■Home Page / Next Page / Prev Page
■宇宙巡光艦ノースポール 第7章.火星 第2節.宇宙巡光輸送艦アントノフ 「待ち人、来ないわね。」 ライラさんはシートにもたれるようにして、じっと外を眺めていました。 「そうだよね。」 真名さんも操縦桿にもたれるようにしてじっと外を眺めていました。左隣の席の小杉さんはシートを倒して両手を頭の後ろで組んでリラックスしています。 今の軌道に着いてから既に1時間。ノースポールの方が遅刻かと思っていたら、実は、待ち人の方が遅れているようなのです。 「実は、僕等よりも早く来てたけど、待ちくたびれて地球に帰っちゃってたりして。」 小杉さんが冗談半分に呟きました。それを聞いたライラさんが小杉さんの方を向いて言いました。 「まさか。」 んー、宇宙では自由自在に通信することが出来ないですから、待ち合わせは難しいですよね。地球上だったらケータイで 「ごめん、いま電車。あと2駅だから。」 などと連絡できますが、宇宙ではそうもいきません。ちなみに、現実世界で携帯電話の普及が始まったのは1990年代後半のことです。ですから、それ以前には、待ち合わせに遅れると連絡手段もなくて、冷や汗をかきながら待ち合わせ場所に向かうという、今では考えられない時代もありました。いやいや、まだ、つい最近のことだったりします。 なお、携帯電話が普及する前に、ポケベルというアイテムが一般の人に普及したり、PHSという携帯電話に良く似た端末が世の中で広く使われていた時代もあるのですが、ここでは割愛させていただきます。 さて、ノースポールは火星を巡る周回軌道上で、地球から来る輸送船と待ち合わせをしていたのです。 火星。太陽系第4惑星。地球の一つ外側の軌道を巡る惑星です。直径は地球の約半分。自転周期、すなわち、火星の一日は24時間39分で、地球の一日の長さとほとんど同じです。一年は約687日なので地球の1年の長さの2倍よりも少し短いくらいの長さですね。 火星の表面には、主に二酸化炭素からできた大気が存在します。また、火星表面での最高気温は約20度。最低気温はマイナス130度。地球に比べると太陽から1.5倍ほど遠いせいもあると思うのですが、気温はだいぶ低めです。 「火星人はいないようね。」 大森さんはコーヒーを飲みながら呟きました。 かつて、火星には地球人よりも進んだ文化を持つ異星人、すなわち火星人が存在すると信じられていたのです。地球上から当時の望遠鏡で火星を観察したところ、火星の表面の模様が、まるで、人工的に作られた運河のように見えたためですね。もちろん、現在では、地球人と同じように進化し、進んだ技術や文化を持つ火星人の存在は否定されていますが、微生物の存在の可能性については引き続き調査が進められています。 ノースポールも、アントノフからの補給を受けた後で、火星表面の調査を行う予定です。果たして、火星に生物がいるかどうか、その答えを見つけることは出来るのでしょうか。 「アントノフか日高基地から連絡は来ていないか?」 川崎さんの確認に大森さんが答えました。 「はい。今朝水星にいる時に、ランデブーは予定通り、という連絡を受けましたけど、その後は連絡はありません。」 既に書きましたが、アントノフとは、ノースポール・プロジェクトが建造した、3隻目の、光速を越えることの出来る宇宙船です。 『宇宙巡光輸送艦アントノフ』 なのです。もちろん、恒星間航行も可能です。ノースポールはここ火星軌道上でアントノフとランデブーして補給を受ける予定なのです。 「でも、良かったですよね。地球に戻る手間が省けて。」 私はそう言いながら、読んでいる文庫本のページを捲りました。実は、金星と水星、太陽を探査したら、一旦、地球に戻るというプランも検討されたことがあるのです。でも、 「折角だから、できるだけ長い航海を通じて、ノースポールの機能や性能を検証したい。」 という希望が採用されたのです。ノースポールは太陽系の中でのテスト航海を終えたら、太陽系の外の宇宙に向かう予定なのです。そうなれば、1年や2年、あるいは、もっと長く宇宙で過ごすかもしれないのです。ですから、太陽系の中でのテスト航海でも、できるだけ長い間、地球に戻らずに航海することになったのです。 「でも、少しだけ退屈かな。」 ライラさんはそう言うと再び窓の外に視線を移しました。右上のかなり離れた位置にフォボスが見えています。火星の衛星の一つです。 火星にはフォボス、ダイモスという2つの衛星があって、どちらもジャガイモのような歪な形をしています。フォボスの公転周期、すなわち、火星の周囲を巡る所要時間は、わずかに7時間30分。これは火星の自転速度よりも早いんです。 「ですから、火星上では、ちょっと変わった光景が見れますよ。」 鵜の木さんが端末を叩いていた手を止めて、大森さんに話し始めました。 「変わった風景って、どんな風景なの?」 大森さんは少し興味を示しました。鵜の木さんは火星とフォボスのCG画像をメインディスプレイに表示しました。 「火星の表面で見ると、フォボスは西から昇って東に沈むんです。」 「えっ・・・」 「しかも、一日に2回西から昇って東に沈むんです。」 「それって・・・」 少し前に書いたかもしれませんが、太陽系の惑星や衛星の動きは、太陽系の北の方角から見て、反時計回りの動きが基本です。そして、火星も、フォボスもこのルールに従っています。 例えば、みなさんが、火星の上のある場所に立っているとします。すると、みなさんは、火星の自転に合わせて、宇宙空間で回転しているのです。火星は反時計回りで自転していますので、みなさんも、火星の上での、西から東に向かって回転していることになります。回転の速度は、火星の自転、つまり、火星の一日と同じで24時間39分に1回転です。 そして、フォボスです。 フォボスは火星の衛星なので、火星の周囲を巡るように回転、つまり、公転しています。回転の方向は、火星の北極上空から見て反時計回り。つまり、みなさんと同じように、火星表面の西から東に向かって公転しているのです。つまり、みなさんが、インコースを、フォボスがアウトコースを回っていると考えても良いかと思います。 そして、この、フォボスが公転に要する時間が7時間30分。 みなさんが、火星の自転に合わせて一周回る時間の3分の1ほどの時間で火星の周りを一周してしまうのです。つまり、みなさんの約3倍の速度で火星の周りを公転しているのです。従って、みなさんは、みなさんが一周回転する間に、2回、フォボスに追い越されるのです。みなさんにとっての一日の間に、2回、フォボスはみなさんの頭上を通過するのです。 あれ? 速度が3倍なのに、追い越されるのは2回? 何か引っかかりますが、これは、みなさん自身も移動しているためです。以下に図を書いてみたので、確認してみて下さい。 なお、この図では、わかりやすくするために、火星の自転時間を24時間、フォボスの公転時間を8時間として描いている。 図の中では、1日の中で、午前4時少し前と、夕方の16時少し前の2回、火星の地表に立つ人の頭上をフォボスが追い越していくことが分かります。 というわけで、地球の月は東から昇って西に沈みますが、しかし、火星のフォボスは、西から昇って東に沈むのです。 「おじいちゃんの歌っていた昔のテレビアニメの歌にそんなのがあったけど、本当にそんなことがあるのね。」 大森さんはだいぶ驚いたようです。宇宙には私達の常識の通じない出来事が数多くあるのです。火星の衛星フォボスもその一つなのです。鵜の木さんは説明を終えるとプログラミングの続きを始めました。メインディスプレイには火星表面から見たフォボスの動きを示すCGの動画がそのまま表示されていました。 全員、今はすることは何もありません。本当ならば探査スケジュールが目白押しなのですが、アントノフが遅れているので作業を始めることが出来ないのです。火星に配備する予定のオービットアイやエクスビークルもアントノフで運ばれてくる予定なのです。 「構わないよ。休める時は休んでくれ。」 川崎さんもゆっくり構えていました。ノースポールは本当に、何もやることがありませんでした。 大森さんの席の端末で通信の着信音が鳴りました。艦内通信ではありません。外部からの通信の着信音です。 「はい。ノースポールです。」 大森さんが流暢な英語で応答しました。大森さんはノースポール・プロジェクトに参加する以前は大手の通信会社に勤務していました。通信オペレータとしての経験も豊富で、また、英語やロシア語など30カ国語を使いこなすことができます。 なお、ノースポール・プロジェクト内での公用語は英語です。プロジェクトで作成される正式な文書もすべて英語で書かれています。ただ、ノースポールの艦内に限れば、日本人の乗組員が多いため、日常会話はほとんど日本語で行われています。しかし、それはあくまでノースポール艦内だけの話で、例えば、日高基地とやりとりされるメールや、直接通信するような場合は英語が使用されます。 「艦長、アントノフからです。」 「うん。メインディスプレイに繋いでくれ。」 モニターに懐かしい人物が映った。 「こちらアントノフのドミトリーです。」 いえ、確かに、こうして直接通信するのは地球を発進して以来2ヶ月振りのことです。 ドミトリー博士、ずっと日高基地で、私達一般のメンバのサポート役として、裏方として勤務していましたが、宇宙への大きな希望を抑えることが出来ずに、アントノフの艦長の人選の際に、ついに、自ら名乗りを上げたのだそうです。もちろん、私達とは『未来の宇宙船』の調査以来の仲ですので、顔馴染みです。 「川崎です。久しぶりです。」 「こちらこそ。お待たせして申し訳ない。」 「何か問題でもあったのですか。」 「いえ、荷物の積み込みに予想外に時間がかかってしまってですね、それで出発が遅れてしまいました。航海は全く順調でした。」 川崎さんはそれを聞いてホッとしたのか、ノースポールが直面している重大な問題を説明しました。 「えっ? 異星人の大型艦の残骸に遭遇して、そして、生存者を救助した・・・、ですか?」 「そうです。」 ドミトリー博士は、状況のあまりにも早い展開に、しばらく、考え込んでから返事をしました。 「そうですか。ついにそういう時が来ましたか。一刻も早く、その異星人と会話してみたいところですが、意識不明ということは、治療が最優先ですな。」 「はい。荏原さんと雪ヶ谷さんが付きっきりで診ていますが、しかし、私達はその異星人の治療方法を知らないのです。」 いえ、そもそも、その異星人の体の構造やどんな内臓があってどんな機能を持っているかなど、私達は全く知らないのです。だから、荏原さんも雪ヶ谷さんも、完全に手探り状態なのです。 従って、まずは体の構造を探るべく、異星人のCTスキャンを行うところから始めているのです。しかし、そこで、大きな発見もあったのです。撮影していたばかりの画像を見ていた雪ヶ谷さんが叫びました。 「荏原さん、この画像、ほんとにあの異星人のものですよね?」 「どうしたの?」 「・・・、私達と、似ている・・・、いや、そっくりなんですよ。」 荏原さん、雪ヶ谷さんの診ている端末を覗き込みました。 「・・・、こ、これってさー、・・・。」 確かに、その画像はこれまでに地球で多くの患者さんを治療した際に何度も見てきたCTスキャンの画像とそっくりだったのです。 もちろん、それだけで、この異星人に地球人と同じ治療が出来るなどとは言えないわけですが、そもそも、何も分からない状態で、しかし、何か治療を行わなければならないのです。 「ここで話していても治療が可能になるわけではないですが・・・、」 川崎さんが慎重な口調で話し始めました。 「私達、地球人が初めて出会った異星人です。どこの星から来たのかさえ、まだわからないですが、何とか意識が回復して、目と目で向き合ってみたいと思ってます。」 画面の中のドミトリー博士、微かに笑みを浮かべています。 「なるほど。目と目ですか。それならば、同じ生命体として、何か通じるものが生まれるかもしれないですね・・・、しかし、」 ドミトリー博士、ちょっといたずらっぽい表情になりました。 「異星人は女性のようではないですか。」 「そうですね。」 「あまり、誘惑したりして失礼にならないようにしてもらえますか。」 川崎さん、思い切り慌てた感じになりました。 「い、いや、そんなことは・・・。」 「ははははっ、冗談です。ですが、異星人も地球人と同じような恋愛感情があるのかも興味のあるところですね。」 あの、お2人とも、念のためですが、私達は地球を代表して宇宙に出て来ているわけでもあるので、それに相応しい行動を取って下さいね。 と、そんな会話をしているうちに。 「アントノフ、右舷後方30,000mを接近中。」 鶴見さんが報告しました。普段の精悍な表情に戻った川崎さんが立ち上がって指示しました。 「ドッキング準備。」 「了解。」 小杉さんは艦内通信で三田さんを呼び出しました。三田さんは右舷中央乗降口の脇にある管制室で待機していました。 「三田、ドッキング準備を始めて。」 「了解です。」 ノースポールの右舷中央乗降口のハッチが開かれました。この乗降口自身と、その周囲に囲むようにして格納されているカバーを伸ばして、ボーディング・デッキとして使用するのです。 「ボーディング・デッキの展開準備完了。」 「ブリッジ了解。」 アントノフはノースポールの右後方で一旦停止しました。そのアントノフのブリッジではエル君が操縦桿を握っていました。 「こちらアントノフ。操縦担当のエルネスト・マイムラ。これから、アントノフを前進させて、ドッキング位置に付きます。」 「こちら、ノースポール。航海部のライラ・バーンスタインです。航行計画通り、ノースポールは現在位置をキープしていれば良いのかしら?」 「はい。アントノフ側で位置合わせして、その後アントノフをノースポールに寄せます。」 「了解。腕前拝見させてもらうわね。」 「りょーかい。」 エル君、だいぶ緊張してるみたいです。 「大丈夫か、エル?」 ドミトリーさんが尋ねました。 「もちろんです。あの、ライラさんに操艦を見せることができるんですから。滅多にないチャンスですよ。」 「はははっ。とりあえず、事故のないように頼むよ。」 エル君、少し腰を浮かしてシートに座り直すと操縦桿を握り直しました。 「相対速度、0.2。アントノフを前に出してノースポールに並びます。」 「頼むぞー。」 ドミトリーさんも立ち上がって腕を組みました。 アントノフが、ゆっくりと前進を始めました。 「アントノフが前進を開始しました。」 小杉さんが報告しました。 「いい感じね。そのまま来てね。」 ライラさんも自分の席の端末で監視してます。 「速度、0.1・・・停止。」 小杉さんが停止位置を確認します。 「停止位置OK。ピッタリです。」 「うん、いい感じね。」 エル君、まず最初のステップをクリアしました。 「こちらアントノフ。これからノースポールに接近します。」 「了解。ノースポールは引き続き今の姿勢を維持するわね。頼むわよー。」 「アントノフ了解。接近を開始します。」 エル君、サブコンソールで設定を確認すると、操縦桿を握り直しました。 「アントノフを左に寄せます。」 ノースポールとアントノフのランデブーですが、2隻の艦をボーディングデッキで接続して、宇宙服なしで行き来できるようにするのです。そして、その状態で、アントノフからノースポールに補給物資を運ぶのです。ボーディングデッキは乗組員の通行用と、物資の運搬用でそれぞれ接続します。また、ボーディングデッキを通せない大きな荷物は、ワークベンチを使って宇宙空間を運搬します。 ノースポールとアントノフに搭載されているボーディングデッキは長さ10mです。それを2隻の艦からそれぞれ伸ばして接続するので、最大20mの長さにすることが出来ます。つまり、今回の場合、アントノフは、ノースポールから20mの距離まで接近しなければなりません。 「アントノフが移動を開始しました。」 「姿勢良好。現在の距離、42m。」 エル君、サブコンソールに表示される距離と、時々、目視で左舷に見えるノースポールを確認しながら接近します。 「距離、33m。」 ノースポールとアントノフは火星の周回軌道にいました。そう。実は、ノースポールとアントノフの2隻は仲良く並んで火星の周囲を巡っているのです。つまり、アントノフは、周回軌道を前進しながら、カニの横這いのように、ノースポールに接近しているのです。 「距離、27m。」 エル君が右足の踏み込みを僅かに戻しました。アントノフの接近速度が、少し遅くなりました。 「距離、24・・・、23・・・、22・・・、」 「制動。」 エル君が右足を左側に移して、ペダルを踏み込みました。 「距離20m。」 「アントノフ停止。」 エル君、少し興奮気味の声で報告しました。ドミトリーさん、その報告を頷きながら聞くと答えました。 「よし、よくやった、エル。」 「こちらノースポール。アントノフの停止を確認。距離、姿勢とも予定通り。ランデブー可能です。」 小杉さんがアントノフに伝えました。 「よし。」 ドミトリーさん、操縦席のエルさんの横まで来て、作業を労いました。 「エルネスト君と言ったかしら?」 再び、ライラさんです。 「はい。えっと、『エル』と呼んで下さい。」 「エル君、いい腕してるわね。安心して見てられたわ。このあと会うのが楽しみだわ。」 ノースポールとアントノフのボーディングデッキがつながったら、両方の艦の各部署は交流のため打合せを開く予定なのです。 アントノフは下半分はすべてカーゴルームになっています。そして、上部にブリッジや居住スペースがあります。 「でも実は、アントノフの構造はノースポールとは違うんですよね。」 私は、メインディスプレイにアントノフの平面図を表示すると、説明し始めました。 アントノフ輸送船は、宇宙船として必要な機能を持つトラクタ・ブロックと、荷物を格納するためのカーゴ・ブロックで構成されています。つまり、いま、ノースポールとランデブーしたアントノフは、トラクタ・ブロックとカーゴ・ブロックがドッキングした姿なのです。 トラクタ・ブロックは全長が113m、全幅は26mです。この数字だけを見るなら、ノースポールとシーライオンの中間ほどの大きさです。 それに対して、カーゴ・ブロックは用途に応じていくつかのタイプが作られる予定で、大きさもそれぞれ異なります。今回使用されているカーゴブロックは、それらの中でも一番小さなタイプです。全長が150m、全幅は30mで、全高は15mです。 「ですから、あのブリッジのような部分がトラクタ・ブロックで、アントノフの本体で、下側の箱のような部分がカーゴ・ブロックなんです。」 「へー。そうなってるんだ。」 大森さんは、ブリッジの右舷側の窓から、ノースポールの隣に並ぶアントノフの姿をまじまじと眺めました。 大森さんの席で艦内通信の着信音が鳴りました。 「あら、大変。」 右舷側の窓からアントノフを観察していた大森さんは急いで席に戻るとヘッドセットを取りました。 「はい、ブリッジです・・・、あら、三田君・・・、うん、ちょっと待ってね。」 大森さんは、用件を聞くと川崎さんの方を見ました。 「艦長、」 「うん?」 「中央乗降口にドミトリー博士が来ているそうです。」 「そうか。出迎えに行かないと。すぐ行くと伝えてくれ。」 そう言うと、川崎さん、立ち上がりました。 「小杉、」 「はい。」 「補給物資の受入作業を頼む。私はドミトリーと会ってくる。」 川崎さん、そう言いながらブリッジから出ていきました。 「物資搬入ポートを接続します。」 小杉さんの席のモニタースピーカーから三田さんの声が聞こえました。小杉さんはメイン・ディスプレイを見上げました。ノースポールとアントノフの両方から物資搬入ポートが伸ばされていました。それらはゆっくりと伸びてゆき、2隻のほぼ中間で接続されました。先に接続した人員用のドッキングポートと比べると幅も高さも大きくなっています。 「ロックシステム正常。」 「気密チェックよし。」 「接続確認しました。」 ノースポール側で接続管制を行っている三田さんとアントノフ側の接続作業を担当しているオペレータの声が飛び交っています。今のところ問題は発生していないようです。早速、アントノフからの荷物を満載した運搬車がノースポールに到着していました。 「オービットアイの積み込みを開始します。」 モニター・スピーカーからは中原さんの声が聞こえて来た。ライラさんが外を見るとアントノフの左舷前寄りにワークベンチが横付けされています。アントノフは格納庫のドアを開けていて、中にはオービットアイが見えています。10名程の乗組員が宇宙服姿で船外作業をしています。 「よし、移動させてくれ。」 「了解。」 ワークベンチに載せてノースポールに搬入しようとしているようです。中原さんが細かく指示を出しています。 「・・・ゆっくり、そう、ゆっくり・・・」 「あっ、一回止めて。位置がずれてる。」 少し手間取っているようですね。もちろん、アントノフの格納庫には積み荷の移動用のクレーンも装備されているのです。オービットアイの移動にも使っているのですがワークベンチに降ろす時の位置と向きの調整に手間取っているようなのです。 「もう少しだけ右に移そう。」 「・・・よし、固定して。」 予定よりもだいぶ時間がかかってしまいましたが、1機目の積み込みは完了しました。作業員の一人がワークベンチの操縦席に座っています。その横に別の作業員が立っていました。 「第一便、ノースポールに戻ります。」 「了解。頼むよ。」 ワークベンチはゆっくりとアントノフから離れました。数mほど離れた後に方向転換すると、ノースポールの艦底部ハッチに向かいました。 アントノフのそばには既に次のワークベンチが待機していました。一隻目と交代するようにアントノフに横付けされました。格納庫から次のオービットアイが引き出されてワークベンチ上まで移動、固定されます。 「第二便、戻ります。」 「了解。」 2機目の積み込みはスムーズに進んだようです。小杉さんは席でモニター・スピーカーから聞こえてくる作業状況を聞いていました。端末を叩いて進捗の入力や搬入された荷物の詳細の確認を行っています。 小杉さんは艦内通信の通話ボタンを押しました。 「三田、そちらの状況を教えて。」 「はい。搬入作業は終了しています。いま、検品してます。」 「了解。終わったら連絡して。」 三田さんのチームで検品が終わった荷物は艦内の各チーム宛に配送されていました。 「はい、これは冷凍庫に運んで。そっちのは常温倉庫。」 「調味料もあるみたいですけど。」 「それは厨房に持って行って。すぐ使うって言ってた。」 艦内レストラン『宇宙亭』でも補給物資の整理に追われていました。女将の新田恵子さんが大声で保存場所を指示しています。厨房ではシェフで亭主の新田繁樹さんが届いたばかりの調味料や調理器具を整理していました。すぐそばの壁に取り付けられている艦内電話が鳴りました。 「はい、宇宙亭です。」 受話器を肩に載せて両手は作業を続けています。少し話すと倉庫の入り口の方を見ました。 「おい、恵子。小杉君が状況を教えてくれって。」 「あ、今手が離せないわ。後で連絡するって言っといて。」 その二人の会話は小杉さんの席のモニター・スピーカーを通してブリッジにいる全員に聞こえていました。 「ああ、小杉君、折り返し連絡するよ。」 「あっ、はい・・・了解しました。」 返事をした小杉さんの横で、ライラさんと真名さんが笑っていた。 「相変わらずよね。」 「いい味出してますよ。」 小杉さんはちょっと困ったような顔をして答えました。 「あの二人には敵わないな。」 全体的にはノースポールへの物資搬入は順調に進んでいました。 オービットアイとエクスビークルの積み込み作業も2機目以降はスムーズに進むようになって、最終的にはほぼ予定通りに終了しました。 「それにしても、驚きですね。」 ドミトリー博士、未だ信じられないといった表情です。 「宇宙は、我々が考えて来たのとは異なって、高度に進化した技術や文化を持つ生命体の溢れる賑やかな世界なのだろうか・・・。」 そうです。ノースポールは、金星でも、水星でも、異星人が確実に存在することを示す証拠と出会ってきました。そして、水星から火星に向かう途中の空間でも異星人と遭遇して、こうして、ノースポールに収容しているのです。もはや、人類は孤独ではないことは確実なのです。 「それで、彼女の経過はどうですか?」 「現在、体温は36.5℃、血圧は、128の75、脈拍数は78。地球人ならごく健康な値です。」 「しかし、意識はまだ・・・。」 「はい。」 あと、大きな変化がありました。彼女を収容している治療室。最初は彼女の発見されたコクピット内と同じ大気成分に調整されていました。しかし、今はノースポールの艦内と同じ大気成分、つまり、地球と同じ大気成分に調整されています。これは、冒険でした。しかし。 「酸素がやや少なくなるが、彼女の呼吸に大きな影響が出るとは思えない。むしろ、彼女と我々で同じ大気を共有できた方がコミュニケーション上も好都合なのではないだろうか。」 という、荏原さんの判断の下、地球と同じ大気成分に変更されたのです。 「結果として、大気成分の変更前と変更後で、彼女のバイタルに変動は見られません。」 「ということは、彼女は宇宙服を着なくても地球上で生命を維持できるということなのか?」 少し驚いた表情の川崎さんが尋ねました。 「はい。ちなみに、既に、この部屋の中はその状態になってます。」 「そうなると、あとはもう、」 「意識が戻るのを祈るのみです。」 彼女に、身体的な異常は見られません。ということは、地球人ならば意識が回復して目を覚ましてもおかしくない状況なのです。 果たして、彼女、この救助された異星人の意識は回復するのでしょうか。 川崎さんとがドミトリーさんは、医療室を出ました。 「難しい問題ばかり起きて大変でしょうが、日本政府の協力も得て、日高基地のスタッフで責任を持って、ノースポールをサポートします。引き続き、テスト航海を頼みます。」 「もちろんです。」 川崎さんとドミトリーさんは固く手を握りしめました。そして、ドミトリーさんは、アントノフへと戻って行きました。 川崎さんがブリッジに戻ってきました。 「小杉、補給作業の進捗はどうなってる?」 「アントノフからの搬入はすべて終了しました。」 「それでは、ドッキング解除の準備をしてくれ。」 三田さんは管制室で待機していました。小杉さんから指示を受けると、アントノフ側の管制室を呼び出しました。 「そろそろ、ドッキングを解除します。準備はよろしいですか?」 「アントノフ了解。いつでもいいよ。」 「では、まず、ハッチを閉めます。」 「了解。こちらも閉めます。」 ノースポールとアントノフのそれぞれが伸ばしているボーディングデッキの先端、つまり、ノースポールとアントノフをつないでいるボーディングデッキの中央には、それぞれの艦の扉、ハッチがあるのです。ドッキング解除の最初のステップとして、その、それぞれの艦のハッチが閉じられてロックされました。 なお、物資搬入用に接続されていたデッキは一足早く解除されて、それぞれの艦に格納されていました。 「ノースポール、ハッチ閉鎖完了。気密確認異常なし。」 「こちら、アントノフ。こっちもOKだ。」 「では、ボーディングデッキの接続を解除します。」 「アントノフ了解。」 これまで、ノースポールとアントノフをつないでいたボーディングデッキの接続が解除されました。 「ボーディングデッキを収容します。」 伸ばされていたボーディングデッキが縮んでいきます。 「アントノフ、ボーディングデッキの格納完了。乗降口の閉鎖も完了しました。」 「ノースポールも完了。」 ノースポールとアントノフは、再び、それぞれ独立した艦に戻りました。 「ドッキング解除完了。」 「了解。」 小杉さんはブリッジの窓から外を見ました。アントノフはゆっくりと離れて50mの距離まで遠ざかりました。 「はい、お待ち下さい。」 大森さんが川崎さんの方を振り向きました。 「艦長、アントノフからです。メイン・ディスプレイに繋ぎます。」 画面にはドミトリーさんが映っていました。 「それでは、我々は、問題の残骸の回収に向かいます。回収後は地球に戻ります。」 「了解です。おかげで助かりました。気をつけて航海を続けてください。」 「そちらこそ無理をなさらように。ますます地球から遠くなりますから。」 ノースポールは、まず、ここ火星の探査活動を行い、その後、木星や土星などの惑星を調査するのです。当然、地球からは遠く離れていくことになります。 「アントノフ、発進しました。」 レーダーで監視していた鶴見さんが報告しました。外を見るとアントノフはゆっくりと右に旋回しながら、発進してゆくところでした。 「まずは、異星人の宇宙船の残骸の回収か。」 鵜の木さんはディスプレイに表示されているアントノフの航路を確認しながら呟きました。 「今朝、残してきた残骸を回収するのね。」 「はい。装甲の素材とか、搭載されている機器を日高基地の技術部メンバーで分析するんです。」 「ふーん。」 アントノフはノースポールから十分に離れると速度を上げた。 「アントノフ、レーダー探知圏外に出ました。」 鶴見さんが報告しました。川崎さんはゆっくりと立ち上がると全員に指示しました。 「よし、我々も作業を開始しよう。」 再び、ノースポール艦内は慌ただしくなりました。 いよいよ、人類が念願としていた火星の有人探査を、ノースポールで実施するのです。 (つづく) 2023/11/12 はとばみなと
■Home Page / Next Page / Prev Page
■更新履歴 2023/11/12 登録