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■宇宙巡光艦ノースポール 第7章.火星 第4節.火星の底 その日、シーライオンは、マリネリス渓谷の底付近を探査していました。この渓谷は火星の赤道付近に東西に延びる太陽系で最大の渓谷なのです。何しろ、火星の円周の約5分の1に渡って刻まれている大渓谷なのです。 私は、端末に表示させていたマリネリス渓谷の情報を確認しました。 「えっと、マリネリス渓谷は長さが4,000Km、幅は最大200Km、深さは7Kmもあるんですね。」 大森さんが私に尋ねました。 「グランドキャニオンもすごく広かったけど、どの位だったのかしら?」 「えっとですね、グランドキャニオンは、長さが446Km、幅は最大29Km、深さは1.2Kmですから、勝負の結果は明らかな感じですね。」 「ふーん、そんなに違うのね。」 大森さん、左舷の眼下に広がる渓谷を見つめました。 今回は、大規模な渓谷の探査のため、地形による通信障害も予想されました。そのため、ノースポールも火星の地表付近まで降下して、シーライオンを追いかけるようにマリネリス渓谷の上空を飛行していたのです。 「大森君、」 「はい。」 大森さん、シートを少し回して川崎さんの方を向きました。 「シーライオンとの通信状況はどうだ?」 「はい、」 大森さん、通信コンソールの表示を確認しました。 「今のところ問題ありません。」 「そうか、ありがとう。」 私は、ノースポールのセンサーで描き出した現在地付近の地形を確認していました。 「あれっ?」 画面に、これまでの探査では見つかっていない地形が表示されていました。 「艦長、」 「どうした?」 「マリネリス渓谷の底に、さらに、裂け目があるようです。」 「裂け目?」 私はセンサーの描いている地形を、メイン・ディスプレイに表示しました。 「ここです。」 「確かに、何かあるようだな。」 「はい。長さは50Kmほど、幅は最大5Kmほどの割れ目ですね。」 「深さは?」 「今のところ不明です。」 まあ、マリネリス渓谷自体が大地に刻まれた溝ですから、その中にさらに小さな溝、というか、割れ目があっても不思議ではないように思います。 「シーライオンの位置は?」 「問題の割れ目の東のこの辺りです。」 「うん、シーライオンに現地に向かわせよう。」 早速、シーライオンは進路修正。その、新たに見つかった割れ目に向かいました。予想所要時間は5分。それほど離れた場所ではなかったので、すぐに着きました。 「何だろうこれ、穴?」 穴にしては細長いですね。ノースポールのセンサーによれば長さは50Kmくらいあります。 「いや、穴というよりも、裂け目だよ。穴に比べると上品さがまるで感じられない、荒々しい自然そのままっていう感じだよね。」 小杉さん、そこまで話すと気付きました。その時シーライオンのブリッジにいた全員が小杉さんを見つめていたんです。 「えっ、あ、あのさ、」 小杉さんも何か困惑した表情になりました。 「俺って、いま、何か変なこといったかな?」 「いえ、そうじゃなくて、」 中原さん、ちょっと意外そうな顔つきです。 「そうじゃなくてって?」 小杉さん、聞き返しました。オウム返しですね。 「えっと、小杉さん・・・て、以外と、言葉の表現力あるんだなって思って。」 「え・・・、え?」 小杉さん、ほぼ固まってますね。そういうとこれが可愛いんです、小杉さんて。 「なんか、有名な日本文学みたいでしたね。」 はははっ、エリーさん、さすがにそれは褒めすぎだと思いますが。 「うーん、夏目漱石とか、芥川龍之介とか。」 ちょ、ちょっと、中原さん。単に思いついた小説家を並べてませんか? いやいやいや、そこまで優秀な表現ではなかったですよ。天国の夏目漱石先生と芥川龍之介先生に怒られそうです。ごめんなさい。 「そうですね、ロシア文学なら、アレクサンドル・ソルジェニーツィンやヴァルラーム・シャラーモフですかね。」 ちょちょちょっ、レオン君まで。ちなみに、アレクサンドル・ソルジェニーツィンとヴァルラーム・シャラーモフのお2人は、スターリン時代の強制労働収容所を描いた小説家で、ノーベル賞も受賞している有名な小説家なのだそうです。私、知らなかったのですが。ごめんなさい。 話は銀河の果てくらいに脱線してしまいましたが、ものすごく大規模な裂け目です。 「底ってどの位の深さですか?」 「んー、それが、裂け目の真上にいるのに、センサーでも測定不能なんです。」 鵜の木さんが申し訳なさそうに答えました。小杉さん、少し考えると、オンラインでつながっているノースポールに呼びかけました。 「艦長、」 「どうした? いや、何となく予想はつくが。」 川崎さん、シーライオンでの会話から小杉さんの考えを読んでいるようです。 「ていうか、その裂け目の中に入るなら、気を付けて行ってよね。無茶したらダメよ。」 あちゃ、ライラさんに先に言われてしまいました。 「えっ? 何で分かったの? まだ言ってないのに。」 「小杉の考えることなら、だいたい分かるわよ。」 ライラさん、珍しくドヤ顔です。 「えーっ、そうなの? ちょっと、これから気を付けないと。」 川崎さん、微かに笑うと小杉さんに伝えました。 「まあ、そういうことだ。くれぐれも無理はするな。通信もこのまま繋いでおいてくれ。」 「はい。了解です。」 とりあえず、小杉さんの希望通り、シーライオンの目の前で不気味に口を開けている、この巨大な裂け目に降下することになりました。 ■図-1 周回軌道から火星に向けて発進するシーライオン ■素材参照元: [Solar Textures] https://www.solarsystemscope.com/texture 「よし、降下しよう。レオン、ゆっくり頼む。」 「了解。降下します。」 「鵜の木さん、」 「はい、」 「誘導頼みます。」 「了解です。」 中原さんが、前部探照灯を付けました。シーライオンの艦首の左右に内蔵されているリトラクタブル式の照明です。 シーライオンはゆっくりと降下していきました。 この裂け目ですが、入口付近の幅は7Kmほどです。ノースポールからの計測では5Kmほどという結果でしたが、シーライオンの到着した辺りは、少し広かったようです。 「現在の深度、14km。幅は2.8Km。だいぶ速いペースで狭くなってきてますね。」 シーライオンの全幅は8mです。今のところ、降下には全く影響ありませんが、注意しなければなりませんね。 「中原、裂け目の幅とか長さの監視を引き続き頼むよ。」 「了解です。」 中原さん、画面を睨んだまま答えました。 「深度19km、間もなく20Kmです。幅は2.5Kmです。」 順調です。ひとまず順調に降下しています。 「うーん、」 突然、鵜の木さんが唸り始めました。 「どうしたんですか?」 「いえ、特に問題ではないんですが、シーライオンの外の気圧が少しずつ上がってるんです。」 火星の地表の気圧は0.7から0.9kPaです。地球の気圧は101kPaですので、火星の気圧はかなり低いのです。 「いま、シーライオンの外の気圧は1.2kPaなんです。」 「へー、少し上がってるんですね。」 この傾向がそのまま続くのか、そもそも、なぜ気圧が上がっているのかはわかりませんが、注目すべき発見です。 シーライオンは、降下を続けました。 「あっ、小杉さん、」 今度はエリーさんが叫びました。 「何かあったの?」 「ノースポールとの通信が切れました。」 「おっ!」 小杉さん、迷わず指示しました。 「レオン、降下停止して。」 「はい。」 「鵜の木さん、今の深度は?」 「25kmです。」 小杉さん、レオン君に、ゆっくり上昇するように指示しました。ノースポールとの通信が回復する場所まで戻るんですね。 「あ、通信が回復しました。」 「レオン、上昇停止。」 今の深度は22kmです。すぐに、ノースポールから連絡が入りました。 「そちらは問題ないのだな?」 「はい。単に電波が届かなくて回線が切れただけと思います。」 「どうする? ここで止めておくか、それとも何かアイデアがあるのか。」 残念ながら、小杉さんにはアイデアはありませんでした。ということは、この裂け目の調査もここで一旦中断なのでしょうか? 「えっと、艦長、」 鵜の木さんです。何か秘策でもあるのでしょうか? 「えっと、実は、ほとんど僕の趣味で作っていた装備があるんですが。」 「ん? どんな装備なんだ?」 「えー、簡単に言うと、通信の中継用の小型の飛行船です。」 「飛行船?」 んー、私も知らなかったですね。実は鵜の木さん、非番の時は、ほぼ必ず、ノースポール艦内の工作室に籠もっているんです。何か作ってるらしいのですが、何を作ってるのかは本人しか知らないのです。そんな、作品の1つでしょうか。 鵜の木さんの言葉から察するに、通信の中継機を搭載した、ドローン、と言えばわかりやすいでしょうか。通常、ドローンと言えばプロペラで浮上して飛行すると思いますが、鵜の木さんが作ったのは飛行船。なので、楕円形の袋にヘリウムのような軽い気体を詰めて、その浮力で浮き上がるのだと思います。 メリットとしては、ヘリウムの浮力で浮いてることが出来るので、風の影響がなければプロペラを回さなくても特定の場所に居続けることが出来ますね。なので、プロペラ式のドローンに比べると省エネルギーになるはずです。 「なるほど、そんなものを作っていたのか。だがその機能なら使えるかもしれない。シーライオンには積んでいるのか?」 「はい。3機積んであります。一応、1機で30kmくらいまで中継できるので、3機使えば90kmくらいまでくらいまで通信範囲を広げることが出来るはずです。」 鵜の木さん、なんか、すごい物を作ってたんですね。もう少し頑張れば100km以上先まで届くんですね。すごいです。 早速、鵜の木さんが密かにシーライオンに積み込んでいた飛行船が用意されました。 「中継飛行船1号機を外に出しました。」 そう言うと、鵜の木さん、隣の席のエリーさんに聞きました。 「通信経路に、『UNOKI-1』って出てるかな?」 「えっと、あ、ありますね。」 「それに切り替えてもらえるかな。」 そして今度はノースポールに連絡です。大森さんに同じように通信経路を切り替えるようにお願いしました。 「いま、切り替えたわ。つながってるかしら?」 「はい、聞こえてます。」 というわけで、シーライオンは再び降下を始めました。もちろん、通信回線は問題なく接続されています。 「現在の深度、51km。」 シーライオンの周りは真っ暗です。もう、地上の光は届かないんですね。その暗闇をシーライオンの探照灯が照らし出しています。 「幅と長さが急激に狭まっています。現在、幅が0.2km、200mです。長さが0.9km、900mです。」 「えっ、何か急激じゃない?」 「でも、そういう地形だと思いますとしか言えないんですが。」 「うん、わかってる。とりあえず、センサーの監視は続けて。」 「はい。」 まだ余裕のある広さですが、このままのペースで狭くなるとシーライオンでは入れなくなる可能性もありますね。うーん、どうなるのでしょうか。 「小杉さん、」 鵜の木さんが呼びました。 「どうしました?」 「船外の気圧ですけど、さっき裂け目が狭くなるのと同じタイミングで、かなり上がりました。いま、2.33kPaです。」 「だいぶ、上がりましたね。」 「ええ、それで、気がついたんですけれど、気圧が高くなると液体の水が存在しやすくなるんですね。」 「そうか。」 気圧が2.33kPaの時の水の沸点は20℃なのです。だから、この気温よりも低ければ液体の水が存在できるのです。 「中原、今の船外の気温は?」 「えっと、7℃ですね。火星としては暖かいのかもしれないですね。」 ということは、今の環境なら、液体の水が存在できます。でも、 「水の反応ないですね。」 鵜の木さんが残念そうに伝えました。 「でも、まだ降下できます。もしかしたら。」 そうです。シーライオンはまだ降下を続けていたのです。 しかし。 「小杉さん!」 突然、中原さんが叫びました。 「どうした?」 「幅と長さが狭くなってきてます。8km先から、シーライオンでは降下できません。」 「わかった。レオン、降下停止。」 「了解。現在地で停止します。」 ついに行き止まりなのでしょうか。 「この先、長さが48m、幅が19メートルです。」 「うん、了解。」 正確には裂け目は、さらに下に向かって続いているわけですが、シーライオンで降下できないとなると、現状、探査活動は一旦終了せざるを得ません。今のところ何の発見もありませんが、でも、このさらに下には何かありそうな気がするんですよね。 「あの、小杉さん。」 おっ、鵜の木さんです。もしかして、さらなる秘密兵器があるとか? 「この、狭くなった地形なんですが。」 「はい。」 「・・・通れると思うんですよね、シーライオンで。」 「えっ、でも、長さが48m、幅が19mですよね。シーライオンは全長60mで幅が10mですから、幅はともかく、長さは足りないですよね?」 「ですから、」 鵜の木さん、笑顔です。うーん、小杉さんが言うとおり、幅は良いですが長さが足りないんですよね。長さが48m、幅が19m。48mと19m。48mと19m。48mと・・・、あれ? あっ! わかりました。 「えっとですねー、こういうことです。」 なんと、鵜の木さん、席から立ち上がると、右舷側の通路に出ました。そして、両手を床に付くと、 「よっ!」 足を蹴り上げて逆立ちをしたのです。なるほど、これは大ヒントです! 「って、鵜の木さん・・・、」 そこまで喋ると、小杉さんの表情が変わりました。 「あーー、わかりましたよ、鵜の木さん。」 「え? 何が分かったんですか?」 おっ! 中原さんはまだ分からないみたいですね。小杉さん、ノースポールに呼びかけました。 「艦長、いいですか? 問題はないと思いますが。」 「まあ、シーライオンの仕様の範囲内だからな。しかし、操艦には細心の注意が必要になるぞ。」 「その点は大丈夫と思います。」 「まあ、レオン君がいるからな。良いだろう。」 「では、行きます。」 小杉さん、席に戻ると凜とした声で指示しました。 「シーライオン、姿勢制御、ダウン90度。」 「了解。」 レオン君、サブコンソールから設定すると右足を軽く踏み込みました。ブリッジから見える外の景色が上に回転します。シーライオン自身が下を向くように回転してるんです。 「姿勢制御完了。ダウン90度です。」 火星の重力系に従うなら、シーライオンは艦首を真下に、艦尾を真上に向けて倒立していました。逆立ち、ですね。 ちなみに、中にいる小杉さん達は大丈夫なのか。 もちろん、何の心配も要りません。シーライオンの艦内には人工重力システムによる重力が働いているのです。ですから、小杉さん達はシーライオンが倒立していることは感じていないのです。いえ、もちろん、頭での理解としては、シーライオンが逆立ちしていることはちゃんと認識していますが。 「前方に裂け目の空洞。高さ48m、幅19m。シーライオン、航行可能です。」 「よし行こう。レオン、前進。」 シーライオンは先ほどまでの降下ではなく、前進を開始しました。シーライオン自身が逆立ちしているため、シーライオンにとっては前進していることになるのです。 シーライオンは、まるで、地底のトンネルの奥深くに向かうかのように、進んで行きました。 「深度、78km。高さは29m、幅は16m。だいぶ狭くなってます。」 「レオン、速度落とそう。慎重に頼む。」 「はい。」 レオン君、額に汗をかいてます。高さもだいぶ低くなってきましたが、幅がもっと心配です。 「また狭くなってます。高さ22m、幅14m。」 「レオン、大丈夫か?」 「はい、大丈夫です。でも、速度を落とします。」 シーライオン、さらに速度を落としました。幅がかなりぎりぎりになってきました。 「小杉さん、高さ20m、幅が11mです。」 「レオン、停止だ。」 「了解。」 さすがに、小杉さん、危険を感じたようです。確かに、幅はもう限界でしょう。 「幅が11mって、片側50cmしか余裕がないってことだよね。」 小杉さん、左舷側の窓の外をじっと見つめました。すぐそこに岩石の壁があります。 「鵜の木さん、どうですか? もう限界ですよね。」 「そうですね。さすがに危険ですよね。とりあえず、この場で観測を進めさせて下さい。」 鵜の木さんは、ノースポールにいる私と観測作業を進めました。他の人は、ひとまず、手が空きました。 「エリーさん、」 ちょっと手の空いた中原さんが、後ろを向いて話しかけました。エリーさんは、マドレーヌを食べながら紅茶を飲んでいました。 「あ、何かご用ですか?」 「いや、あの、ゴージャスの新しいシリーズってもう見てるのかなと思って。」 あっ、中原さん、アニメの話ですね。実はエリーさん、以外とアニメや特撮を見てるみたいなんですね。 「あっ、先週やっと第1話を見ました。ごめんなさい。最近、ライラさんに教えてもらったトクサツにはまってたりするんです。」 「えっ、特撮?」 「はい、主役の俳優さんがイケメンで格好良いんです!」 その会話を聞いていた小杉さん、思わず、口を挟んでしまいました。 「それってもしかして、『宇宙ジュンサー リュウ&レイ』かな?」 「そう、それです。小杉さんも見てるんですか?」 エリーさんがすごい勢いで質問してきました。 「うん、この間、ライラといっ、いや、教えてもらって1話だけ見たんだけど。」 あっ、小杉さん、何か口走りそうになりましたね。みなさんも分かりますよね? まあ、でも、誰も気がつかなかったようなので置いておいて、エリーさん、だいぶお気に入りのようです。 「えっ、そうなんですね。私もあんな感じの格好いい人とペアを組んで戦ってみたいなあとか思ってるんです。『あなたたちの好きにはさせないわよっ!』とか言って。」 おお、エリーさんてば、かなり入れ込んでますね。どうですか、小杉さん。いっそのこと、エリーさんと2人で、宇宙ジュンサーのアクションショーをやるというのは。場所は宇宙亭とか、バーラウンジでもいいかも。意外と受けたりして。 「うーん、特撮かあー。でもなあ、どちらかって言うとアニメの方が。」 中原さん、お悩みのようですね。すっかり、エリーさんを小杉さんに取られてしまって。いえ、大丈夫ですよ。小杉さんにはちゃんといるし。・・・、まあ、そういう話ではないのかもしれませんが。 「あれっ?」 おっ、エリーさんが楽しそうに話している隣で鵜の木さんの表情が途端に鋭くなりました。盛んにキーボードを叩いて画面の表示を確認しています。そして。 「不動さん、」 ノースポールにいる私を呼びました。私もノースポールでこの裂け目周辺の調査を行っていたんです。 「はい。不動です。」 「いま、シーライオンの5番のセンサー使ってた?」 「いえ、私は8番を使ってました。」 「そうなんだ。えっと、悪いけど、5番で取ったデータを見てもらえないかな。」 「はい。ちょっと待ってもらえますか。」 こういう時の鵜の木さん、何か重大な発見をしていることがあるのです。今回は・・・、まさか、火星の生物とか! 「あの、鵜の木さん、これってもしかして。」 「そうだよね、見間違えてないよね。よし、じゃあ、音響センサーを使えば・・・」 音響センサー。まあ、いわゆるマイクですね。 「よし、これでどうだっ。」 鵜の木さんが音響センサーの集音機能を起動したようです。火星には大気がありますから音が伝わるんです。何が聞こえるのでしょうか。 「えっ!? これって、鵜の木さん。」 「うん、集音レベルを上げてみよう。」 シーライオンの船外マイクの拾った音が、私と鵜の木さんのヘッドセットの中に流れました。 「これって、かなり遠くに聞こえますけど。」 「うん、センサーによると、この奥、5から8kmの辺りに、これがあるらしいんだ。」 鵜の木さん、ヘッドセットを外しました。 「あの、小杉さん。」 「ん、え、はい。何ですか?」 エリーさんと宇宙ジュンサーの話で盛り上がっていた小杉さん、あわてて、真面目な表情に戻って鵜の木さんの方を向きました。 「それから、艦長。」 「うん、いるぞ。」 川崎さんからもすぐに返事が来ました。 「いま、反射波形センサーでシーライオンの現在地よりも奥にある物質を調査していました。」 「何か見つかったんですか?」 「この奥、5から8kmの辺りに大量の水があります。」 「水ですか?」 小杉さんが半ば叫び気味に聞き返しました。 「はい。しかも、流れています。」 「流れてるだと?」 川崎さんも驚きの声をあげました。 「で、艦外マイクで拾った音を聞いてほしいんです。」 シーライオンとノースポールのブリッジのメイン・スピーカーからその音が流されました。 「これは、水が流れているのか。」 「川みたいですね。かなり大きな川のように聞こえますけど。」 「はい、その、大きな川が、火星の地下を流れているようなんです。」 みんな、シーライオンのマイクが拾っている水の流れの音に聞き入っています。 「実際にその水を見たり、採集したりすることは出来ないのか?」 「はい、今の手持ちの装備では無理です。」 「そうか。」 川崎さん、残念そうに答えました。 「その水の中に生物がいる可能性はあるのか?」 「うーん、もしもその川が地下だけを流れているとしたら、それは、光が全く差し込まないことになります。光なしで生物が発生することが出来るかどうかですね。」 鵜の木さんの答えは、やや、否定的でした。 ところで、実はこれからの時代は、地球以外の星に水や酸素があるかどうかは、それほど重要ではなくなったのです。それは、VMリアクタが実用化したからです。ノースポールやシーライオンのエネルギー源であるVMリアクタ。このVMリアクタは、『不規則運転』を行うことで、水や酸素などの物質を自由に生成することが可能なのです。つまり、宇宙船の動力源としてVMリアクタが搭載されて、火星など地球以外の星に設置された基地にもVMリアクタが設置できれば、私達人類に必要な空気と水は簡単に用意することが出来るのです。 「そうか。もしも、生物の発生に光が必要となると、この洞窟には生物は存在しないことになるか。」 川崎さん、やや、残念そうな表情です。そうです。水の存在自体の重要度は下がっても、地球以外の星に生物が存在するかどうかという疑問は、人類にとっての最大の関心事として残るのです。 「小杉。」 「はい。」 「残念だが、この洞窟の我々の手による調査は、ここまでとしよう。ただし、今後、再調査が可能なように、記録は残すものとする。鵜の木君、」 「はい。」 「記録の保存を頼む。」 「了解です。」 「では、小杉、」 「はい。」 「シーライオンは、準備が出来次第、帰投せよ。」 「了解しました。」 さて、みなさん。 今回、シーライオンは、火星表面に口を開いた大地の裂け目に入って調査を行いました。最後はシーライオンのサイズギリギリの極めて狭い空間にも入り込んだわけですが、果たして、無事に出て来ることが出来るのでしょうか。 「それなら心配ありません。」 さすが、鵜の木さん。自信満々です。 「ここに入って来た時のコースを正確にトレースして記録しているので、それを航海システムに入力して逆の順序で実行すれば、自動で元の場所に戻ることが出来ます。」 おお。シーライオン、確かに、入って来た時とは逆に、後退、つまり、バックでゆっくりと戻り始めました。そして、無事に、マリネリス渓谷内の、裂け目の入口まで戻ったのです。 「こちら、シーライオン。これから、ノースポールに戻ります。」 「うん、了解した。」 こうして、火星のマリネリス渓谷内で発見された、地表の裂け目の調査は終了することとなりました。 (つづく) 2023/11/25 はとばみなと
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■更新履歴 2023/11/25 登録