そうなんです。ノースポールもシーライオンも、基本的にすべての回路が冗長化されているなずなのです。一方の回路が故障しても、もう一方の回路が自動的にバックアップ系として働くはずなのです。 「その、マトリクスの部分は、回路の構成上、どうしても二重化できなかったんです。」 シングルポイントですね。シーライオンの設計段階で何度も検討されたんですが、どうしても冗長化できなかったんです。 ちなみに、エネルギー分配マトリクスは、ノースポールでも使われていて、やはり、シングルポイントになっているのです。 「交換できないんですか?」 そうです。予備のパーツがあれば交換すれば復旧させることができます。しかし。 「すみません。」 鵜の木さん、神妙な表情で話し始めました。 「シーライオンには交換用の、エネルギー分配マトリクスは積んでないんです。」 「えっ?」 意外な答えに、小杉さんは聞き返しました。 「そのマトリクスはとても高価な素材でできている、非常に高価なパーツなんです。それで、交換用のパーツを積もうという話は何度も出たんですが、結局、費用の承認が下りなくて・・・、それで、こんなことになってしまったんです。」 鵜の木さん、腕を組んだまま俯いてしまいました。 「それでどうする? 速度も高度も下がってる。このままだと、太陽に落ちるぞ。」 カールさんが小杉さんと鵜の木さんの方を見て尋ねました。 「今のところ、打つ手なしです。すみません。全部、僕の責任です。交換用パーツの件、もっと強く言っていれば。」 小杉さんとカールさん、顔を見合わせました。 打つ手がない。 それが何を意味するのか。 それを理解する瞬間が来てしまったのか。 いえ、小杉さんもカールさんも、まだ、そこまで思考が回りませんでした。 打つ手がない。 ただ、そのフレーズだけが、頭の中で、やまびこのように響いていました。 シーライオンの異常は、ノースポールでも検知していました。 「シーライオンからSOSを受信。」 川崎さんが鋭く立ち上がりました。何かを指示しようとしましたが、それを遮るように私も報告しました。 「シーライオンの推力が完全にダウン。速度低下。太陽からの高度、どんどん下がってます。」 川崎さん、腕を組んで指示しました。 「三田、アラートレベル3発令。」 「はい。」 「エリー君、シーライオンを呼び出してくれ。」 「了解。」 川崎さん、私の席の横に来ました。 「何が起きてるんだ?」 「ドライブパネルです。すべてのドライブパネルが突然ダウンして、まだ回復していません。高度下がり続けています。現在、1000・・・、900。」 「エリー君、シーライオンは?」 川崎さん、鋭く質しました。 「だめです。つながってるんですが誰も答えてくれません。」 エリーさんが、シーライオンとつながっているはずの回線の音声を、ノースポールのブリッジのスピーカーにつなぎました。 『そうか、くそっ、エネルギー分配マトリクスだ。』 鵜の木さんの声です。 『どんっ!』 激しい音も聞こえました。誰かがデスクを殴ったようです。 『交換できないんですか?』 鵜の木さんと小杉さんが大声で話しているようです。 「いま、エネルギー分配マトリクスって聞こえました。」 私は川崎さんに伝えました。 「そうか、あのパーツか?」 「はい、それです。」 エネルギー分配マトリクス。 とても高価なパーツで、ノースポールとシーライオンのパーツとして採用するかどうかも、長い時間をかけて、やっと、採用が決まったのです。結局、これ意外に必要な性能を持つパーツが見つからなかったんですね。 「となると、シングルポイントで、しかも、」 川崎さんの声が重く沈みました。 「シーライオンに予備のパーツは積んでいません。」 パーツとして採用はしたものの、高価なため十分な数を確保できなかったのです。そのため、予備のパーツはノースポールにまとめて搭載することになり、シーライオンには積み込まれなかったのです。 「小杉っ、答えてくれ!」 川崎さんが叫びました。その間にもシーライオンの高度はどんどん下がっていました。 「高度600・・・、あっ、加速度的に下がり始めました。300、100・・・、」 「どうしたっ、小杉!」 川崎さんがいつになく鋭く強い声で呼びかけ続けましたが、小杉さんも、他の誰も答えません。 「シーライオン、太陽表面に・・・落下・・・、反応、消失。完全に見失いました。おそらく・・・、」 私、意識はしていませんでしたが、最悪の報告をしようとしていたのです。 「おそらく? 何だ?」 川崎さんが私を質しました。 「おそらく、太陽の熱で、完全に・・・、溶けて、消えてしまったと思われます。」 私の席に両手を付いて、画面を見つめていた川崎さんは、体を起こすと、窓の外で赤く燃えさかる太陽を見つめました。 シーライオンが、消滅・・・。 ノースポールのブリッジは重い、とても重い沈黙に満たされました。誰も、喋ろうとしません。 「・・・うそ、」 それまで、じっと成り行きを見守っていたライラさんが急に呟き始めました。 「・・・うそよね、」 見ると顔面蒼白で何かに怯えたようなビクビクした目つきです。 「シーライオンが、溶けて、溶けて、消えたって・・・」 涙が湧き出るように溢れ出ています。 「うそでしょ・・・。」 うな垂れたまま、ふらふらと立ち上がりました。 「うそでしょ・・・。」 前面のガラスの前まで行くと、ガラスに両手の手の平を付きました。 「小杉っ・・・、」 ガラスに付いていた手の平を、ゆっくり握りしめました。 二度、三度、すすり泣く声が聞こえました。 「小杉ーーーっ!!!」 ライラさん、そう叫ぶと、崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込んでしまいました。 強く握りしめた両手を膝の上でぶるぶると振るわせながら、俯いたまま涙をこぼしています。 その嗚咽だけが、ブリッジに流れていました。 (つづく) 2023/09/03 はとばみなと
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■更新履歴 2023/09/03 登録 2023/09/30 更新 - 冒頭にタイムスタンプを追記