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■宇宙巡光艦ノースポール 第7章.火星 第5節.ひとり待つ先駆車 火星の赤い大地の上で、それはまるで絶海の孤島のようにたたずんでいました。 「見えました、正面です。」 統括席の田浦さんが前方を指さしました。 えっと、そういう時は、目標の見える方向とか、大凡でも構わないので距離とかを報告すると良いですよ、田浦さん。 スピリット探査機が地球を出発したのは今から約半世紀ほど前の2003年6月です。そして、火星に着陸したのはその翌年の2004年1月でした。当初の予定では3ヶ月の探査計画だったのですが、それを大幅に越えて2010年までの6年以上にわたって火星の地表上を移動しながら探査したのです。 「搭載された機器が予想以上に長い期間にわたって作動できたんですね。」 スピリット探査機の正確な位置は記録されていたので、それから40年後の現在でも簡単に発見することができたのです。 「着陸する。」 カールさんはシーライオンをスピリット探査機から50メートルほど離れた場所に着陸させました。 スピリット探査機は6つの車輪を持つ自走式の無人探査機です。地球から送られる指示で火星の表面を移動して各種の調査を行うことができました。移動する際の速度は1日に40メートル、つまり時速170m程です。大きさは長さが1.6m、幅は2.3m、高さは1.5m、重さは約180Kgです。 メインディスプレイにはスピリットの活動想像図が描かれたCGが再生されていました。 「よし、船外活動を始めよう。田浦君、成瀬君、頼むよ。」 三田さんが、わくわく感満載の表情で指示しました。 「了解です。」 「はい。」 田浦さんと成瀬さんは、宇宙服を着用するとエアロックを通じて船外に出ました。 火星表面は季節によっては激しい砂嵐に覆われることもあります。でも、今はそんなことが想像できないほど静かです。風もほとんどありません。田浦さんと成瀬さんはそんな火星の大地に降り立つと辺りを見回した。赤一色である。最初に調査した北極の近くの平原は銀世界だったので、イメージは全く異なります。 「なんか、火星に来たって感じがしますね。」 「地面全体が錆びてるみたいですね。」 それほどに火星の大地は赤茶けていました。2人はその大地の上を並んでゆっくりと歩いてスピリット探査機に近づきました。この探査機はもう40年もの間、地球から遠く離れた火星の大地で一人きりで眠っているのです。 今回の調査にあたって、NASAからは 「決して、探査機自身には触らないでほしい。」 と言われていました。探査機が自らの持つ機能と地球から送られる指示だけで活動してきたという状況を維持したい、とのことのようです。 田浦さんは、このNASAからの希望に従って、探査機から少し離れて、遠巻きに、持ってきたカメラでスピリットを様々な角度から撮影しました。また、私は、シーライオンから指示を出して探査機の細かな部分の様子を見てもらって、教えてもらいました。 「砂埃を被っていますが埋まってはいません。」 「機体はどうですか。腐食したり壊れたりしてませんか。」 「見る限り壊れているところはなさそうです。腐食もしていないようです。」 「太陽電池パネルはどうですか。」 重要なポイントです。太陽電池パネルが砂埃で覆い隠している面積によってはスピリット探査機は活動するための電力を確保できないのです。田浦さんは慎重に観察しました。 「・・・うっすらと、うーん、場所によってはだいぶ厚く被ってますね。」 実は、当初は、スピリット探査機を発見できたら回収するという案もあったのです。でも、それは見送られました。月面のアポロ11号と同じように、スピリット探査機も人類の宇宙探査史に残る記念碑的な存在だからなのです。そのままの状況で保存すべきという結論になったのです。 私、田浦さんと成瀬さんに伝えました。 「試しに起動してみましょうか。」 「えっ、起動できるんですか。」 「一応、手順は教わってますよ。」 私は端末を叩きました。シーライオンからスピリットに対して起動用の信号が送られました。これにより、まずスピリットのコンピュータが起動するはずなのですが・・・。 「・・・動かないみたいですね。」 田浦さんがぽつりと報告しました。私の端末にもなかなか応答は返ってきません。エラーメッセージが返ってきたわけではありませんが、太陽電池パネルが砂埃でだいぶ覆われているようですので、もしかしたら、電力不足でもう起動不能なのかもしれません。 そう思い始めた時、一瞬、画面に何かのメッセージが表示されて、直後に画面がクリアされました。そして、その次に、スピリット探査機のコンピュータのメッセージが表示されました。 「えっ、あ、来ました。」 ちょっと、びっくりしましたが、やりました! 起動に時間がかかっていたようです。私は、表示されたプロンプトに対して別のコマンドを入力すると、画面に表示されるはずのメッセージを待ちました。 「すごい、すごいです。起動しました!」 なんか興奮する展開です。さらに別のコマンドを叩きました。すると、スピリットのアンテナが回転し始めてシーライオンの方を向いて停止しました。 「すごい。アンテナが回転しました。」 田浦さんと成瀬さんも興奮した声で報告してきました。40年の時を越えて、スピリット探査機が再び目を覚ましたのです。 私、NASAのエンジニアの方から 「これが一番分かりやすいと思うよ。」 と教えてもらった機能を試すことにしました。 私、田浦さんと成瀬さんにお願いしました。 「2人ともスピリットから5メートルくらい離れて並んで立ってもらえませんか。」 「何するんですか?」 「なんか、嫌な予感もしますけど。」 はははっ、お2人からは、ちょっと怪しまれてますね。でも、上手くいけば、一番分かりやすくて、楽しいのではないかと思います。 「えーと、秘密です。」 2人は言われた通りに、スピリット探査機から5メートルほどの位置に並んで立ってくれました。私はNASAのエンジニアからお願いして送ってもらった資料を確認しながら、端末からコマンドをいくつか実行しました。 「これでどうかな。」 私は端末の実行キーを叩きました。スピリットには動きは見られません。田浦さんが尋ねてきました。 「失敗ですか?」 私は、画面に表示されたデータを見て嬉しそうに声をあげました。 「いえいえ、大成功です。戻ったら見せますよ。」 「えー、気になるなあ。」 シーライオンにいる三田さんとカールさん、そして、ノースポールにいる小杉さんや鵜の木さんの笑う声も聞こえました。 田浦さんは持ってきた2本の旗、国連旗とアメリカ国旗、星条旗をスピリット探査機のそばに並べて立てました。 ところで、ノースポールは特定の国には所属しないことが決められていました。乗組員の半分以上は日本人なのですが、日本の所有する宇宙船でもありません。 ノースポールは地球に住むすべての人々を代表して太陽系とその周辺を調査する宇宙船と定義されているのです。従って、ノースポールの探査において特定の国の国旗を使用することはないのです。国旗が必要な場合には国連旗を使用することが決められていました。有人探査が行われた水星にも国連旗が残されているのです。 でも、スピリット探査機については、その画期的なアイデアに敬意を表すために例外としたのです。エクスビークルが同じアイデアを元にして作られたのは言うまでもありません。なので、スピリット探査機の横には国連旗と共に星条旗も立てられたのです。 田浦さんと成瀬さん、はスピリット探査機の状態確認が終わるとシーライオンに戻りました。 「わっ、すごいじゃないですか。」 「やっぱ、これだったですかーー。」 私がそれを見せると、田浦さんと成瀬さんは歓声を上げました。私が2人に見せたのは、2人の姿を撮影した写真です。2人は宇宙服を着て火星の大地に並んで立っていました。 「スピリットに積まれているカメラで撮影したんですよ。」 「きれいじゃないですか。40年前のカメラなのに。」 その映像はとっても鮮明でした。もちろん、写真としてプリントしたのはシーライオンのシステムなのですが、画像のデータはスピリットから受信したものをそのまま使用しているのです。 「NASAにも送っておきました。」 「え~っ、まあいいですけど。」 私はスピリットの現在の状況を調べてNASAに送っていました。その時にカメラで試し撮りした2人の写真も添付したのです。その田浦さんと成瀬さんの写真は、NASAの職員の方たちにも、とても評判が良かったようです。 さて、このスピリット探査機の画期的なアイデアを受け継いで、新たに誕生した新型の探査機がここ火星にも投入されるのです。みなさん、名前はご存じと思います。 その名も『エクス・ビークル』です。 「はい、了解しました。待機します。」 私はノースポールにいる鵜の木さんと話していました。もう間もなく、ノースポールからエクスビークルを放出する予定になっているのです。水星と金星では地表に降下するエクスビークルの制御はノースポールから行っていましたが、今回は、降下している途中で、制御をノースポールからシーライオンに引き継いで降下する際の進路や姿勢の微調整を行うのです。 「地表から制御することで精密な誘導が可能になります。」 「切り替えがうまくできるかどうかがポイントですか?」 「そうなんです。」 ノースポールではエクス・ビークルの放出準備が完了していました。艦底部係留ベイのハッチが開かれてエクス・ビークルが格納された降下カプセルが見えています。鵜の木さんはシーライオンにいる私との通話が終わると艦底部管制室に指示しました。 「エクスビークルを放出して下さい。」 「了解。」 管制室で待機していたオペレータがディスプレイ上に表示されているボタンに触れました。エクス・ビークルを固定していたアームが解除されて火星に向けて降下を開始しました。 「エクス・ビークルの放出を確認。」 放出されたエクス・ビークルの位置はシーライオンからも確認することができました。三田さんが私の横に来て端末を覗き込みました。探査機の突入速度はどんどん上昇しています。 「こちらノースポール。」 モニタースピーカーから鵜の木さんが呼びかけています。 「制御を切り替えます。カウントダウンは3秒前から。」 「シーライオン了解。」 私は画面の表示を確認しました。少し緊張してきました。高速で降下しているエクス・ビークルの制御を切り替えるのです。鵜の木さんがカウントダウンを始めました。 「切替3秒前。2、1、切替実行。」 その直後、私の見ている端末に「ONLINE」の表示が現れました。 「こちらシーライオン。エクス・ビークルのオンラインを確認。制御を受け取りました。」 「ノースポール了解。あとを頼むね。」 エクス・ビークルは火星上空の風の影響でやや南に流されているようでした。 「進路修正、北に5パーセント。」 エクス・ビークルには、本体に比べるとやや大型のVMリアクタが搭載されています。かなり、場所を占めてしまっていますが、これにより、エクス・ビークルは、VMリアクタの発生する豊富なエネルギーを利用して、しかも、半永久的に稼動することが出来るのです。 また、エクス・ビークルはドライブ・パネルも搭載しています。なので、エクス・ビークルは単体で飛行することが可能なのです。ただし、残念ながら、地球や他の惑星表面から宇宙空間に飛び出せるだけの推力は出すことが出来ません。 それから、もう一つ。エクス・ビークルはバリアシステムも搭載しています。火星には地球よりも薄いですが大気があります。従って、火星の表面に向かう途中で、エクス・ビークルは炎に包まれます。エクス・ビークルは、バリアシステムを展開することで、この、大気圏突入時の炎から、エクス・ビークル自身の機体を守っているのです。 一旦は元に戻った、エクス・ビークルの進路は、再び南にそれ始めました。風の影響がかなり大きいようです。 「進路修正、北に10パーセント。」 私はやや大きめに進路を修正しました。でも、探査機は再び進路が変更し始めていました。でも、今度はちょうど良い位置になりそうです。私は少し安心すると、画面の監視を続けました。 「エクス・ビークル、減速を開始します。」 三田さんは右舷の窓際に行って上空を観察しました。どうやら、降下してくるエクス・ビークルを探しているようです。それに気付いたカールさんが教えてくれました。 「三田君、こっちみたいだな。」 左舷の窓から上空を見ていたカールさんと成瀬さんが三田さんに教えました。三田さんも左舷側に移動しました。上空に黒い点が見えています。やや早めの速度で降下してきます。 「さらに減速します。ドライブパネル、出力アップ。」 エクス・ビークルの降下速度がだいぶ落ちました。シーライオンから数十メートルの位置に着陸できそうです。 「あと10メートル、5メートル、着陸しました。」 エクス・ビークルは無事着陸しました。シーライオンから約40メートル。 私、素早く確認しました。 「エクス・ビークルに損傷はありません。各機能も正常。着陸成功です。」 「おーー。」 スピーカから、ノースポールにいる鵜の木さん達の歓声と拍手が聞こえました。 エクス・ビークル。っうやら、火星での活動を開始できそうです。 「じゃあ、もう一度船外活動の準備しましょう。今度はカールさんと不動さんと僕ですね。行きましょう。」 私達はロッカールームに移動しました。着陸したエクス・ビークルの搭載機器の起動と調整を行うのです。 「よし、行こうか。」 カールさんの元気な声を聞いて、私達は火星の地に降り立ちました。ていうか、実はカールさんは船外活動デビューなんです。 「どうですか、カールさん。」 「んーー、これはまた、慣れるまでは大変だなー。」 と言いながら、ぎこちなく歩き始めました。でも、すぐに、意外と普通に火星の赤い大地を歩くようになりました。さすが、順応性があります。 私達はエクス・ビークルに向って歩き始めました。地面は砂地です。石が見え隠れしている砂地で、所々にやや大きめの岩もありますが、歩きにくいというほどの地形ではありません。数分で着陸地点に到着しました。三田さんとカールさんが停止しているエクス・ビークルの周囲を回りながら点検を始めました。 「これ、このタイヤ、想像以上にゴツいというか固いなあ。超硬質ゴムと言う奴なの?」 エクス・ビークルの足回りを点検していたカールさんが尋ねてきました。そうです。火星に投入されたこの機体は、ほぼ、エクス・ビークルの標準タイプで、超硬質ゴム製のタイヤを8輪装備しています。 ちなみに、水星に投入したエクス・ビークルも標準タイプです。 一方、金星に投入した機体は、金星専用の特殊仕様です。機体を覆う外部パネルは、金星表面の強烈な風化作用にも耐えられるように製作した特殊合金製です。8輪ある車輪も、同じ特殊合金製です。さすがに、超硬質ゴムでも金星の環境には耐えられないのです。おそらく、この装備ならば金星の環境に耐えることが出来ると思うのですが、その点についても、今後確認していく課題になっています。 「異常ないですね。」 点検を終えた三田さんが報告してくれました。 「こっちも問題なしだ。」 足回りを点検していたカールさんも報告してくれました。 「それじゃあ、オービット・アイに接続しますね。」 私は、エクス・ビークルに接続した端末を叩きました。通信設定を表示させて、その内容を確認すると通信サブシステムを起動しました。しばらく待つと画面に「ESTABLISHED」というメッセージが表示されました。私はノースポールにいる鵜の木さんを呼びました。 「鵜の木さん、エクス・ビークルとオービット・アイのリンクを確立しました。そちらで確認できますか。」 「ちょっと待って・・・」 鵜の木さんは自分の端末にオービット・アイの監視画面を呼び出しました。 「うん。エクスビークルとの接続確認。」 「了解しました。」 これでオービット・アイ経由でエクス・ビークルのすべての機能を操作することができます。私は端末を折り畳むと接続していたケーブルを外しました。 「三田さん、作業完了です。」 「はい、了解。」 「記念写真とりましょうか。」 私は鞄からケータイを取り出しました。少し離れた位置に三脚を立てるとエクス・ビークルをバックに、3人で並びます。手に持ったリモコンでカメラのセルフタイマーを起動しました。 そういえば、中原さんや池上さんが、カメラのセルフタイマーを起動した後、自分も写真に入るために、苦労して、みんなの所に戻っていたりしました。実はこのリモコン、試作品で、もうすぐ、乗組員のみんなにも配布される予定だったりします。やー、もう少し早く作っておけば良かったのですが、なかなか手が回らなくて。やっと最終版の試作にこぎ着けたのでした。 「はい、撮りまーす。」 「ちーず。」 試作品のリモコン、上手く動きました。もちろん、写真もバッチリです。 私達3人はシーライオンに戻りました。 「作業、お疲れさまです。」 シーライオンで待機していた田浦さんが出迎えてくれました。席に戻った私達にに成瀬さんがコーヒーを渡しました。 「あー、ありがとうございます。」 私はちょっとホッとして一口飲みました。 「おいしいですよ。」 「ありがとうございます。」 火星で予定していた作業はすべて終了しました。シーライオンのブリッジはゆったりとした雰囲気に包まれていました。三田さんが窓際に立って2機の惑星探査機を見つめていました。 「エクス・ビークルはどんな発見をするんだろう。」 ブリッジの左舷の窓からはスピリット探査機とエクス・ビークルの両方の姿を見ることができました。火星探査の先輩と後輩です。というか、年齢だけで比較したら親子以上に離れています。 「どんな発見をするのか楽しみですね。」 30分後、シーライオンは火星を発進しました。 「いつかは火星にも基地ができて人が住むようになるんだろうな。」 「そんな遠い未来ではなくてね。」 火星。 地球人にとって古くから馴染み深いこの赤い星は、人類にとってよりいっそう馴染み深い星となるに違いありません。 (つづく) 2023/12/10 はとばみなと
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■更新履歴 2023/12/10 登録