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■宇宙巡光艦ノースポール

第6章.太陽
第4節.再始動のために

 ブリッジから出ていこうとして倒れたライラさんはストレッチャーに載せられて、医療室へと運ばれていきました。

 無事にシーライオンを収容したノースポールは、水星の周回軌道を巡っていました。

 静かになったブリッジ。

 そこに、小杉さん以下の、シーライオンに搭乗していたメンバーが帰ってきました。

「すみません、ご迷惑をかけてしまいました。」

 小杉さん、真っ先に川崎さんの前に行きました。

「で、経過の報告を大まかにまとめました。」

 小杉さん、ケーパッドを川崎さんに手渡そうとしたのですが。

「それは、鵜の木君から聞くよ。それより、医療室に行ってやれ。」
「医療室、ですか?」
「ライラが倒れたんだ。今、大森君と、不動君が付き添っている。すぐ行ってやれ。」
「ライラが? はい。行きます。」

 小杉さん、ブリッジから走って出ていきました。

「ライラが、倒れた・・・、」

 小杉さん、繰り返し呟きながら走りました。

 医療室の前には、情報を聞きつけた乗組員が10数人ほど、集まっていました。ほとんど女性乗組員です。ライラさん、いわゆる人気では、大森さんや高津さん、池上さんに一歩譲ってますが、働く女性として、プロフェッショナルの女性としての人気は大森さん達にも負けていないのです。

 小杉さん、その、集まっている乗組員の間をすり抜けるようにして医療室の中に入りました。

「あっ、小杉さん。」

 大森さんです。私もいます。もちろん、荏原さんと高津さんと、そして、蓮沼さんも。みんなの立つ輪の中に置かれたベッドの上でライラさんが眠っていました。

■図-1 医療室
医療室ってこんな感じなのかな・・・。

「あの、ライラは?」

 荏原さんが答えました。

「命に別状はないよ。大丈夫だ。ただ、大きなストレスを受け続けた上に、それでも無理して操縦を続けていたようだ。まあ、いわゆる、過労の範囲だとは思うが、かなり重い過労だと思うよ。」

 ライラさん、点滴を受けてます。

「何か薬ですか?」
「いや、栄養剤だよ。念のためのもので、外しても問題はないはずだけど、まあ、ほんとの念のためだよ。」

 小杉さん、腰を落とすように屈むと、眠っているライラさんを見つめました。

「よく寝ている。」
「まあ、ライラ君は普段からかなり激務だからね。ていうか、君も十分激務だと思うけどね、小杉君。」
「いや、僕は。」

 そう。ノースポールではみんな激務でみんな過労気味なのです。もちろん、程度に差はありますが。

「あの。」

 カウンセラーの蓮沼さんが話し始めました。

「疲れが溜まりすぎたり、大きなストレスを受けると、精神的な症状にもつながります。鬱とかノイローゼとか。ゆっくり眠ればかなり回復するとは思いますけど、ちょっと気をつけて見てあげて下さい。何か心配なことがあったら、何でも言って下さいね。症状によっては薬を処方することもできるので。」
「わかりました。さすがに、今回は心配かけちゃったですからね。ていうか、僕自身、『あっ、死ぬかも』って、本気で思いましたから。」
「はははっ、もしかすると、君もカウンセリングが必要かもしれないね。」

 荏原さん、笑いながら言いましたが、内心はかなりの本気だと思います。

「いつでも言って下さい。」
「えっと、今は、たぶん大丈夫です。」
「まあ、君も無理しないようにな。」

 荏原さん、その場にいるメンバーを見渡して言いました。

「じゃあ、我々は一旦解散しようか。」
「はい、そうですね。」
「ちゃんと付いててあげるのよ。」
「なんかあったら呼んで下さいね。」

 みんな、ぞろぞろと、出て行ってしまい、部屋の中には眠っているライラさんと小杉さんだけになりました。小杉さん、椅子を1つ引き寄せるとライラさんのそばに座りました。

「ライラ、」

 小杉さん、掛け布団から出ているライラさんの右手をそっと両手で挟むように握りました。

 小杉さんは思い出しました。

「そうか、あの時に出会ってから、ずっといっしょに仕事してるんだ。」

 3年前の冬の帯広。そこで、ヒッチハイクをしていたライラさんの前を、小杉さんが車で通ったんですね。

 そうそう、あの時は、私、小杉さんとライラさんにすっぽかされてしまったんです。私もかなり凹みましたが、私の報告を聞いた川崎さんもかなりがっかりしていました。

「そうか。厳しいな。」

 そう。もしもこれで、そのまま小杉さんとライラさんが来なかったら、ノースポールの乗組員の人選はかなり難しくなって、プロジェクトの日程にも影響したと思うのです。でも、来てくれたんです。お2人とも。

 あっ、小杉さん、うとうととしています。それはそうです。太陽の表面に軟着陸なんて、普通、あり得ません。きっと、あの時にシーライオンに乗り組んでいたメンバーは、もの凄い不安の中にいたのではないかと思うのです。先ほど小杉さんも、『死ぬかも』って思ったって言ってましたから。

 あれっ、ライラさんがうっすらと目を開けてます。気が付いたのでしょうか。あっ、すぐ横に小杉さんがいることに気が付いたようです。手を握られていることにも。微かに笑みを浮かべてます。

 最初、躊躇いましたが、ライラさん、小声で小杉さんを呼びました。

「小杉、小杉、」

 あれっ? 小杉さん、気が付かないですねー。まあ、小杉さんも疲れてますから。

「ふふっ。」

 ライラさん、笑みを浮かべてます。むしろ、嬉しそうなんですが。あっ、また、呼んでます。

「こーすーぎー、」
「ん、んー、」

 おっ、小杉さんが気が付きました。

「あっ、ライラ。気が付いたんだ。良かった。」
「それより小杉、」
「ん?」
「ずっとこうしてくれてたの?」

 ライラさん、右手を握っている小杉さんの手を握り返しました。

「あっ、いや、そのさ、」
「ふふふっ、いいのよ。」

 なんか、ライラさん、嬉しそうです。そりゃ、そうですよねー。自分が眠ってる間、手を握っていてくれるなんて、

 いいなーーー。

「ありがと、小杉。」
「う、うん、どういたしまして。」

 あっ、隣の部屋から荏原さんが、ドアのところで覗いてます。ライラさんの小杉さんを呼ぶ声が聞こえたのでしょうか。でも、入りにくいですよね。

「コホン!」

 なんか、わざとらしく咳をしました。それに気付いた小杉さん、あわてて、ライラさんの右手を握っていた自分の手を離しました。

「はははっ、邪魔しちゃったかな。」

 荏原さん、笑いながら入って来ました。高津さんも来ました。

「まあ、一応、診察させてもらえるかな?」
『ええ、もちろん。』

 小杉さんとライラさん、なんか、照れくさそうです。

「じゃ、ちょっとゴメンなさいね。」

 高津さん、ライラさんのベッドの横に屈むと、ライラさんの着ている寝間着の紐を解いて、胸をはだけさせようとしました。

 それに気付いた小杉さん。

「あ、僕、外にいますね。」

 と言いながら、いそいそと部屋を出て行こうとしました。

 しかしっ。

「あ、小杉!」

 その小杉さんをライラさんが呼び止めたのです。

「大丈夫だから、ここにいて。」

 小杉さん、ちょっと戸惑いました、が。

「え、あ、んー、うん、じゃ、ここにいるよ。」
「ありがと。」

 きゃー、きゃー、見ました? 聞きました? 今のお2人の会話。もう、ごちそうさまです、の100倍です。

 でも、ライラさんにしてみれば、一人になるのが心細いんでしょうね。カウンセラーの蓮沼さんの言うとおり、精神的にも、ダメージを受けてるのかもしれないですよね。何しろ、ブリッジで、叫びながら大泣きしたのですから。

「うん、うん、大丈夫だね。どうかな、体を起こせそうかな?」

 そう言われたライラさん、ゆっくりと起き上がるとベッドの縁に座りました。

「うん、立てるかな。」

 さらに、そのままベッドの横に立ち上がりました。

「うん、良さそうだね。異常もなさそうだけど、そのまま、ここでもう少し休むか、それとも、自分の部屋で休むか、どっちがいいかな?」
「自分の部屋で休みます。」
「うん。でも、とりあえず、10日間、仕事は休んでね。川崎さんには僕から言っとくよ、あ、統括部長さんがここにいるんだ。」

はい。荏原さんの指示による乗組員の休暇取得は統括部長の小杉さんでも処理できるのです。川崎さんへの報告も小杉さんがやってくれます。

「ええ、まあ。休みの件は了解です。僕から艦長に報告します。」
「うん、じゃあ、頼んだよ。というわけで、一旦退院。個室で休養。10日後に診察に来てね。それで異常がなければ、仕事復帰。以上かな。」

 高津さんが、ライラさんの服を持ってきてくれました。きれいに畳まれています。早速着替えます。

「じゃあ、ありがとうございました。」
「うん、お大事に。」

 ライラさん、ゆっくりと診察室を出ました。

 その少し前。

 ブリッジでは、川崎さんと鵜の木さんが話していました。

「エネルギー分配マトリクスの件ですが。」

 鵜の木さんのことばに川崎さんが少し苛ついた声で答えました。

「その件は、全部私が引き取るよ。パーツ代を調達出来なかった我々管理職の責任だからな。システムのバグや操作ミスで事故が起きたわけではないのだ。君たちには全く責任はない。我々管理職の怠慢が今回の事態を招いたのだ。そのおかげで、5人の乗組員とシーライオンを失うところだったのだからな。しかも、ライラには大きすぎる負担をかけてしまった。」

 管理職、と言っているのは、川崎さんの他、地球にいる布田さん、ドミトリーさんです。一応、この3人がノースポール・プロジェクト全体の管理をして、その元で、私達、一般のメンバーが活動する、という建て付けになっているのです。

 そこまで話し終わった時、艦長の携帯が鳴りました。

「川崎だ・・・、うん、・・・、うん、・・・、うん、そうか。良かった。ひと安心だな。それで小杉は? ・・・、そうか、・・・、そうだな。それがいいだろう。うん、ありがとう。」

 川崎さん、ケータイを切ると、内ポケットにしまいました。

「ライラの意識が戻ったそうだ。」

 ブリッジ内に歓声が沸きました。

「肉体的には病気もケガもないので、退院して個室で休養することになったそうだ。」

 今度は、ブリッジ内に拍手が沸きました。

「ただし、肉体的な疲労と精神的なダメージの回復のために、10日間は勤務禁止ということになった。まあ、休養を取ってもらいたいという意味だ。」

 ブリッジ内にざわめきが起きました。

「うん、以上だ。」

 あれ、私、なんか、引っかかっている感じがしています。川崎さんに聞いてみました。

「あの。」
「何だ?」
「今の電話で小杉さんの名前が出ていたと思うんですが。」
「そうだな。」
「小杉さんも何か異常があったんですか?」
「うん、そのことなんだが。」

 川崎さんが私に向かって手招きしています。私、艦長席に行きました。すると、川崎さん、私に耳打ちしたんです。

「あ、はい・・・、あ、ああ、そうなんですね。了解です。」
「うん、じゃあ、三田。」

 三田さん、統括部の朝番として統括席に座っていました。

「はい。」
「不動君を手伝ってもらえるか。」
「・・・じゃあ、統括の朝番は田浦に引き継ぎます。」
「うん、頼むよ。」

 同じ頃、

 小杉さん、ライラさんに付き添って、ライラさんの個室の前まで来ました。

「着いたね。大丈夫?」
「うん、ありがとう。」

 ライラさん、ケータイを壁の端末にタッチしてロックを解除すると、部屋の中に入りました。

「じゃあ、僕も部屋に戻るね。」

 そうですよね。今回の件では小杉さんも大変な目に遭ったのたですから、きちんと休まないといけないはずです。それに、実は、ここって女性乗組員の個室のあるエリアなので、本当は男子禁制なんです。

 でも、ライラさん、

「待って。」

 部屋に戻ろうとする小杉さんを呼び止めました。小杉さん、立ち止まって振り向くと、ライラさんを見つめました。

「もうしばらく、一緒にいてほしいの。」

 ライラさん、いつになく気弱で寂しそうな感じです。珍しいです。乗組員のみんなの間では、ライラさんと言えば、気丈で何事にもポジティブな性格と言われてるのです。小杉さん、一瞬戸惑いつつも答えました。

「うん、わかったよ。一緒にいよ。」

 そう言いながら、部屋の入口に佇むライラさんの前に立ちした。

「小杉、」

 ライラさん、小杉さんの胸に両手を当てて顔を埋めました。

 えっと、お2人とも、そこじゃ周りから丸見えですよ。誰かが通らないうちに中に入らないと。小杉さん。

「ライラ、」

 小杉さん、ライラさんの両肩に手を掛けると、優しく言いました。

「中に入ろ。」
「うん。」

 2人は、部屋の中に入りました。ドアが静かに閉まりました。

「へー、さすが、きれいにしてるんだね。」
「そう? ありがと。」

 小杉さん、ライラさんの部屋に来るの初めてなんですね。意外にも、って言ったら失礼でしょうか。ちなみに、ライラさんは、小杉さんの部屋には・・・、えっと、たぶん、行ったことあるみたいですよ。ふふふっ。

「あっ、これ!」

 小杉さん、ベッド側の壁に飾ってある、それ、を見つけました。

「これ、まだ持ってたんだ。」
「えー、小杉が言ったんじゃない。『一生の記念になるかもしれないよ』って。」
「そうか、そうだね。」

 小杉さん、それを見つめて何か思い出そうとしているようです。

「うん。この看板のおかげで、僕はライラに出会うことが出来たんだ。」

 看板。

 小杉さんとライラさんが帯広に来た時に、ライラさんがヒッチハイクしようとして、道路を走る車に見せていた看板です。

『おおゆきやま』

と、ひらがなで、大きく書かれています。赤やピンクでハートマークやら、キラキラ輝く星のマークも描かれています。

「本当は『たいせつざん』て読むんでしょ?」

 そうです。もう少し細かいことを言うと、『大雪山』と言う山はなくて、『大雪山系』と言うのが正しかったりします。

「ライラ。」

 小杉さん、隣に立つライラさんを、左手でそっと抱き寄せました。ライラさん頭を小杉さんの左肩に預けました。

「自分でも良く覚えてないのよ。」
「何を?」

 小杉さん、立ってライラさんの肩を抱いたまま聞きました。

「太陽のそばを飛行していて、もともと、テンションは高かったと思うのよね。」
「それで?」

 ライラさん、思い出すように、ゆっくりと話しています。

「急に、シーライオンでトラブルが起きて、あっという間に行方不明になって、しかも、場所が場所だけに、太陽の熱で溶けて消えてしまったんじゃないかって話になって。」

 小杉さん、気付きました。話しているライラさん、目に涙を溜めて、涙声だったのです。小杉さん、ライラさんの肩を抱いたまま、ゆっくり向きを変えると、ベッドの縁に座るようにライラさんを導きました。

 そして、小杉さんも記憶の糸を辿るように話し始めました。

「その時、鵜の木さんの『打つ手がない』っていう説明に、僕もカールさんもみんな頭が真っ白になってしまったんだよね。それで、シーライオンの高度が下がり始めて、その時に『ほんとに死ぬかも』って思ったんだ。」
「No!」

 突然、ライラさんが叫びました。目から涙が溢れています。体が小刻みに震えています。あの時の記憶が蘇ったのでしょうか。

「・・・、だめ・・・、そんなこと・・・、そんなこと・・・、言わないで。」

 もちろん、小杉さんとシーライオンは本当に手詰まりの、もう、為す術なく待つしかない状況だったのです。そして、もしも、バリアシステムが本当に保たなかったら、その、最悪の事態にならざるをえなかったのです。

 ライラさん、小杉さんの胸で泣き続けています。小杉さんにもわかるほどに大粒の涙が溢れ出ているようです。

「ライラ、ごめん。本当にごめん。でも、大丈夫。もう、僕はずっとライラのそばにいるから。」
「本当に?」

 ライラさん、泣きながら尋ねました。

「うん。」
「約束できる?」
「うん。約束するよ。」

 ライラさん、少し見上げるように、小杉さんを見つめました。小杉さんと、目が合いました。小杉さん、いつもの優しい、人なつこい表情で見つめています。ライラさんはゆっくりと目を閉じました。小杉さん、そっと、唇を重ねました。

 宇宙と宇宙の出会い。それは、本来、起きることはないのです。でも、もしも、2つの宇宙が出会ったら。2つの宇宙がつながったら。2つの世界が互いに流れ込んで、そして、2つの世界の思いが互いの世界に直接伝わるのです。

 2つの世界の思いが。

「おかしいな、なんで、この2つがつながんないんだろう。」

 珍しく、鵜の木さんが悩んでいます。今回の事件の根本原因である、シーライオンのVMエネルギー分配マトリクスの交換作業を行っているのです。といっても、もともと使われていたマトリクスは燃えてしまってほとんど燃えかすの状態だったのです。当然、その周りの部品も燃えてなくなってたり、熱で変形して使い物にならなくなってたりで、鵜の木さんを中心として、技術部のメンバー数人がかりで、使えないパーツを撤去して、すすで汚れた部分は掃除もしたりして、結構大々的に交換作業を行ったのでした。

 で、肝心のマトリクスを、ノースポールに保管してあった新品に交換して、いざ、起動したのですが、VMエネルギーが伝送されないのです。

「うーん、しょうがない、もう1回分解して、やり直そう。」

 そう言って、分解作業を始めようとした時です。

「すみません、遅れましたー。」

 そう言って、技術部のメンバーがひとり走ってきました。黒川君です。

 えっ? それ、誰かって? みなさん、小説をちゃんと読んでくれていませんね! ほらほら、私の高校時代の一つ下の、同じ吹奏楽部でサックスパートだった男子3人組の一人。バリトンサックスを担当していた子です。3人まとめて、私がノースポール・プロジェクトに誘ったんですね。

 えっ?!

『無理矢理引き込んだんだろ?』ですって?

 そんなことはありません。3人それぞれに納得してもらった上でプロジェクトに参加してもらったんです。・・・、はははっ!

 その3人とも、ノースポールでは、私や鵜の木さんと同じ技術部で、黒川君はインフラ系の仕事を担当しているのです。今日の交換作業にも呼ばれていたのですが、前の作業が長引いたようで、だいぶ遅れての登場です。

「えっと、あっ、ここですよね?」

 黒川君が問題の分配マトリクスが設置されている場所に来ました。

「おお、きれいに直りましたね。」

 一緒に取り替えた周りの部品や、問題のマトリクスの点検を始めました。

「それがさ、」

 鵜の木さんが、腕組みして、その黒川君に言いました。

「動かないんだ。」
「ああ、動かないですね。」

 黒川君、ケーブルの接続を1本ずつ確認しながら、残念そうな声で答えました。もちろん、同じ確認は鵜の木さんもやったのですが。

「良くわからないから、もう一度やり直そうと思ってさ。悪いけど、黒川君も手伝ってほしいんだ。」

 黒川君、点検が終わるとみんなの方を向きました。

「えっとですねえ、」
「ん?」

 鵜の木さん、ちょっと首を傾げました。黒川君、持ってきた道具箱の中から、小さな部品をひとつ取り出しました。

「これを付けて試してみませんか?」
「これって、VM整流器?」

 鵜の木さん、黒川君の持っていた部品を手に取ると確認するように眺めました。

■図-2 VM整流器
VM整流器

「はい。」
「こんなの、回路図に載ってないよね?」

 鵜の木さん、ちょっと笑顔を浮かべつつも、疑いの眼差しで黒川君に言いました。

 確かに。トラブルが起きている時に私も回路図は何度もチェックしましたが、そんな部品には気が付きませんでした。

「はい。でも、入れるとだいたい動きます。」
「えー? うそだよーー。」

 鵜の木さん、完全に疑ってます。

「ものは試しです。入れてみましょう。」

 黒川君、自信満々です。マトリクスの少し手前の、VMリアクタからのエネルギーが入ってくる回路の途中に、その、VM整流器を入れました。

「じゃあ、スイッチ入れてもらえますか?」

 黒川君が鵜の木さんにお願いしました。

 疑いの塊の鵜の木さん、納得いかない表情ながらも回路のスイッチを入れました。

「あ、エネルギーが来ました、鵜の木さん。」

 マトリクスを監視していたメンバーが叫びました。

「えっ? うそだー?!」

 鵜の木さんも、そのメンバーの見ているコンソールを見つめました。

「ほんとだ、動いてる。なんで?」

 黒川君の方を見ました。

「うーん、僕も良くわかんないんですけど、なんか、回路に細かなノイズが載ってることがあるみたいなんですね。で、それを通さないように整流器を入れると、大抵動くんです。」
「ほんとなの?」

 鵜の木さん、まだ疑ってます。目がまん丸です。

「はい。ノースポールにも何カ所か入ってますよ。シーライオンの回路は、僕は、今回初めてなのでわからないですけど。」
「そ、そうなの?」
「はい。僕がノースポールの回路を見るようになってから見つけたのが6カ所。で、僕が2カ所追加で入れたから、合計8カ所に入ってます。他にもまだあるかもしれないですけどね。」

 黒川君の説明、とても具体的です。私も信じられませんが、きっと本当なのだと思います。

「えっ、ちょっとさー、それって初耳なんだけど、回路図には載ってるの?」
「僕が来た時は載ってなかったんですけど、その8カ所は僕が書き足しました。最新の回路図には載ってるはずです。」

 うーん、そう言えば、私も、いろいろ書き込みをしたコピーの回路図を見てました。そうか、アップデートされてたんですね。

「知らなかった・・・。あれっ? ていうことは、シーライオンも?」

 鵜の木さん、思いついたように尋ねました。黒川君、冷静に話を続けました。

「ノースポールと同じで、最初から入っているところがあったのかもしれないですね。いま追加したところも元々入ってたのかもしれないですよね。燃えちゃったから確認できないですけど。」

 確かに、実は、整流器が入っていたのかも知れません。周りの回路諸共燃えてしまったので、確認する術はありませんが。

「あと、他の場所にもあるかどうかですけど、それは実際に点検してみないとわからないですね。」
「うーん、1回、調べた方がいいなーー。」

 鵜の木さん、腕を組んで考え込んでます。

「ここ、調べてもらってる?」
「えっ、なに?」

 突然、ライラさんが聞きました。2人はベッドの中。ライラさん、小杉さんの腕枕で、小杉さんの腕に包まれるように寝ていたのです。きゃー。

「あ、そこなら大丈夫。」

 ライラさん、小杉さんの右腕の傷を撫でていました。

「警備会社にいた時に、空き巣と格闘したことがあって。その時にナイフで切られたんだ。」
「そんなことがあったんだ。大丈夫だったの?」
「うん。」

 小杉さん、目を開けると、腕の中のライラさんに尋ねました。

「気分、どう?」
「うん、ありがと。なんか、だいぶ落ちついた気がする。」
「良かった。まだ、ゆっくり休んでいいんだよ。」
「でも・・・、なんか・・・。」

 ライラさん、何か言いたそうな様子です。小杉さんライラさんを見つめました。

「どうしたの? どこか苦しいの?」
「えっ、えーとね、」
「ど、どうしたの?」

 一瞬の沈黙の後、ライラさん、ちょっとだけ笑って答えました。

「・・・お腹すいたなって・・・ふふっ。」

 小杉さん、安心したのか、軽くため息をつきました。

「なんだ、びっくりしたよ。そういうことなら僕も、お腹すいたな。」
「どうする? 宇宙亭に行く?」

 2人とも、ずっと、食事をしていないのでした。

 その時、ライラさんの部屋の呼び鈴が鳴りました。

「えっ、誰か来た?」

 2人は目を見開いて見つめ合いました。

 緊急事態です。大変です!

「ていうかさ、僕どうするの? ここにいたら、まずいよね?」

 それはそうです。女性乗組員の個室に男性乗組員がいるなんて、風紀上どうなのでしょうか、統括部長様!!

 2人はベッドの上に起き上がりました。もちろん、2人とも何も着ていません。

 は・だ・か、なんですね。やだぁーー。

「小杉、とりあえず服着て!」

 ライラさん、ベッドから降りると、素早く、バスローブを羽織りました。

 再び、呼び鈴が鳴りました。

 ライラさん、ドアのところまで行くと少しだけ開けました。

「はい。」

 ドアの開けた隙間から外を覗きました。

「あ、起こしちゃいました?」

 えっと、本物の私ですね。はははっ。三田君と大森さんも一緒です。

「う、うん。だいぶ落ちついたみたい。」

 ライラさん、ひとまず、答えました。

「よかったー。えっと、食事の差し入れなんですよ。お腹空いてるかな、って思って。」

 後ろにいる三田さんは、宇宙亭のワゴンを押していました。

「わー、持ってきてくれたんだ。」
「はい。」

 ライラさん、ドアをもう少し開くと入口から乗り出すようにワゴンを見ました。

「でも、なんか多くない?」

 確かに、ワゴンに乗せられている食事や飲物はライラさんが一人で食べるには多すぎます。

「いや、実は、想定してたことがあってですね、」

 三田さんが笑顔を浮かべて言いました。

「あの、もう一人・・・、どなたか、いるんじゃないかと・・・。」

 いやいや、三田さん、かなり探る目です。

「大丈夫よ、言わないでおいとくから。」

 戸惑うライラさんに、大森さんが、とどめを刺してくれました。

「え、えっと、あの・・・、」

 ライラさん、振り返ると部屋の中を見つめました。

「わかったよー、降さーん、負けだよ負けー。ご想像の通りです。」

と、奥から小杉さんが姿を現したのですが。

「きゃー、」
「ってか、小杉さんっ!」

 小杉さん、ズボンは履いてるのですが、上半身は裸なんですー。やだぁーー。

「そ、それは、まさに現場ってことですか?」

 三田さんが興奮した声で尋ねました。小杉さん、手に持っていた上着を着ながら答えました。

「えっと、部屋の中が暑くてさーー。」

 三田さん、手を叩いて笑いました。

「超古典的な言い訳ですね?」

 小杉さん、ボタンを留めています。

「ま、ま、まあね。ここまで履いたんだけど時間切れでさ。」
「きゃーー。」
「まあ、それ以上は、想像に任せるよ。」

 三田さん、ふと気付いたようにライラさんに視線を向けました。

「・・・、てことはライラさんも、もしかして・・・。」
「だめよ!!」

 ライラさん、バスローブの胸元を両手で掴んでガードしました。

「まあ、予想通りだし、いいんじゃない?」

 大森さん、意外にも冷静に言いました。まあ、私達よりも人生経験は豊富なはずなので。

「そうですね、確かに、想定通りなので、あとはお2人で楽しんでいただくということで。」

 三田さん、満面の笑顔です。

「はい、これは大森さんから、お2人に差し入れだそうです。」

 私、ボトルをライラさんに手渡しました。

「ワインかしら?」

 ライラさんが受け取ったボトルを小杉さんも覗き込んでいます。

■図-3 ワインボトル
ワインボトル

「大森さんの秘蔵の1本ですから、大事に飲んで下さいね。」
「まあ、今日でなくてもいいけど。無理しないように飲んでね。」
「ビールも持ってきてあるので、お好きな方をどうぞ。」

 ワゴンの下段には、クーラーボックスが載せられていました。

「じゃあ、僕らは撤収しますか?」
「そうですね。お邪魔しちゃったし。」
「はしゃぎすぎないようにね。」

 そう言い残すと3人は帰って行きました。

「とりあえず、中に入れようか。」
「そうね。」

 すっかり着替え終わった小杉さんがワゴンを押して部屋の中に入れました。

 ドアが閉まると、廊下は元通り静けさを取り戻したのでした。

 それでは、私も、そろそろ撤収します。

 あとは、ごゆっくり、どうぞ。

(つづく)

2023/09/30
はとばみなと
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■素材参照情報 (図-1, 図-3)
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2023/09/30 登録