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■宇宙巡光艦ノースポール

第6章.太陽
第3節.シーライオン、帰還

 太陽の観測中にトラブルが発生して、シーライオンは太陽に向かって落下、反応も完全に消失してしまったのです。

 川崎さんは何も話さずに、ただじっと、燃えさかる太陽を見つめていました。他のみんなも、ただただ、押し黙っていました。ただ一人、ライラさんだけが、ブリッジの前面がラスの前にしゃがみ込んで、すすり泣いていたのです。

 あまりにも突然の出来事だったのです。

 誰も、こんな展開になるとは思わなかったでしょう。

 重い、重すぎる時間が過ぎていきました。

 しかし。

 突然、ブリッジにその声が流れたのです。

「あの、えーと、ライラー、ライラー、」
「えっ?」

 ライラさん、その声に反応しました。

「ライラー、聞こえるー?」
「小杉・・・、なの?」

 ライラさん、立ち上がると少し下がってメインディスプレイを見つめました。そこには、確かに、小杉さんが映っていたのです。

「ごめん、心配させて。でも、ほら、何ともないから。他のみんなも。」

 シーライオンに乗っている他のみんなも映っています。みんな、表情にはやや疲れも見えますがひとまず元気そうです。

「えっ、どういうことなの?」

 ライラさん、狐につままれたような表情です。いえ、ブリッジにいる他のみんなも、一体どんな状況なのか分かりませんでした。

 もちろん、艦長もです。

「小杉、本当に無事なのか? 小杉も、他の者も?」

 川崎さん、単刀直入に質問しました。

「はい。無事です。全員、ケガもありません。でも、外はこんな状態ですけど。」

 カメラが切り替わってブリッジの中から前方を見た映像が表示されました。

 あれっ! なんか、妙ですね。シーライオンから見ると、左舷側は太陽が燃えさかっていて、真っ赤なんです。しかも、ものすごい間近に見えているようなのです。一方、右舷側には宇宙空間が見えていると思うのですが、レースのカーテンのような薄い膜がかかっているようです。

「まさか、太陽の表面なのか?」

 確かに、左舷側に見えている太陽の近さは尋常ではありません。

「えっと、僕から報告させて下さい。」

 小杉さんに代わって鵜の木さんが報告するようです。

「シーライオンは、左舷を下向きにして横に倒れた状態で太陽の表面に浮かんでいるようです。」
「『浮かんでいる』というのが気になるが、要するに、太陽の表面に軟着陸したということなのか?」
「そうですね。まさにその通りだと思います。」

 普通の惑星探査なら『軟着陸成功』となれば、管制室は拍手に包まれます。でも、今のシーライオンは太陽の表面にいるのです。いろいろな疑問が浮かびます。

「熱は大丈夫なのか?」

 これが一番聞きたい質問ですよね。何しろ、太陽の表面温度は約6,000度なのです。普通に考えたら溶けるか焼き尽くされて消滅してしまうと思うのです。

「はい。バリアシステムが正常に稼働してますので、太陽の熱とか放射線は、完璧に遮蔽できています。シーライオン自身にも影響は出てないですし、船内も安全な環境が保たれています。」
「VMリアクタも正常ということか?」
「もちろんです。ですから、当面、危険になることはないと考えています。」

 なるほど、VMリアクタとバリアシステムが問題なく稼動しているおかげで、シーライオンのみんなも無事なのですね。

「ならば、いいのだが。」

 川崎さん、やや納得いってないようですが、ひとまずはOKのようです。

 太陽の表面に軟着陸。これまでの常識では絶対に不可能だったと思うんです。しかも、無人探査機ならいざ知らず、シーライオンは有人宇宙船なのです。

 でも、バリアシステムのおかげで、不可能が可能になってしまったのです。バリアシステムは光や熱、あるいは電波や電磁波、また、岩のような物理的な物体などを遮蔽することが出来るのです。つまり、太陽の放つ、膨大な光や熱、電磁波や放射線から、シーライオンを守ることが出来るのです。

 そして、遮蔽の効果の副産物として、内部から常に湧き上がってきている太陽のエネルギーに支えられて、太陽の表面に浮いたような状態になっていたのです。

 プールや海の上にビーチボールが浮いているのを想像して頂けると良いかも知れません。シーライオンは、プールに浮かんだビーチボールの中にいるんですね。ビーチボールの表面が、バリアシステムということになります。

「しかし、シーライオンをどうやって収容するんだ?」

 川崎さんが尋ねました。

「いま、鵜の木さんとも話したんですが、良い方法が見つからないんです。」
「えっ、」

 私の答えに、ライラさんが小さく声をあげました。

「シーライオンは動くことができないんですよね?」
「はい。ドライブパネルがダウンしてるので、動くことも艦の姿勢を制御することもできません。」
「だったら、」

 ライラさんの声が強くなりました。

「ノースポールで降下して、それで収容するしかないと思うんですが。」

 ライラさん、シーライオン、というか、小杉さんを、何とかして助けたいんですね。もちろん、私達もそう思っていろいろ考えているのです。

「ノースポールで太陽表面まで降下して、シーライオンのそばまで行くだけなら、可能だと思います。」
「だったら、そのまま収容できないんですか?」
「シーライオンをノースポールに収容する時には、バリアシステムを解除しなければならないんです。その時にノースポールもシーライオンも、太陽表面の6,000℃の温度に晒されるんです。」
「・・・でも、それじゃあ、」
「ライラ、」

 声を荒げようとしたライラさんを川崎さんが制止しました。そして、落ちついた声で話しかけました。

「ノースポールの乗組員全員がシーライオンの無事の帰投を願ってるんだ。私も、不動君も、他の全員も。だから、なんとしても方法を見つけるんだ。そのためにも、今は冷静に考えよう。」
「はい・・・、わかりました。」

 ライラさん、少し俯きました。唇を噛んでいます。両手に握られた拳がブルブルと震えています。ライラさん、ゆっくりとした足取りで操縦席に戻りました。

 何も出来ない、ただ何かを考えるだけの時間が流れました。いえ、本当に考えているのかさえも分かりません。みんな、ただただ、黙って俯いているのです。

 しかし、その時は、突然来たのです。

「えっ?」

 突然、シーライオンのブリッジでアラートが発報したんです。

「何?」

 鵜の木さん、跳ねるように起き上がるとシートの向きを戻して端末を叩き始めました。

「えっ、大変です。もの凄いエネルギーの塊がシーライオンに接近してきています。エネルギー量、測定不能。」
「何が起きてるんですか?」

 小杉さんが鋭く質しました。

「わ、わかりま・・・、まさか!」
「それですっ! 鵜の木さん!」

 私、叫ぶように報告を始めました。

「太陽の表面にプロミネンスが発生しようとしています。シーライオンのいる直下の太陽内部から測定できないほどの膨大な量のエネルギーが湧き上がってきています。」
「シーライオンは大丈夫なのか?」

 川崎さんが質問しました。でも、

「わかりません。あまりにもエネルギー量が膨大で、バリアシステムが保つかどうか・・・。」

 成り行きを見守っていたライラさんが叫びました。

「コスギーーーっ!」
「プロミネンス、来ます!」

 それは巨大な、あまりにも大きな炎の塊でした。その塊が太陽の表面から盛り上がるように立ち上がり始めたのです。

「大きいです。直径、約50Km。いえ、100Km。高さは現在200Km。」

 すごいスピードです。巨大な柱が猛スピードで長く、長く伸び続けているのです。

「シーライオンはどうなった?」

 川崎さんが叫びました。

「わかりません、プロミネンスのエネルギー量が大きすぎて、センサーがみんな振り切ってしまっていて、シーライオンの信号を掴めません。」
「小杉、聞こえるか、小杉、シーライオン、応答しろ。」

 川崎さんが大声でシーライオンに呼びかけました。しかし。

「駄目です、艦長。回線もプロミネンスのノイズに満たされていて、シーライオンに接続できません。」

 通信コンソールの横に立つエリーさんが叫ぶように報告しました。席に座っている大森さんが懸命にオペレーションしています。

 プロミネンスは既に太陽表面から10万Kmほどにまで成長しました。

「あっ、プロミネンスの伸びるコースが変わり始めました。」

 プロミネンスは緩い弧を描き始めていました。そのまま弧を描くと、最終的には太陽の表面に戻るように伸びていくことになります。

 その時、鶴見さんが叫びました。

「シーライオンです。シーライオンの艦影を発見。プロミネンスに弾き飛ばされるように太陽から遠ざかるコースを進んでいます。」
「私の方でも捉えました。信号も出ています。バリアシステム・・・、展開しているようです。」
「ライラっ、追うんだ。」
「りょ、了解。発進します!」

 涙目で外を見つめていたライラさん、自分を奮い立たせるように答えると、操縦席に戻ってノースポールを発進させました。

 そして、それに応えるかのように、声が聞こえ始めました。

「こちら・・・イオン。ノー・・・ール、聞こえま・・・。」

 すかさず、川崎さんが呼びかけました。

「シーライオン、聞こえるぞ。小杉、答えてくれ!」

 小杉さんが応答しました。先ほどよりもクリアです。

「こちら、シーライオン、小杉です。」

 メインディスプレイに映像も出ました。

「こちらは、全員無事です。ただ、船体が回転していて、外を見ていると目が回りそうです。」

 確かに、ノースポールからのレーダー観測でもシーライオンは進行方向を軸として船体が右回りに回転しています。約3秒で1回転ほどの速度です。

「これでは収容は出来ないのではないのか?」

 追い詰められて、珍しく、焦りの見える川崎さんに私は答えました。

「確かに、この状態では収容は出来ません。」
「何か方法はないのか?」

 何しろ、シーライオンはドライブパネルがダウンしているのです。自らの力で飛行することはもちろん、姿勢を制御することも出来ません。つまり、シーライオンは船体の回転を自力で止めることは出来ないのです。

 地球上なら、空気などの抵抗があるので、時間が経過すれば運動は止まります。つまり、惰性で動き続けることは出来ないのです。

 しかし、宇宙空間は真空です。空気の抵抗もありません。なので、放っておいたら、シーライオンは現在の回転状態と進行速度のままで、宇宙の果てまでも飛び続けるのです。

 ただ、幸運なのは、シーライオンの重力システムは正常に働いているので、外を見なければ、シーライオンの中にいる小杉さん達が、船体の回転を感じることはありません。

 全員、沈黙しました。

 シーライオンにいる鵜の木さんも、ノースポールにいる私も、シーライオンの回転と出来れば飛行も止めることが出来ないかを考えているのですが、良いアイデアが浮かびません。

 ぶっちゃけ、巨大な『手』があれば、その手でシーライオンを掴んで回転も運動も止めることは出来ますが、もちろん、ノースポールにそんな装備はありません。

「不動ちゃん、」

 突然、私はライラさんに呼ばれました。

「はい、何でしょうか?」

 ライラさん、目が真っ赤です。そうですよね。あれだけ涙を流したんです。そして、今も、シーライオンを収容できないという状況は、ほとんど変わっていないのです。

 ライラさん、ゆっくりと話し始めました。

「要するに・・・、ノースポールと、シーライオンが・・・、互いに・・・、収容・・・可能な、位置を、保つことが出来れば・・・いいのよね?」

 収容可能な位置。

■図の①
ノースポールがシーライオンを収容可能な位置について

 まず、ノースポールとシーライオンが互いに相手を見た時に静止した状態でなければなりません。 互いの距離は20から30m程度。垂直方向と水平方向の軸が一致している必要があります。 そして、シーライオンはノースポールの艦底部側の係留ベイのハッチの下に位置しなければなりません。 私、一応答えました。「は、はい。基本的には、ですけど。」 それを聞いた鵜の木さんがすぐに言いました。「でも、今の状態だと、シーライオンの回転を何とかするのが先決だと思うんですよ。」

■図の②
回転しているシーライオン

 確かに、その通りです。まずはシーライオンの・・・って、ライラさん、前を向いて座り直すと何やら勝手に操縦桿のサブコンソールを操作し始めました。

「だったら・・・!」

 何やら呟いています。どうしてしまったのでしょうか。

「ノースポールを少し前に出します。」

 ライラさん、そう言うとノースポールを少し加速させました。それまでは、シーライオンを少し後ろから追いかける位置にいたのですが、ちょうど並んだ感じです。

 そして。

「旋回運動を開始します。」

 つまり、ノースポールの周囲の任意の点を中心として、その点の周りを周回する運動です。ライラさんの選んだ旋回の中心点は、シーライオンの回転の軸です。

■図の③
回転するシーライオンの周囲を旋回するノースポール

「まさかっ・・・、」

 鵜の木さんが驚きの声をあげました。

「そうだ、そのまさかを、ライラはやろうとしてる。」

 カールさんはノースポールの動きをじっと見つめています。

 ちなみに、シーライオンは慣性飛行とはいえ、だいぶ速い速度で飛んでいますのでそれに合わせて前進しながら旋回運動を行うことになります。

『ライラが、僕らを助けようとしてくれている・・・。』

 小杉さんは心の中で呟きました。シーライオンのメインディスプレイには、操縦席に座るライラさんの姿も映っていました。

『ありがとう、ライラ。でも、無理はしないで。』

 そうなんです。もちろん、ケガを負っているわけではありませんが、精神的に大きなダメージを受けているはずなのです。

 でも、ライラさん、まだ続けています。

「えっと、セルフローテーションは・・・、」

 ライラさん、メニューを探しているようです。

■図の④
さらに、ノースポール自身を回転させる

「・・・、あった、・・・、えっ、回転速度の単位、何、これ・・・?」

 私も自分の画面でメニューを開きました。

「あっ、これは、ライラさん。」
「はい、何?」
「私が言う数字をそこに入力して下さい。」
「お願い、助かるわ。」

 私、手早く計算するとライラさんに伝えました。これって、要するに、シーライオンが現在回転している速度なんですね。その速度と一致させなければならないのです。

「なぜ一致させないといけないんですか?」

 シーライオンで通信を聞いていた成瀬君が質問しました。

「それはね、」

 鵜の木さんが、まず、ブリッジの外の景色を指さしました。

 成瀬君が答えました。

「回転してますよね。右回りですよね?」
「そうだよね。」

 最初に説明したように、ノースポールとシーライオンの互いに見て、お互いに制止してなければならないのです。そして、シーライオンはノースポールの艦底部係留ベイの真下に位置しなければならないのです。

「だから、ノースポールは、シーライオンの回転に合わせて、シーライオンのブリッジの上の位置をキープして、なおかつ、ノースポールはシーライオンに対して常に係留ベイを見せていなければならないんだ。」

■図の⑤
3つの速度とタイミングが合えばシーライオンの収容可能な態勢を維持できる

 その上で、ノースポールがシーライオンに接近すれば、シーライオンを無事に収容することが出来るのです。

「でも、それを手動でコントロールするなんて、俺には出来ないかもしれないな。」

 カールさんが呟きました。

『でも、やるしかないのよ!』

 まるで、本当に、ライラさんが叫んでいるかのようです。

「速度、プラス、2.37・・・。」

 旋回運動をしながら進むノースポールの速度をシーライオンの速度と一致させます。

「速度、合ったわ。固定。次、セルフローテーション。角速度・・・、」

 えーっ、こんなこと・・・、もちろん、ノースポールの操縦系の機能として実装はしてありますが、まさか、すべて、手動で1から設定していくなんて。

 ライラさん、パラメータを一つずつ設定していきます。既に、ノースポールの基本的な運動パターンは、シーライオンと一致しているのです。あとは、速度が合えば。

「角速度を調整・・・。」

 ライラさん、ペダルに載せた右足の感覚だけでノースポールの回転速度を微妙に変化させています。

 私、思わず叫びました。

「ライラさん、速度、あと、プラス0.25です。」
「あ、ありがと。お願い・・・、」

 凄いの一言です。こんな操作、コンピュータ制御では出来ません。ライラさんの目と右足の踏み込み加減だけで、シーライオンの動きと同期させようというのです。

「あと、もう少し・・・、お願い、動いて・・・。」

 ノースポールの旋回運動の速度が僅かずつ上がっていきます。ゆっくりと、ゆっくりと、シーライオンから見て、真上に、ノースポールを位置付けるのです。

「あと、少し・・・合ったわ。旋回速度固定。」

 シーライオンでは、この様子を、祈るように見ていました。

「凄い、の一言だな。」

 シーライオンの操縦席に座るカールさん。舌を巻き通しです。

「これを、ライラが、すべて手動でやってるんだろ?」

 それに応える鵜の木さんも、先ほどから驚き通しです。

「はい。こんな同期をする機能はノースポールの自動操縦システムにはありません。もちろん、作ることは出来ますが時間が掛かります。今は、ライラさん頼みですね。」
「うーん、済まないが、俺はこんな手動制御をやれる自信がないなー。」

 カールさん、腕を組んで考え込んでしまいました。

 そう言っている間にも、シーライオンから見てノースポールが直上に移動します。

「ノースポールとシーライオン、収容可能位置になりました。」

 中原さんが報告しました。

「でも、収容してもらうということは、」

 小杉さん、何やら両手を前に出して、考えているようです。ノースポールとシーライオンの位置関係を考えているようですね。

 その時。

「鵜の木さーん、」

 ノースポールにいる私は、鵜の木さんを呼びました。

「何?」
「これから、ノースポールをシーライオンに接近させます。なので、シーライオンのバリアシステムを停止させてほしいんです。ノースポール側はいま落としました。」
「了解・・・、」

 鵜の木さん画面を操作しながら答えました。

「うん、いま止めたよ。」
「ありがとうございます。」

 先ほどまでは、太陽直近の、灼熱地獄の中にいましたが、プロミネンスに弾き飛ばされて、今は太陽からは、かなり遠ざかっていました。なので、温度の問題はなくなっているのです。

「そしたら、このあと、ノースポールの艦底部ハッチを開いて、接近を始めます。」
「ノースポールがシーライオンに近づいて、それで収容するんだね。」
「はい。そうです。」

 通信は一旦保留になりました。

「接近するったって、ノースポールは、あの旋回飛行をしながら、その旋回運動の半径を小さくしていくんだ。しかも、互いの位置関係と姿勢は係留ベイへの収容可能な体勢で、だ。並みのパイロットでは無理だな。」

 カールさん、さすがに今回の操縦の難易度を理解しています。

「ノースポールが艦底部ハッチを開きました。」

 鵜の木さんが報告しました。

「ノースポール、接近を開始、現在の距離、46m。」
「中原、互いの姿勢を監視して。変化したらすぐに教えて。」
「了解です。」

 ノースポールでは、ライラさんが必死の形相でノースポールを操っていました。

「距離、42。」

 旋回運動の半径を縮めながら、それでいて、シーライオンの回転とピッタリと一致させた状態を保たなければならないのです。つまり、角速度を一致させた状態を維持するのです。そんな機能は、ノースポールの自動操縦の機能としては搭載されていないのです。

「距離、38。」

 ゆっくりと間合いを詰めるノースポール。その接近する速度はライラさんの右足の踏み込み加減だけでコントロールしているのです。

 もちろん、シーライオンでもじっと状況を見守っていました。

「距離、30・・・、すごいな、ほんとにこれをすべて手動でやってるのかな。」

 鵜の木さんが呟きました。

「ええ、やってます。こういうのを神業って言うんですね、きっと。」

 私、そっと呟きました。ノースポールとシーライオンの間は通信がオンラインのままになってるんですね。だから、鵜の木さんの呟きも筒抜けなんです。

 そういえば、しばらく前から小杉さんの声が聞こえません。でも、寝てしまってるわけではありません。シーライオンの艦長席に座って、キッと目を見開いて前を見つめています。

 そして。

『ライラ、がんばれっ! もう少しだ!』

 実は、小杉さん、先ほどから、心の中でそう叫び続けていたのです。もちろん、誰にも、私にも聞こえませんが。

「距離、20。」

 もう少しです。あと、少しです。シーライオンは、もう、ノースポールの艦底部ハッチのすぐそばまで来ています。

 ノースポールもシーライオンも、それぞれ運動しているのですが、相対的な位置関係とそれぞれの姿勢は、艦底部係留ベイへの収容可能な状態を維持しています。

 ことばで書くと、たったそれだけですが、実際は凄いことなんです。何しろ、この位置関係と姿勢は、すべて、ライラさんの手動操作で保たれているのです。技術的にはもちろんですが、もの凄い精神力です。これだけの集中力をもうかなり長い時間続けているのです。

「私じゃ真似できないよな・・・。」

 思わず呟いてしまいました。

「距離、10。」

 中原さんが気合いの入った声で報告しました。

「僕でも無理だよ、不動さん。」

 鵜の木さんが私の呟きに返事してくれました。

 ほんとに、あと、もうちょっとです。頑張って下さい、ライラさん!

「あと、5m・・・、4m・・・」

『あとちょっとだ、ライラ。』

「3m・・・、2m・・・、1m・・・」

 そうです。もう、ほとんど・・・。

「ノースポール、接近を停止!」

 ライラさんが凜とした声で報告しました。信じられません。もう、精神の限界をとっくに超えてるはずなのに。

「係留ベイ、船艇固定アーム展開。シーライオンを固定。」

 やりました、シーライオンの収容完了です。

「ノースポール、バリアシステム起動。艦底部ハッチを閉じます。」

 私、係留ベイの収容プロセスを一気に終えました。

「ノースポール、旋回運動停止。姿勢、通常に戻します。」

 ライラさんがノースポールの姿勢を通常の状態に戻してくれました。

 川崎さん、立ち上がるとライラさんの横に行きました。

「良くやった。ありがとう。」
「はい、ありがとう、ございます。」

 ライラさん、ホッとしたのか、声が弱いです。顔中、脂汗をかいています。

 ノースポールの前方に星が見えてきました。だいぶ、太陽から離れたようです。

「11時の方向、水星です。一旦、周回軌道に入りませんか?」

 私、川崎さんに提案しました。

「うん、そうしよう。ライラ、どうする? レオン君か真名君に代わってもいいぞ。」

 川崎さんが尋ねました。

「あたし、代わろうか?」
「僕も代われます。」

 ライラさん、タオルで顔を拭いながら応えました。

「いえ、私がやります。」

 すごい。ライラさん、あくまで最後までやり遂げようとしています。

「進路、速度設定。水星の周回軌道に入ります。」

 水星など、惑星の周回軌道に入るための操縦支援機能は、かなり作り込まれていました。既に、金星と水星を訪れた際に使用されているので、実績もありました。しかも、水星の周回軌道には、先日入ったばかりです。

 ノースポールは前回と変わりなく水星の周回軌道に入りました。

「周回軌道に入りました。」

 ライラさんが報告しました。

「確認しました。ノースポール、全艦異常ありません。」

 三田さんも報告しました。

「うん、みんな、お疲れさん。」

 川崎さん、そう言うと手を叩き始めました。それにつられてみんな手を叩き始めました。

 ノースポールのブリッジに、やっと、穏やかな空気が戻ってきました。

■図の⑥
水星に接近するノースポール
■素材参照元: 
[Solar Textures]
https://www.solarsystemscope.com/textures/


「艦長、」

 穏やかな雰囲気の中で落ちついた表情だった川崎さんは、ライラさんに呼ばれると、真剣な眼差しになりました。

「どうした、ライラ。」

 ライラさん、シートにもたれたまま少しだけ体を起こして艦長の方を見ました。

「操縦席は真名に頼んで、私は上がろうと思いますが、良いですか?」

 川崎さん、迷うことなく答えました。

「もちろん、構わないよ。ゆっくり休め。ゆっくりだぞ。」

 ライラさんは、こなすべき仕事をきっちりこなしたのです。いえ、誰もが、

『もう、ダメだ。』

と思っていた状況を、神懸かり的な粘りでひっくり返したのです。真剣に、ゆっくりと休養を取るべきだと思います。

「あとは、あたしが頑張るから。」

 真名さんが、得意の元気さで答えました。といっても、周回軌道にいる間は、パイロットの出番はほとんどないんですけどね。

 ライラさん、ゆっくりと立ち上がりました。右手でシートを掴んでいます。足下が少しふらついてます。

 大丈夫でしょうか。

「では、お先に失礼します。」

 そう言うと、ゆっくりとブリッジの出口に向かいました。私、そのライラさんを目で追いました。ライラさん、ブリッジの右舷側の出入口のドアを通り過ぎようとしました。

「あっ!」

 ライラさん、突然、ふらついて、右の膝をついたと思ったら、そのまま、その場に崩れ落ちるように倒れてしまったんです。

「ライラさんっ!」

 私、すぐに駆け寄りました。

「ライラさんっ!」

 右の肩を軽く揺らしながら呼んでみても返事がありません。気を失っているようです。 
 
「いかんっ!」

 川崎さんもケータイを出しながら走ってきました。

「荏原君か? すぐ、ブリッジに来てくれ。ライラが倒れた。」

(つづく)

2023/9/17
はとばみなと

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■更新履歴
2023/09/17 登録